6 『FIRE』
例えば子どもを大切に想いすぎるがあまり子どもの自由をすべて奪ってしまう親がいたとする。やることなすことすべてを管理して、子どもを自分の支配下に置いてしまう親がいたとする。
果たしてそんな親のもとにいる子どもは幸せなのだろうか。
確かに歪んでいたとしてもそこに愛はあるだろう。ねじれていたとしてもそこに情もあるだろう。子どもの未来を想う優しさもあるだろう。
だけどそれは子どもが可愛いんじゃなくて、子どもを可愛がる自分が可愛いだけだ。感情が一方通行なのだ。人を人として見ていないのだ。本当の意味で一人の人間をゆるやかに殺していくのだ。未来をすべて奪って自分が与えた未来だけを選ばせて、可能性のすべてを潰していくのだ。
果たしてそんな親のもとにいる子どもは本当に幸せなのだろうか。
僕にその答えを出す資格はないけれど。
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ろうそくの明かりが部屋をぼんやりと照らす。煌めく何本かの小さな光がまるで生き物のようにゆらゆらと揺れる。彼女がたまに息を軽く吹きかけているからだ。僕はそんな彼女の子どもじみた仕草を見て、胸のどこかが温かくなるのを感じていた。
「小さい頃は誕生日が待ち遠しかったなあ」
彼女は僕が持ってきたライターを手のなかでいじりながら言った。子どもが火を使うのは危ないからと、火は彼女が点けた。
「お母さんが作ってくれたごちそう。お父さんが買ってくれたプレゼント。二人とも私のために色んなことをしてくれて、私は幸せな人間だなって思うよ」
僕は彼女の横顔を見ている。
「ううん、誕生日だけじゃない。いつも。いつでも私の家族は私を大切にしてくれた」
それは僕が知っている家族とはまったく逆のものだった。親は子どもなんてどうでもいいと、いてもいなくても構わないと、何かの間違いで産んでしまったゴミだと、そんな風に思うのが当たり前だと、思っていた。
「ずっとそうだった。私が望んでも望まなくてもそんなことは関係なしに二人はすべてを与えてくれた」
僕は何も与えられなかった。親の温もりなんて感じたことは一度もない。
「でもね、私が家族の言うことと違うことをしたらすごく怒られるんだ。叩かれたり蹴られたり。お風呂に沈められたこともあったなあ」
彼女は笑った。
「死んじゃうよ、そんなことされたら」
僕の口が動いていた。でも彼女は笑みを崩さない。
「でも生きてるよ。生きてるってことは、殺すつもりはないってことだよね?」
僕は言葉を迷った。子どもにとっては想像もつかないような話だった。
「今だってきっとすごく怒ってる。私、友達の家に泊まったこともないから。一晩でもちーがどこかに行っちゃうのが耐えられないんだって」
「ちー?」
「あ、私の名前。そういえば名前秘密にしてたね。私の名前〝ち〟で始まるんだ。だから〝ちー〟って呼ばれてるの」
その響きは彼女に合っているような気がした。
「帰ったらどんなことされるやら。私がきみくらいのときは、よく骨折してたよ」
それが彼女にとっての家族なんだろう。紛れもなく。
外には闇しか見えない。相変わらず雨は止まない。
僕らは最初の夜を迎える。