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教室に稲妻  作者: フリオ
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7話 稲穂の予兆

 

 雪が降った。朝になると止んだ。世界は白く色づき、汚れが目立つようになった。踏まれた雪は溶け始め、白より透明になって下のアスファルトを透かす。早朝、除雪車によってひっくり返された雪は泥で茶色く濁っている。車道をカーテンのように隠す雪の山の麓を見たら、犬のおしっこで黄色くなっている。雪は白かったけど、冬は白くなかった。


 長谷川は長靴だった。


 その小さな身体を水から守る新品の戦士だった。


 長谷川は長靴に半分は埋まっていた。長靴が大きいのではなく、長谷川が小さいのだ。実際は小さな身体はコートに包まれ、かわいい顔にはマフラーが巻かれ、それなのにスカートからは薄いストッキングだけが伸び、そしてその膝の下まで長靴で埋まっているということなのだけど、やっぱり長谷川は小さいから、長靴に半分埋まっているように見えた。



「びゃあ!」



 道を歩くだけで、消雪パイプから勢いよく飛び出している水に襲われる。晴れているのに、なぜか出っ放しだ。


 もちろん、長靴は長谷川を守った。


 いつもの時間に踏切が鳴った。国道の信号を一つ前のタイミングで渡れば、この踏切には引っかからない。雪が降ったから、少し歩くのが遅くなった。いつも一人で登校している長谷川は歩きながら意味のないことを考える。高校二年生の冬になるまで、ずっと意味のないことを考えて歩いていると、歩道にも哲学があることに気付く。ずっと、というのは少し嘘。土日は登校しないし、テスト期間中は、英単語帳とにらめっこしながら歩いている。期末テストが終わったのはついこの間のこと。雪が降ってようやく、長谷川も意味のないことを考えながら歩くのを思い出した。


 目の前を通る電車には、遠くから来る学生も乗っている。電車が通過するのを待っている姿を、その電車の中から見られていると思うと、見下されている感じがしてむず痒い。長谷川は見下されるのが嫌いだ。小さいから。


 長靴は厚底。


 もう一度信号に捕まれば、電車通学の生徒と合流することになる。駅が近いのだ。捕まるかどうかは、やっぱり歩く速度次第。今日は雪だから捕まるだろう。長谷川はビビりだから、青が点滅した時点で止まる。捕まったとしてもこの先の信号はT字路だから、コの字に渡れば止まらずに学校に着く。そんな歩く距離を無駄に伸ばすことはしない。長谷川は止まる。女の子だから。



「はろう探偵」



 変な挨拶をしながら長谷川のリュックを叩いたのは、同じクラスの布浦 奈津。もちろん長谷川よりも背は高いけど、女の子の普通くらい。身体が揺れると、それなりに長い黒髪も揺れる。冬の外気にあてられて、パラパラと踊った。



「おはよう」



 二人は気安く挨拶ができるくらいには仲が良い。挨拶の先に会話があってもなくても無言に耐えられるくらいの仲。気が合うと思うけど、グループが違う。だって小学校も中学校も違うから。電車で高校に来る布浦と、歩いて高校に来る長谷川。出会うのが少し遅かった。同じクラスになったのは、高校二年生になってから。それまでに出会っていたら、親友だったと長谷川は思う。


 今は長谷川にも最高の友達がいたし、布浦にもいるようだ。



「期末テストはどうだったかな?」


「かんぺき」



 信号が青になった。二人が出会えるように赤になったのだとしたら、信号は今日の役目を終えた。雪は車道へはみ出し、横断歩道は雪解け水で浸っていた。長谷川は長靴だから気にしない。ピチャピチャと優しく音を鳴らしながら歩いた。隣の布浦に水が跳ねないように。


 二人の後ろにはぞろぞろと電車通学の生徒が続いた。一番背の低い長谷川が集団を率いている。得意気な顔で歩いている。期末テストがかんぺきだったから。夜寝る前に降り始めた雪は、今朝パンを食べているときに止んだ。太陽の光が雪解け水に反射してキラキラしながら、長谷川の得意気な顔を照らしている。必要のないかもしれない閉じた傘は左手。というか、必要なくあってくれ。


 信号を渡ったら、高校はすぐそこ。


 学校も水浸し。


 地盤沈下して斜めに曲がった地面を除雪の水が流れている。


 みんな玄関先で靴に付いた雪を落としてから、校舎に入る。


 自分の下駄箱から内履きを出して、長谷川は長靴を脱いだ。靴下が濡れないように、内履きに飛び乗る。長靴は大きくて下駄箱に入らないから、仕方なく上に置こうとするけど、背伸びをしても届かない。


 俺は長谷川の長靴を彼女の頭上で奪い取り、ポンと下駄箱の上に置いた。


 長谷川はワッと驚いた。



「おはよう。オシャレなブーツはどうしたの?」


「おはよう。勿体なくて履けない」



 上に置いた長靴から水滴が落ちた。

 布浦は俺にピョコっと頭を下げる。それに俺は「おはよう」と返す。



「ちなみにその傘は?」


「ないよりあるほうがいいでしょ?」


「うん。よかった」



 雪が降るから傘を持っているわけじゃないみたいだ。



「天気予報みてないの?」


「みてない」


「こんなに晴れてるのに。傘持ってるの長谷川だけだ」


「いいじゃん。折りたたみ嫌いなの」


「ねえ、あれ」


 布浦は話を遮るように指を刺した。


 その指の先には掲示板があった。期末テストが終わって、生徒会選挙期間に移り変わる。緑の背景の掲示板には、候補者の一人である俺の写真が貼ってある。誠実そうで爽やかな笑顔だ。有力の候補は現在副会長の俺だけ。当選確実で来年は生徒会長の予定。運動会とかマラソン大会とかイベントの度にステージの上でコントをした。コントをしたやつが歴代の生徒会長になる伝統があるらしい。今の生徒会長もコントをして成り上がった。



「なんのギャグだろ?」



 布浦はクスクス笑うように言った。


 俺の笑顔の隣には、すました顔の稲穂がいた。

 で、外は突然、雪が降り出した。


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