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10-1「新しい朝」

 新しい朝が来た。

 『稀人逢魔伝』プレイ3日目の朝が。


「早く学校帰りたい……」

「わふっ」


 看谷(みるたに)家の玄関にて。セーラー服を整えた英子(えいこ)がローファーを履く横で、コーギーの愛犬エルが「まだ行ってもないです」とばかりに吠えた。


「なに? あんたはいいわよねー、ゴロゴロしててもお散歩とご飯っていうハッピータイムがやって来るんだから。あたしなんか朝の素振りでしょ、あんたの散歩でしょ、学校行って帰ってきて宿題や家事終わらせてからやっと遊べるんだけど」

「わふわふ」


 もちもちの首回りをワシワシ。まんざらでもなさそうなカノジョは「健康的な生活ですです」とでも言ってくれているのだろうか。

 実際、英子を貫いてくる毛むくじゃらで偏平な刺線刀刃がそう伝えてきたのだが。


「いってきまーす」

「おーう、気をつけてな」「いってらっしゃいませ」

「わぅっ」


 リビングの父母のほうへエルケーニヒ2世を送り、英子は家を出た。


(月曜日って憂鬱。ソシャゲの週課(ウィークリー)もやらなきゃだし)


 噛み殺しきれなかったあくびを、顎下から黒マスクをずり上げて秘める。


「やあ。おはよう、看谷」

「けおっ?」


 と、看谷家を真正面から見据える道端で。ゲーム仲間の同級生、村鞘(むらさや) 市郎(しろう)が待っていた。……何故か、学ランの詰襟すら息苦しげな緊張の仁王立ちで。


「どしたの村鞘。“例の作戦”の話ならべつに学校着いてからでいいんだけど」

「いや、ソレとは関係無しにだな……ごほん、ん、んん……一緒に学校行こう」

「はあ?」

「というか。突然で悪いが、今日からは看谷と一緒に登校させてもらう」

「こっわ」

「こっわ!?」


 その為に、連絡も無しに門前で待機していたというのか。


「こういうシチュってマンガとかでよく見るけど、連絡も無しに家の前で男子が待ってたら普通に怖いでしょ……」

「くっ……ほら見ろ金城……言ったじゃないか……」

「ツェツィ? あの子の入れ知恵なら分の悪い賭けしか出てこないって知ってるよね。一緒に登校するのはべつにいいけど」

「い、いいのかっ?」

「なんでそっちがビックリしてんのよ。よく分かんないけど、あんたがやる事ならやり方が不器用なだけでやましいことなんて無いでしょうから。理由は訊かないでおいてあげるわ」

「……。…………。………………そこは訊いてほしい」

「メンドくさ。そういうとこなんだけど」


 ともあれ、英子が歩きだすと村鞘も続いた。……何故か、英子の斜め前へ意図的に位置取りしながら。


「で? ナー・ンー・デ?」

「看谷……“稀人逢魔伝(まれおう)”の中でも人の目に潰されそうになってただろ。きみが泣いてから駆けつけるなんてもうゴメンなんだ、そばにいさせてくれ」


 英子は。自分より頭1つ分も長身な村鞘を横目に見上げた。

 向けられる大刀型の刺線は他のように英子の背中までは貫かず、今日も胸の只中で留まっていた。

 変化があったとすれば。昨日、稀人逢魔伝の世界で英子が直面した“人目”騒ぎの後……彼から受ける刺線の中に“熱”を感じるようになったことだろうか。


「……『も』ってなによっ、リアルでは地味で目立たないフツーの女子高生してるでしょうが!」

「いやいやいや、地味で目立たないフツーの女子高生は自分からそんな事言わない」

「あと泣いてないけど!?」

「わかったわかった。とにかく、きみのそういう隠しきれない“熱さ”とか“信念”は人の目を惹き付けるんだよ。……きみが思ってる以上にな」


 英子は『地味で目立たないフツーの女子高生』の装備たる黒マスクをクイッとするも、村鞘には生温かい目を向けられた。


「だから昨日みたいに1人じゃいなしきれなくなる前に、“頼りにしていい”友達もいるんだって適度に力を抜いてくれよな。……きみに比べたら頼もしくないかもしれないが、頼むよ」


