5 『世界はこのまま変わらない』
雨は止まない。叩きつけるように降っている。僕たちはその雨をぼろぼろの部屋から見ていた。外の烈しさに取り残されたような静かな空間だった。
「お姉さん、お腹すかない?」
「ううん、大丈夫だよ」
「もしお腹すいたら言ってね」
「ありがとね」
彼女は微笑んだ。それは自分だけに向けられた笑みだった。
「ね、きみはいつもどんな子なの?」
いつもは。僕の日常は。
「よくわかんない」
「そっか。まあそうだよね。自分のことなんて自分が一番よくわからないよね」
「でもお姉さんなら僕にはわからないことがわかるんじゃないの?」
「そんなことない」彼女は首を振る。「私なんて何もわかってない」
「でもお姉さんは大人なんでしょ?」
「大人だからって偉そうに言えることは何もないよ」
それはまた僕が言わせてしまった言葉なのだろう。少しでも大人でいようとしてくれた彼女なりの優しさだったのだろう。彼女だってまだ子どもだったのに。無邪気さを受け止めるにはまだ早すぎたのに。
「お姉さんの家族ってどんな人なの?」
口に出してその言葉の軽さがわかる。そういう言葉があるのは知っているがまるで実感のない言葉だった。
「いい人だよ」と彼女は言った。「お父さんもお母さんもすごくいい人。私を大切に育ててくれた、とってもいい人たち」
「そうなんだ」
「これ以上ないくらい、最高の家族だよ」
「なのに、何で?」
何で彼女はそんなに辛そうな顔をするのか。そんな最高とまで言える家族がいて、何でそんな顔をしなきゃいけないのだろうか。
「何で、なのかなあ」
彼女は呟くように言った。それはきっと彼女自身にもまだ答えは出ていないことなのだろう。それを僕が急かすようなことはできない。だから僕はそれ以上訊かなかった。
雨は止まない。