ふうせんは飛んでいく
ふうせん配りをやることになった。
イベント会場で、ちびっこにふうせんを手渡していくのが私の仕事だ。
市販のガスボンベを使ってふうせんを膨らませ、口と紐を結んで、並んで待つ子どもたちに手渡していく、ただ、それだけの作業。
手早く風船を膨らませ、子ども達に手渡していくのだが。
「…あっ!!!」
ちびっこは…、風船を空に飛ばしてしまいがちだった。
ふうせんは無料配布であり、販売用ではない。
ごく普通のゴム風船にヘリウムガスを入れて、手芸用のタコ糸を付けただけのものだ。
手持ちのようなものがついていないので、ちょっとした気のゆるみで…瞬く間に空へと旅立ってしまう。
それならばと、糸の先を輪に結んで、手渡すようにしてみたのだが。
「あ、ああーっ!!」
楽しいお祭り会場には、ふうせん以外にも魅力的なものがあふれている。
ちびっこというのは、油断しがちだ。
ふうせんの紐から、手を離してしまいがちだ。
青い空に吸い込まれていく、色鮮やかなふうせんを…いくつも、見上げた。
大人たちが成すすべもなく、見送る姿を…何度も、見た。
次は、紐の先端に…何かをつけなければいけないな。
改善すべき点を胸に、100個のふうせんを配り終えた。
翌年も、ふうせん配りをやることになった。
一年前の不手際を顧みて、ふうせんの紐にカードを取り付けて配ることにした。
うっかり手を放しても飛んでいかないよう、重さのあるカードに紐をくくり付ければいいだろうと考えたのだ。
「…あっ!!!」
ちびっこは…、またしても風船を空に飛ばしてしまいがちだった。
昨年同様、ふうせんは無料配布であり、販売用ではない。
ごく普通のゴム風船にヘリウムガスを入れて、手芸用のタコ糸を付け、手ごろなサイズの厚紙に糸の先端を巻き付け、かわいいシールでとめただけだ。
強力なテープではないので、時間がたつと剥がれはじめて…いきなりふうせんは空へと旅立ってしまったのだ。
それならばと、糸をグルングルンと巻いて外れにくくし、手渡すようにしてみたのだが。
「あ、ああーっ!!」
ふうせんの糸が短いのは、ちびっこたちにとってうれしくない仕様だったようだ。
勝手に長さをのばそうとして、巻きつけた紐をほどいて、シールでとめ直そうとして、あせって、紐から手が離れて、ふうせんは空へと吸い込まれて行った。
……何をやっても、ふうせんは飛んでいってしまうのだな。
そんなことを思いながら…、来年はどうしたものかと、頭をひねった。
思い切ってプラスチックのふうせん止めを用意しようか。
……そんな予算はないよ。
腕輪を作ってセロハンテープでとめてあげるのはどうだろう?
……手間がかかり過ぎて並ぶ列が伸びてしまうよ。
小さなふうせんにして、浮力を貧弱なものにすれば…。
……浮かないふうせんじゃ子供はテンションが上がらないよ。
あれこれ意見を出し。
ああでもない、こうでもないと、議論を重ね。
どうしたら一番効率よくちびっこたちに喜んでもらえるか…、随分頭を悩ませたのだが。
「開催中止だってさ」
コロナ過の影響で、イベントの開催ができなくなり。
「今年もやらないみたいだよ」
イベント自粛期間は、長くなり。
「なんか、方針が変わったみたいだよ」
久しぶりにイベントが開かれることになった時、ふうせんの配布という出し物自体が、なくなってしまった。
なんでも、キッチンカーがたくさん立ち並ぶので、場所が確保できないとか。
もともと、地域を活性化させるためのイベントだという事を忘れてはいけないとか。
そもそも、無料配布なんて無駄な事をする、余裕はないんだとか。
だいたい、無料で配るから粗末に扱って、簡単に飛ばしてしまうんだよだとか。
とにかく、収益の出るイベントとして成功させたいんだよだとか。
役員たちの、もっともらしい意見がまかり通り。
久々に開かれるイベントは、大人が中心となって楽しむものになった。
街角バル、立ち飲み、せんべろ、飲み比べセット……、大人向けのメニューが並ぶ、食のイベントが開催された。
イベントは好評で…、もう今年で三年目になる。
毎年GWが開けると、イベントの打ち合わせで近隣の飲食店が活気づいている。
……とても、子供向きイベントを復活させるような雰囲気は、ない。
―――わぁー!!!
―――ありがとう!!
―――あかいの、下さい!!
―――きゃー!!!
―――見てみて、ふうせん、とんでるー!!
脳裏に浮かぶ、子ども達の…明るい声。
……ふうせん、また…配りたいな。
私は、風船が飛んでいかない、青い空を……見上げ。
グビリ、グビリと、キンキンに冷えたビールをあおったのだった。