 自分でも締まりが無さそうな様子で後ろ髪を掻いた彼に対し、


「……うん」


 英子はほんのり小さく頷いた……、

 が、すぐに皮肉っぽく肩をすくめてしまった。


「……それはそうとしても、通学まで一緒にする理由にはならなくない?」

「いやいやいやいや……だからな、思ってる以上に看谷は危なっかしいことしてるんだって。リアルでも」

「看谷ぃ!!」


 と。曲がり角の向こうから、同じセーラー服姿の女子たちが剣呑に躍り出た。

 人を見かけで判断してはいけないが、見るからに不良なギラギラファッションの女子たちである。


「一昨日はよくもやってくれたよねぇあんた! ガッコなんか行かせないから覚悟しな!」

「……? えーとちょっと待ってほしいんだけど、どれだっけ……んー……ああー、美化委員会ん時の山猿さんたちね」

「んだとコラぁ!」「パッと思い出せやぁ!」「女子にビンタかます最低ヤロウがぁ!」「こちとら余裕持って1時間前から待ってたんぞ!?」

「ほら見ろ……“どれだっけ”って悩むほど方々(ほうぼう)に因縁持つなよ看谷……」


 思い出した。『推しの(幼児向けアニメ)キャラのコスプレをしてゴミ掃除』というアイデアを英子にこき下ろされて校舎裏まで呼び出し、挑発に乗せられて手を出すも逆にカウンタービンタを食らって逃げていった不良リーダーとユカイな仲間たちだ。


「カレシと登校デートなんて優雅な御身分じゃんっ、ついでにそいつもブッ飛ばしてやるよ! アタシらんために助っ人も来てくれたことだしねぇ!」

「おうよ、任せておけハニー」

「おうおうおう」「けけけけ」「ぐへへへへ……」


 なんと。隣町の高校のブレザーを(辛うじて)着た不良男子たちが数人、もったいつけて別の曲がり角から現れた。


「はぁ。村鞘、持ってて」

「……………………」


 英子はカエルのマスコットをぶら下げた通学鞄を村鞘の胸板へ押し付けた……、

 ……が、この時。下卑た刺線たちに貫かれ、癖で目を擦っていたせいで英子は気づいていなかった。


「…………………………………………」


 村鞘が、不良たちなんてメではない据わった眼差しを彼らへ突きつけていたことに。


「いっ!? ……お、おまえは東中(ひがしちゅう)の……!?」


 殺人鬼ぐらいなら殺せるだろうその“目力”に、不良たちは男女ともども蒼白になっていたことに。……不良男子のリーダーは特に。


「すすすすまんハニーッ、急に野暮用ができちまって親戚が危篤だから俺は逃げるジョーーーッッ!!」

「ジョ!? ちょちょちょちょ待って待ってよぉぉサイテェェェェー!」

「「「「「「ひぇぇぇぇ……!!」」」」」」


 リーダー2人の逃走を皮切りに、不良男女たちはダバダバと撤退していったのだった。


「……ありゃ?」


 事ここに至ってようやく、英子は『不良たちが逃げた』という結果だけを目の当たりにした。


「わあ。『ケロチャン』の防犯ブザー、効果覿面ね。抜く前に逃げてったんだけど」

「そうそう、抜かずに済むならそれが一番いいさ」


 通学鞄を返してきた村鞘は、やけに穏やかな顔をしていた。


「ところで村鞘って電車通学だったよね。駅からあたしんちまで歩いてきたなら学校通りすぎてるはずなんだけど」

「い、いやあまあ剣道部が休部になってから運動不足だしな。俺が好きでやってる事だから気にしないでくれ」


 2人は何事も無く登校していった。

 【ケロチャン】

 ごく普通のカエルの姿ながら、妙に目を引く味があると密かな人気のキャラクター。ネットミームから生まれたとされるが定かではなく、パブリックドメインとして様々な形でグッズ化されている。

 雨の日はお家でゲームがしやすく、幼女英子は雨にまつわる『カエル』が好きだった。今でも1番好きなキャラクターはケロチャンである。小さい頃、近所の壁に描いたカエルの落書きと瓜二つだったから。

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