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モブ色デイズ――ごめん、やっぱつらいわ





 お布団……君は何故、お布団なの?


 君の中がこんなにも心地が良いと知らずにいたら、離れる苦しみを知らずに済んだのに。


 四月、それは冬の寒さと春の暖かさが混ざり合った、何とも中途半端な時期である。


 朝は普通に寒く、昼近くになると普通に暑い。


 あろうことか、今年は残暑ならぬ残寒が例年より長いらしく、四月中旬に入っても尚、普通に寒いのだ。


 故に俺がお布団に包まるというのは、ある意味で生きとし生ける者全てが生まれ持った本能であると言っても過言ではないのだ。


 君たちは知っているか? 人は蛹になるとき、お布団に包まっていなくてはならないんだ。


 心地良い温もりは意識をドロドロに溶かし、深い底へと誘う。


 出たくても出られない――否、はなから出るつもりが無いのだから、蛹のまま羽化するつもりはないのだろう。


 だが、各々が知り得ているだろう――平穏とは脆く、壊れやすい空想であることを。


「玲人! いい加減に起きな! もう何時だと思ってるの!」


「七時……」


「何言ってんの! もう八時過ぎてるよ! 遅刻するよ!!」


 ああ……現実とは何と残酷なのだろうか、こんな寒い中、布団から出なきゃならないなんて。


 けれど、我が母君の言う通り、このままでは遅刻してしまう……それは確かによろしくない。


 どうしてこんなに辛い二択をいつも強いられてしまうのだろうか……


「ほら、早く!ご飯食べて、すぐ準備する!!」


 母君によって我が愛しのお布団が引っ剥がされる――いや、まだ覚悟が完了していないんですけど?


 お布団が離れた途端。キンキンに冷やされた空気が身体に突き刺さり、嫌でも目が覚めてしまう。


「寒っ……アッハイ、準備します……」


 身震いする寒さと、俺を見下ろす修羅(母君)のダブルパンチを喰らってしまった俺に選択肢などある筈がなかった。


 ベッドから降り、階段を降りていく度に頭が冴えていく。


 今日は月曜日、また素晴らしき一週間がここから始まることだろう……全く期待してないけど。









 朝食の菓子パンを頬張りながら、携帯の画面をスクロールしていく。


 携帯を見る理由? 深い理由はない、ただ気になったからである。


 強いて言えば、バイト先のトークグループに何か連絡があるかとか、ソシャゲのログインボーナスとかそれくらいだろうか。


「玲人。アンタ、今日はバイトあるの?」


 台所で玉ねぎを切りながら、母君が尋ねる。


「いや、ないけど……どうかした?」


「そう。今日、アタシの友達に会うから。夜は作っておくけど、後は自分でお願いね」


「了解」


 流石、我が母君。俺がめんどくさがるのを見越して、今のうちに夕飯を作っておいてくれるとは、感謝感激雨嵐である。


 ちなみ、妹に言ったら、『お兄、古っ』とゴミを見るような目で見られた――つらい。


「ほら、食べ終わったのなら、歯を磨いてきな」


「あい」


 なんだかんだ言って、俺がだらしなくてもここまで世話を焼いてくれる母君には頭が上がらない。


 かつての痛い時代でも見捨てずにいてくれたおかげで、道を踏み外すことなく今に至れたのだろう。


 そして、下の弟妹も、かつての俺と同じ痛い時代に入ろうとしている。


 その時は、恩返しと偉そうに言うつもりはないが、何か助けになるつもりだ……まあ、予定は未定なのだが。


 寝癖を潰して、口をゆすげば、天パの冴えない顔が映る――by我が妹。


「じゃ……行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい」


 ドアを開けると、顔面に冷たい空気が張り付く。


 上着のおかげで多少は緩和されるとはいえ、寒いものは寒い……ましてや、露出してる所はなおさらである。


 ふと、俺の愛車(自転車)も心なしか縁の錆が目立つようになった気がする……いや、俺が錆取りをサボってただけか。


 太陽は燦々と輝いているのに、吹き付けるのに風はこんなにも冷たい。


 是非とも、春日和とかいう言葉を作った偉人にはこの状況を体験してもらいたいものだ……いや止めよう、なんか悲しくなってきた。


「行くか……」


 スタンドを蹴り上げ、溜息とともにペダルを思いきり踏み込む――


「――あっ」


 延びていた金属がはち切れたような甲高い音が周囲に鳴り響くと同時に俺はある一つのことを思い出していた。


 ――自転車の鍵、部屋に置いたままじゃん。


 郵便配達員の人と近所のおじさんが呆気にとられた表情でこちらを見つめる。


 一同が鎮まる中、俺は遠い目で空を見上げた。


 俺は今、何に憂いているのだろう? 遅刻が確定したことなのか、それとも愛車を壊してしまったことだろうか?


 チェーンが切れた愛車のスタンドを立て、なおも続く二人の視線を受けながら、俺は歩き出す。


 太陽は燦々と輝いて、冷たい風が吹き付ける――ごめん、やっぱりつらいわ。


 当然、学校には遅刻した。

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