1話 マリオネットガール
その日は豪雪だった。
教室の窓の外には、稲妻が走った。
カウンターというのは、言葉であればあるほど不可避だと知った。耳を塞ごうにも、気づかされたときには、もう喰らっている。面白さのために俺が生み出した青春の奴隷、生徒会探偵。彼女の推理によって俺の、いや俺たちの秘密が暴かれようとしていた。
「二人は付き合っているね」
生徒会探偵長谷川 凛、彼女の推理はわずかに外れていた。
◇◇◇
幼い頃に馴染めていたら、私と芝山 涼は幼馴染だった。
あまり想像もできないけど。
だからこそ、馴染めなかったのだと思う。
お昼に回転寿司を食べたあと、水族館へ向かうために歩いていた。
私の前にいる彼の背中には女の子が座っていた。オシャレなストリートスタイルの女の子。赤い帽子と、赤いスニーカー。髪の毛と同じ色のズボン。明るい緑の服。ヘッドフォンを着けて、胡坐をかく。彼のオシャレの中で、彼女もオシャレをしていた。女の子とのデートに、別の女の子を背負ってくるなんてありえないと思う。
私たちは少し離れて、お互いのリズムでアスファルトを叩いていた。涼くんは後ろにいた私に積極的に話しかけてくれた。そのおかげで、無言で気まずい時間はなかったのだけど、やがてそれは訪れた。
私は国道沿いのラブホテルに中指を立てた。舌打ちをしたかったけど、はしたない音が彼に聞こえてしまう。こんな目立つ場所に建つな。隣には家族連れが極端に来ない牛丼屋。それでも潰れないのはカップルが利用するからだろう。ほんとにカップルで牛丼屋になんて行くのだろうか。私はまだ子供だから詳しいことを知らない。饒舌な涼くんもラブホの前を通るときは気まずくなって黙ってしまった。私に背中を向けているから、立てた中指には気づかない。ラブホから出てくるカップルがいた。中指を立てている私を見て、ビックリしていた。私は気まずくなって中指をしまった。二人で気まずくなってしまった。
涼くんとは、小、中、高と同じ学校に通って、あまり仲良くなかった。それだけ長ければ、たぶん話したことはあるのだろうけど、記憶にない。高校二年生になって同じクラスになったとき、私は何者でもなかったけど、彼は生徒会に入っていた。涼くんっていう呼び方は、なんだか一番しっくりくる。苗字で呼ぶわけにもいかないし、あまり仲良くない割には慣れ慣れしいかなとも思うけど、涼くん。
ラブホから出てきたカップルは腕を組んで隣り合っていた。その姿を見て、私と涼くんは別にデートをしているわけではないことに気づいた。デートをしていたら、彼の背中にいる女の子なんて気づかない。カップルの男の人が別の女の人と腕を組んで歩いているのをこの前見た。高校生は多いけど、大学生になると遠くへ進学してしまう。そんな具合のほどよい田舎だから、あの男の人くらいの若い年齢で地元に残っていると良く目立つ。
私はやんわりと、彼の隣に並んで歩いてみた。
「あんなところに建てないでほしいよね」
彼は苦笑いして言った。なんだかスマートだった。クラスの男子と下らないことを言って騒いでいる彼とは違った。女の子と一緒にいるときと、男の子と一緒にいるときでは、ちょっとだけ違う。教室ではオラオラしているイメージがあったけど、今はツルツルだ。余所行きのスーツみたいだ。
「利用する人も、あそこは目立つから、使いづらいと思う」
「ごめんね」
私は謝った。あの建物は、私のお父さんが建てたものだ。ラブホテルだけじゃなくて、このほどよい田舎にあるホテルのほとんどを、お父さんが建てた。昔は、お父さんが建てたもの以外のホテルもあったけど、バブルが崩壊して、スキーの観光客が減って、それでも経営がなんとかなったのは、お父さんが建てたホテルだけだった。
あのホテルに立てた中指は、お父さんへのものだ。
「清水が謝らないでよ」
「あ、私のこと清水って呼ぶと、お父さんとごっちゃになるよ」
「稲穂」
「うん」
自分のことを苗字で呼んでいた男の子が、名前で呼んでくれるようになる瞬間は、どんなに一瞬でも尊いものだった。なんだか、関係性が明確に変化して、付き合うようになってからとか、キスをした後とか、そういうロマンチックなのもいいけど、私たちには似合わない。なにより、この道を歩いている一瞬でスラっと下の名前を呼んでくれるのも、涼くんのスマートさが出ていて良いかもしれない。
「上沢って知ってる?」
「あ、うん。いや、もちろん。同じクラスだし」
「一条は?」
「聞いたことあるよ」
一条という名前の女の子は知っている。だけど、顔と名前が一致しない。
「その二人があそこ使って、バレてた」
「わ!」
すごく楽しいゴシップが涼くんの口から出て嬉しくなった。カッコいい彼でも、やっぱりそういう話はするみたい。クラスの女の子は涼くんのことを勉強ができる草食系男子とばかり思っていて、私たちは花だから、涼くんに摘まれるのなんて言っていたけど、涼くんもお肉の方が好きそうだ。
私たちのセンスのなさは、そんな会話の後にトイレにいくこと。女の子はトイレにいくことを、お花を摘むと隠すから、涼くんに摘まれなかったお花を自分で摘みにいっているようで、まるで自慰行為をするみたいだ。連れしょんなんかした日には、お互いの花を摘み合っているなんてことになる。それじゃあ乱交だ。摘みじゃなくて、罪だ。
「二人は付き合ってるの?」
「そうでもないみたい」
そうでもないというのは、高校生で付き合ってないのに、なんていうか、こう突き合うみたいなこともあるんだ。もしかして、これがデートじゃなくとも、そんなことあったりするのかな。なんて思うけど、そんなことをする場所は通り過ぎたばかりだった。
「あいつはなぜかモテる」
上沢くんの顔は分かる。涼くんと同じで小、中、高と一緒だから。あんまり話したことないのも涼くんと同じ。女子の間ではあんまりカッコいいという話は上がってこない。私のところにはそういう話が集まるのだけど、上沢くんの話はなかった。
「乱れているね」
「俺たちよりは、健全だろ?」
「たしかに」
クラスのカッコいい男子とエッチな話をするのは楽しくて、ちょっと気分が明るくなった。エッチな話もこんなにスマートにできるなら、ラブホを通りすぎるときに、気まずくなって黙らなくてもよかったのに。
「ちなみに、さっきのカップルの女の子の方が、一条」
「あっ」
涼くんが黙ってしまった理由が分かった。私たちがラブホから出てくる一条さんの顔を見たのと同時に、一条さんも私と涼くんが一緒に歩いているのを見てしまった。
「……乱れているね」
さっきと同じ言葉が零れた。