Save data No.0 この世界での息の仕方
懐中時計が七時半を指してる事を再確認し軽くコンコン、とキヨミズ様のお部屋をノックする。
「キヨミズ様、そろそろ朝食の時間だがお目覚めか?」
扉越しに伺ってみるがキヨミズ様からの反応はない。……当然か、突然別世界に来て混乱が収まらない内に一日を過ごし、私が教えた勉強の疲れもある。
そんな今…キヨミズ様が「帰る」と言える絶好のタイミングと状況、状態と揃いすぎているくらいだ。
いくら我々が勇者と称えようが歓迎しようが、キヨミズ様も一人の人間。彼には彼の生活があり、友人や家族に二度と会えなくなる可能性が多いにある事に関わる理由も必要性も、彼には全くないのだから…。
「……キヨミズ様」
それでも、我々はその事を承知の上で『お願い』しなければならない。これからの世界の為に、まだ子供な市民が大人になれない可能性があるこの無意味な戦いをどうか…どうか終わらせて欲しいと。
我々が替わりに何かキヨミズ様に出来る事はと聞かれたら、無い。キヨミズ様の世界では何が貴重で、キヨミズ様の好みの物も分からない我々は何も返せないのだ。
…唯一出来るとすれば、何も知らない勇者様が、我々の勇者になった時…勇者様を無条件で信じる事くらい。
けれどそんな事、キヨミズ様もパソコンゲームとやらのゲームでしか知らない私達を信用出来るか分からない上、もちろん自分の世界へ帰りたいはず……だが、今どれだけその考えてたとしても堂々巡りだ。
まずはキヨミズ様を知らないと…と思い頭を横に振りもう一度声をかける。
「キヨミズ様、お目覚めだろ」
ドサドサァ!!
私の言葉の途中で、扉の中から重たい何かが落ちた音が聞こえ周りの護衛も私も思わず身構えた。な、何の音だ…!!?
「…っ、キヨミズ様!? ご無事か!?」
驚きで思考が停止しかけ、すぐにキヨミズ様へ意識が向く。もしキヨミズ様に何かあれば、元の世界へ帰る帰らないの話ではなくなってしまう…!!
「は、はい! 大丈夫です!」
キヨミズ様の声が扉ごしに聞こえ、安心で少し脱力する。……良かった、ご無事で…。
「ご無事で何より……良かった…」
前に勇者を召喚した際は勇者様が混乱してしまい、突然現れた魔物に襲われてしまった。魔術師によって全回復はした物の魔物への恐怖心が強く出てしまい記憶を消して元の世界へと返す事になったのだ。
…そもそも、「勇者」に選ばれ召喚されるには幾つもの条件がある。
その1 人を愛せる者
その1 人を守れる者
その1 この世界の者ではない者
……そして最後 勇気ある者。
なぜこの世界の者ではなく、他の世界の者が勇者になるのかは第三者目線で我々の世界を見て貰った方が分かることもあるから、という何ともごもっともな理由だ。
…前勇者様の時。我々は、動く事も出来ずただ前勇者様が人を庇って大怪我を負う所を見る事しか出来なかった。
竜のような形の魔物が、息をする間もなく老婆を襲い…息をする間もなく、それを前勇者様が助けた。来たばかりで状況も把握ならない中、真っ青なお顔で。
…「勇者」とは、そういう人だ。
怪我が完治した後ですぐ「あんなのがいるんですよね。うじゃうじゃと……すみません、おれは…あの一回で、たった一回で、恐怖を植え付けられてしまった」と真っ青なお顔のまま申し訳なさそうに仰った前勇者様も。
知らない土地、知らない生き物、知らない言語…全てが分からない未知の世界へ突然来て、助けて欲しいなど…いくら勇気があろうとも承諾するはずもない。
未知の恐怖、死の恐怖、自分が知る全てがなく信じるものも分からない孤独感…それを置いて、戦える訳がない。
……勇者様は、ここに住む私達のように魔法なんて使えない、存在しない世界にいた…ただの人間。一般人なのだから。
「……」
彼は…キヨミズ様はどんな勇者様なのだろう。前の勇者様のように瞬時に人を守れ、よく分からない状況の中でもなおちゃんと拒否できる人なのだろうか。…それとも、その中で「戦う」と言える人なのだろうか。
「いやぁすみません、ネリス様……本を探していたら上から物が振ってきて…」
私が考え込んでいると、ふと扉が開いて昨日渡した部屋着姿のままのキヨミズ様がお出迎えしてくださった。
………ん? 昨日のお姿のまま??
「…朝早くに申し訳ありません」
やはり知らない世界へ来て一日目、疲れているのだからまだキヨミズ様が昨日の服装のまま眠った可能性だって大いにあった。……私とした事が、失念していた…。
「大丈夫です! それよりもここの世界の参考書って挿し絵が多いんですね」
キヨミズ様は分厚い魔法の参考書を持ちながら微笑みかけてくださった。……昨日突然ここに来て、あれだけ勉強し怪我も負ったのに…まさかまたお勉強されているとは思わず驚きで固まってしまう。
「字よりも絵の方を解読するのが難しくて…見た事が無い物も乗ってるので、大変なんですよ」
苦笑しながらそう言ってのける彼の目元は夜更かしをしたのかクマが出来ている。…やや赤くも見える。
…恐らく不安で泣いてしまった涙の痕だろう。ゲームで知ってるとはいえ危なく、知らない世界で眠れず本で気をまぎらわしていた、という所だろう。…当然だ、私だってキヨミズ様のような状況になれば不安で眠れない。
「でも、これを理解していかないとですよね。これからこの世界で過ごして、戦うんですから」
極限状態にも近い状況で、キヨミズ様は戦うと言葉にした…逃げても構わないのに。ここは貴方が本来生きる世界ではない、どこかなのだから…夢でも見たと思って、見なかったフリをして逃げて構わないのに。
「……。…やはり、『勇者様』ですね」
逃げるはずの場面で動き、戦おうと。知ろうと努力している。その勇気も、行動も…簡単に出来るものではない。
人は極限状態に負い込められた時、一番その人の内面が現れる。それは時に嫌な一面を見る事にもなるが…。
知らない世界で、人を守るかどうか。そんな状況ではやはり性格がよく現れる。人の本質とも言える、真の部分が。
「……?」
私の言葉に首をかしげ、不思議そうにしているキヨミズ様に微笑み丁寧に礼をした。
「なんでもありません。さぁ、キヨミズ様。朝食にしましょう。お勉強はその後でも構わないんですから」
彼への、勇者への信頼が私の中で少しずつ確実な物になっていく感覚がする中…私はキヨミズ様を昨日より丁寧にリビングへ案内した。
「あ、はい! お腹空きました……」
気の抜けた声で返事をしながら私に着いてくるキヨミズ様に「もしかしたら」と淡い期待を持つ。
……もしかしたら、キヨミズ様のような人なら。
血をあまり流さず、今回の大騒動を終わらせられるかもしれない…。
不確かな、でも微かな期待と信頼を持ちながら自然と顔が緩む。そんな事が出来るなら、叶うのなら…。
「……ふふっ」
キヨミズ様も私と同じ考えになってくれるかは分からない。そもそも勇者として戦って頂けるのかすら分からない。……けれど、少しは期待したい。
少し頼りない勇者様の、優しく強い人の手助けになれるかもしれないという……そう遠くないかも知れない未来に。