5話 モテすぎると頭がおかしくなる
期末テストが終わって一区切りついた。クリスマスも近いから彼氏がほしい。顔がそれなりに良いのに、彼女がいる噂を聞かないからちょうどいい。こんなところだろうか。黒髪で、平凡な性格の、噂に聞かない女の子。
図書室の前で告白された。好きです。付き合ってください。好きですは嘘だと思う。嘘というか飾り。普通に過ごしていて、彼女と目が合うことがない。好きなら俺をちらちら見て、その分、目も合う機会が増える。俺の方が眼中にないだけ、なんてこともない。女の子はチラチラ見る。スカートがヒラヒラしているから。噂には聞かないけど、彼女の顔は見たことがある。
「むずかしいね」
「……?」
えっと、って顔をする。
告白を断る三つのコツがある。
一つ、明るく笑顔に断ること。
一つ、ワンチャンありそうな雰囲気を作ること。
一つ、期待させておいて、パッキリ断ること。
断る俺が悪いんじゃなく、脈絡もなく告白してくるあなたが悪いんですよってやんわりと伝わる。女の子に呼び出されたのは、放課後のこと。教室で自己採点をしている最中だった。行ってこい、と上沢にジェスチャーされる。もちろん、行くなとジェスチャーされても、行くのだけど、俺はその合図を見てから席を立つ。
「生徒会選挙も控えているし。やることが多いから」
「……そっか」
露骨にガッカリした女の子。
顔は可愛いのに、性格が好みじゃない。告白するなら教室でよかった。図書室まですごく歩いた。階段を下った。その分、疲れた。気持ちの良い疲れもあるけど、疲労はネガティブな感情だ。女の子の告白が成功しても失敗しても、俺は教室に戻るために階段を上らないといけない。それも億劫だ。ガッカリしたいのは俺の方だけど、明るく笑顔で。
「生徒会選挙が終わったら」
「……!」
「結局、生徒会の活動があるか」
「……」
一瞬、元気になって、やっぱり落ち込んだ。
「まあ落選したら、暇か」
「じゃあ!」
「じゃあ、なに?」
「あ、えっと、落選したら私と付き合ってください」
「えー」
そしたら、それでいいよと言っても、それを断っても、彼女は俺の落選を願うことになる。好きな人の不幸を願う酷い女の子。ああ好きな人、ではないか。
「そんなこと言う女の子とは付き合いたくないかな」
「あ、え、ごめん」
明るく、笑顔。
女の子は泣きそうになりながら、走って階段を上った。
隣のクラスの生徒だから、俺がこれから教室に戻っても廊下あたりで鉢合わせるのと思う。そしたら気まずいか。はあ、とため息が漏れる。心労が重なる。少し図書室で休もう。ドアに手をかけて、横にスライドさせる。暖房の風が、頬を撫でる。
カウンターに稲穂が座っていた。もちろん、ドアを開けたタイミングで稲穂は俺に気づく。不思議そうな顔をしていた。俺は今までの高校生活で、図書室を利用したことがない。稲穂にとって俺は珍しい客だったし、俺は稲穂が図書委員であることを失念していた。
「……そうだった」
「なにあのラップバトルみたいな告白」
「聞こえてた?」
「誘導尋問で倒してた」
俺は右手をヒラヒラさせて、本棚の方へ向かう。そこから、小学生のころに山瀬が読んでいたような記憶がある恋愛心理テストの本を手に取り、机に座る。俺が座った席の向こう側に、一条が座っていた。高校生でセックスするようなやつは本なんて読まない。
「なにしてんの?」
「君みたいなやつを倒すための勉強」
「期末テストが終わったばかりなのに?」
「べつに」
なにが、べつになのだろうか。彼女の目の前に教科書やノートは一切広がっていない。俺は稲穂をチラっと見る。とくに変わった様子はなく、冷静を保ちながら手前の本に視線を落としている。ああいう、清楚な女の子が本を読むのだ。
「自信ないんだ」
「ある」
「自己採点は?」
「教えるわけないじゃん」
そんなに美少女というわけでもないのにツンケンとした性格だから、俺からしたらただの嫌なやつに思える。上沢を含めて世の中の男っていうのは、こういう肉付きがよく、ほどよく陰湿な女を好むらしい。
「まあいいよ。この前見たことは秘密で」
「あんたたちは私のこと噂にしているのに?」
「誰の口からも語られることのない人生よりはマシだろ?」
「……私の勝ちかな」
負けてあげたところで、俺は立ち上がる。小学生女児向けの恋愛心理の本をカウンターまで持っていく。本の借り方は高校一年生のときに教わったはずだけど覚えていない。とりあえず、カウンターの上にかわいい表紙の本を置き、稲穂に話しかける。
「私の前で、この本借りるの恥ずかしくない?」
「演技だよ。俺は恋愛のいろはを知っているから。でも、そういうの無知な方がいいだろ?」
「じゃあ、い」
「お弁当」
「じゃあ、ろ」
「お弁当」
稲穂は怪訝な顔をする。
「じゃあ、は」
「お弁当」
「なにそれ。はい、これで借りれた」
「三回お弁当食べたら、だいたいわかるってこと」
「弁当の前に、おを付けるのは?」
「それも演技」
「意味わかんない。返却期限は一週間後だから」
「じゃあ、今返すよ」
「……」
カウンターの上に、本を置いたまま俺は図書室を後にした。