Save data No.0-1 大きな一歩目
眠れなかった一日目を過ぎ朝ごはんを食べ…僕は今、絶賛ネリス様に怒られています。なんでかというと、目の下のクマがバレたというなんとも簡単な理由……。
今朝からネリス様の口調が丁寧になっていて違和感が半端ないが今はそれを聞いてる場合でもない。
「…まぁ説教はここまでにして。……やはり眠れませんでしたか? 部屋に不手際があったなら変えますが」
やっと収まったと思ったらまさかのネリス様の言葉に咄嗟に下を向いてた頭を上げ「全然!! 不手際どころか見た事のない物ばかりでテンションあがりっぱなしですよ!?」と首をぶんぶんと横にふる。
「むしろゲームで見た景色のままなので、楽しくて楽しくて」
ゲーム画面で見ていたそのまますぎて、最初に見たときは本当に驚いた。ただ同時に現実味がなさすぎるこの状況をふと理解してしまって泣いたから、昨日はあまり堪能出来なかったけど…。
「キヨミズ様、ご理解頂いているかとは存じますが、念のため申し上げさせていただきます。ここは清水様がお楽しみになられていたゲームとは、少々異なります」
真面目な顔のまま、ネリス様は正座する僕に視線を合わせる為屈む。ファッ、顔が良い…!!
「やり直しも、立ち止まる事も、戻る事も出来ません。今この時も確実に時は進み、温度も感情も痛覚もある……この世にたった一つしかない『命』が存在する現実です」
例え魔法が使えても、そこは同じですと告げるネリス様の瞳はどこまでも真剣で…僕を見定めているようにも見えた。
「魔物でさえも……彼らは切っても殴ろうとしても実態は胸元にある水晶以外霧なのであまり手応えはありませんが、あれも一つの『命』である事に変わりはありません」
……ん? 今、深刻な表情のネリス様からなんか魔物は実態ほぼ無いみたいな聞き捨てならない言葉が聞こえた……?? …ともかく今は話を聞いておこう…。
「……キヨミズ様は、魔物という不確かでも『命』に変わらない存在を、倒せますか…?」
……どうやらネリス様は、生殺与奪を気にしないかと、重荷にならないのかと聞きたいらしい。…その魔物にこの国は脅かされているというのに、そんな、任せて申し訳ないと言いたそうな…辛そうな表情をするなんて……つくづく優しい人だなぁ…ネリス様は……。
この世界の元である星屑*CollarCageというゲームをやっている分、どれだけ魔物が放っておいたら危ない存在なのかは痛いほど見てきたので分かっている。
そもそもゲーム内ですら「魔物は獣やドラゴンの形を作った得体の知れない不干渉物体という生き物。生き物と呼べるのかは怪しいくらいに不確かな存在すぎて研究も中々進まないようだ…」…と紹介されてた。
ただ主人公がゲームを進めていく過程で魔物について色々わかってくるんだけど、かすかな事しか分からない。……ネットと僕が集めた情報でさえも魔物については「体のほとんどが霧のようなのに相手も自分も攻撃は出来る」という不思議な事と「暗い所から魔物は生まれやすい」という事だけ。
ゲーム自体は出始めたばかりとはいえ、大人気ゲームの攻略がここまでいかないのはそれほどまでに攻略が難しいという事……なのに誰も知らない情報がすでに出回っているのは可笑しい。やっぱり僕以外にもバグが沢山ありそうだな……と、バグに対して少し警戒心が上がる。
「…魔物の事やこの世界の事もまだよく分かりませんが、一つだけ確実に言える事はありますよ」
聞き捨てならない情報と懸念があったので一応ワンクッション置いてからネリス様が安心できるように微笑む。
「僕は普段、飛んで来る火の粉はなるべく避け、火の粉が飛んでも払うタイプですが……飛んでくる物が火の粉でなく、炎の球の雨ならば。僕は全力で相手しますよ」
魔法を使う世界に合わせ、矢の雨と言いたいところをあえて火の球と例えてみる。
…でもあれ、よく考えてみれば矢の雨でも大丈夫だ。この世界でも弓矢は普通にあったし魔法でアローレインという文字通り矢の雨を降らすことも出来たはず。なんなら炎の球の雨を降らす魔法の方が難しかったな……と思い出してつい自分に苦笑してしまう。
「まぁ魔法すら使えない可能性があって世界の事もあまり知らない僕が言った所で頼りがいはありませんよね」
ゲーム上の魔法の詠唱、効果を知っていた所で魔法の耐性や才能、どれだけ魔法を使えるかは分からない。
そんな限りなく一般人に近い勇者など、召喚した人達に不憫でならないけれどバグなので仕方ないし、自分で笑い話にするくらいは良いよねと思い苦笑してみせた。
「それでも、もし心がお辛いのであれば元の世界へ帰って頂いても構わないんですよ」
心配そうに瞳を揺らしながら少しうつむくネリス様からはやっぱり、優しさしか感じ取れない。
この世界がすでにゲームの中盤まで進んでるなら、魔物はさらに凶悪化して数国危うい状況になっているはず。今はまだ平和なこの国も、何もしなければ時期に戦場になる……そんな未来はゲームという未来を知ってる僕じゃなくても用意に想像は付く。
しかもネリス様は貴族で、頭もよく魔法も使えて戦える。そんな状況になればネリス様は最前に立たされるはずなので自分も危ない……だというのに、この人は自分は愚か世界の命運を握る勇者のメンタルを心配してくれているときた。まだ想定でしかないけど、狼狽える一般人を無理やりにでも戦わせて構わないくらいに今のこの世界は悠長な時間はないはずだ。
「これは一人言なんですけどね」
切羽詰まった状況でも、自分の命が掛かってようと気遣いができるネリス様を本当に安心させるには……どんなバグがあろうと覚悟を決めなければ。そう腹を括り明るい声で一人言と前置きしてから微笑む。
「僕、嫌いなんですよ。優しい人が、暖かい人達が生きれないような世界」
もちろん、そんなのは綺麗事で……僕のいた世界でも当然理不尽な事は沢山ありますけど、とも付け足してネリス様を真っ直ぐ見据える。
「でも今みたいな、優しい人が自己犠牲を選んで話してるのはもっと嫌いです。悪い事しか寄ってきませんし」
今勇者である僕が帰れば、一番長く居るネリス様に非難の矢が立つ。国民も国も、時期的に余裕がないので罰としてネリス様を平然と戦場に送るだろう。いくら強いネリス様といえど勇者がいなければどんな結末を迎えるのか全く分からない。
……そう、だからつまりさっきからネリス様が提案してくれてる「帰る」という選択肢はネリス様にとって「死」の選択肢以外の何者でもないんだ。そんな自己犠牲、僕は望まない……いや、望みたくない。たとえネリス様が推しじゃなかったとしても僕は同じ言葉を言った。
「っ……!」
ネリス様は僕の言葉に少し驚くように眼を開くと、ゆっくりと閉じて微笑んだ。
「そう、ですね…。自己犠牲は弊害を招く……私とした事が、見落しておりました」
ネリス様は軽く頭を下げ、今度は真っ直ぐ僕の瞳を見つめてくる。何か、覚悟が決まったような瞳のネリス様に背筋が伸びる思いだ。
「ナツセ・キヨミズ様。改めてお願い致します。この世界を救うため、私達と共に戦って下さいませんか?」
ここに来た最初のセリフとあまり変わってないかもしれないが、少し意味合いが変わってる。これまでは勇者側の方を生かすための言葉のように聞こえてたけれど、今さっき言ったネリス様は「世界を救うため『私達と共に戦って』下さいませんか」と言った。
それはつまり、勇者の命も捧げる覚悟で助けてほしいという事で。魔王軍が責めるまで時間がある本来の星屑*CollarCageでは絶対聞けないセリフ…やっぱりそこまで切羽詰まった状況なんだな…と覚悟や焦り、不安などの感情の波が押し寄せる。
僕は正座から膝立ちになり、なるべく丁寧にお辞儀をしてネリス様の言葉に答えた。
「勿論。僕の持つ全ての武器を使って、この世界も人も救ってみせます」
明るく微笑みながら、真っ直ぐ見据えるネリス様の瞳を見つめ返す。覚悟が決まった所で、僕はこの世界の文字と金銭感覚を覚えただけ。確認しなきゃならない事は山ほどありそうだし、僕が魔法が使えるのか…それとも武器を使って戦うのかも決まってない。
…その前に、昨日が寝れなかったので一度眠らないといけないな……と思いながら眠たい眼を瞬きで抑える。
「……。その前にキヨミズ様、一度御休みになって下さい。顔色が悪くなっていますから」
ネリス様は少し苦笑しながら僕にそう提案してくれたので「そうします…」と苦笑で返す。
まずは睡眠…色々確認するのはそれからでも遅くはないはずだ。そうして僕はネリス様と朝御飯を食べてからやっとふかふかのベッドで眠りについた。