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9-15「呼び声」


  ◯ ◯ ◯ ◯


 [ バッテリー残量が残り5%以下です ]


 ヘッドマウントデバイスのホーム画面が警告を発する。


「けお……」


 デバイスを外したハナこと看谷 英子の目の前には、自室の床があった。


「……あぇ?」


 ベッドからずり落ちたらしい無様なうつ伏せで、『稀人逢魔伝』の世界から目覚めたのだった。


「あっケーブル抜けてるっ。もー!」


 デバイスからすっぽ抜けたらしい給電ケーブルが、ベッドの縁でぐったりしていた。


(フルダイブ中はこんなに動かないはずなんだけどね、フツー……。指先がせいぜいじゃなかったっけ?)


 ゲーム世界に入り込んだかのように脳波の経路を調整するメカニズム上、リアルの肉体は『寝返りを打つ』という無意識の脳波からすらも遮断されているはずなのだが。


(いつからこうなってたのかなあ、首いった……)


 脳波が突き抜けた(没入しすぎた)のだとすれば死闘の賜物に他ならないだろうけども。今朝のプレイ開始からアレやコレやの死線をくぐりすぎていて、どれがどれやら。

 扶桑城潜入、千方火戦、発狂莢心戦、ジャクジャク戦、隠鬼戦……、


(頭も割れそう……)


 フルダイブ中はアドレナリンでも垂れ流しになっていても、我に返った途端に文字通り“現実”のツケが回ってくるものだ。


(お腹ペコペコ……)


 さもありなん、窓の向こうはすっかり夜である。


(………………ぽへ…………)


 英子は、糸が切れてしまった。

 不意のログアウトで心の整理がまだついていなかったうえに、自覚してしまった体の疲労がトドメとなった。


(“なんか”あったんだけど。ナンダッケ)


 そんな時、スマホが通知音を鳴らした。


『大丈夫か? 落ちた?』


 手に取ってみると、ポップアップには一文字を表した鞘のアイコン。イチこと村鞘 市郎からのメッセージだった。


(あー……千方はどうなったんだろ? 報酬ロストしてたりしないよね? 『デバイスのバッテリーが切れちゃった』っと……)


 が。ロクにタイプしないうちから、

 ドアがノックされた。


「あっ」


 振り向いた英子は、今やっと目が覚めた。

 ……ドアの下から1枚の紙がスッと差し込まれた。


「ぅひっっ」


 それを見て、自分が何を“棚上げ”していたのかを思い出した。

 タイプ途中だったスマホが、予測変換とともに手から滑り落ちた。


『デバネズミ』

『デバネズミ!?』


 しかしかまわず、英子はドアの下の紙へ飛び付いた。

 折り畳まれていたソレを開けば、カルテのメモ書き風に達筆な文章があった。


 『英子さんへ

 お昼ごはんはキャンセル界隈だったみたいですね。

 そしてコレを書いてる時点で、晩ごはんの集合時間を1時間16分過ぎてます。

 ガチでありえんレベルなんですが?

 遊び終わったらリビングに下りてきてください。

 ヨロです。』


「ひぇ……」


 成長期の娘の健康を憂う、母からの“白い赤紙”だった。

 そして紙はもう1枚あり、そこにはちょっと崩れがちな力強い文章があった。


 『以下の『看谷家すこやか条例』への違反により、俺たちの愛娘に罰ゲー……罰則を言い渡す

 ・どんなに忙しくても食事は抜かず、できる限り家族いっしょに食卓を囲むこと

 →罰則:食のありがたみを思い出す為に、母さんの菜園を1ヶ月手伝う

 ・エルの散歩当番は、都合が悪い時は事前に相談すること

 →罰則:家族の助け合いを思い出す為に、毎日のトイレ掃除当番を2週間引き受ける

 以上、署名のうえ提出するように』


「ひぃぃぇぇぇぇ……!!」


 引きこもりがちな娘の社会性を案じる、父からの“違反切符兼誓約書”だった。


「ごめっ、ちょっ、ごめんてぇぇごめんなさいぃぃぃ! お父さんんんん~~お母さんんんん~~……!!」


 英子は廊下に転がり出ると、半ベソをかきながら1階へ降りていったのだった。


「今日はどーしても途中でやめられなかったのっ、ごはんどころかおしっこ行くのも忘れる大冒険だったんだってば~~!!」

「おしっことか大声で言うなよ俺たちの愛娘がぁ!」

「ほらエルさん、英子さんが来ましたよ。淋しすぎてぴえんでしたよね」

「わふっわふぅ!」

『ハナ! なんとか言ってくれ! 家にデバネズミが出たのか!? おーい!?』


 当然、自室に残されたスマホは持ち主に見られることもなくメッセージを届け続けていたが。

 英子がそれに気づくのは。署名された誓約書を冷蔵庫に貼られたり、遅めの晩餐を頂いたりしてからのことである。

 ……なんにせよ。シセン嫌いのシセン少女による“まれおう”プレイ2日目は、こうして終わったのである。

 英子自身が思っている以上に、様々な者の見る“世界”を変えながら。

 また明日から、明日も、何かを変えられるかもしれない楽しみが英子の内にあったのだった。


  続く



  ◯ ◯ ◯ ◯


 ……風呂に入らされた後にでも再ログインは可能だったし、気になる事は山ほどあったものの。

 メッセージアプリでの彼との情報交換や自己整理を経て、また明日ということにした。


『千方なら看谷が落ちた後、「そういうこともあるでしょう」みたいな顔してどこかに転移していったぞ。あとプレイヤーズサイトからきみのログを見る限り、報酬はちゃんと手に入れてるっぽい』


 それだけ聞ければ、喫緊の心配事は無くなったというものだ。


『次は海……とか言いかけてたっけ? ちょうどいっか、アイツの根城もそっちのほうなんでしょ』


 また明日。……少女が考える“決着”の準備は、今晩はまだ整わないから。


『あの女に“落とし前”つけてもらうんだけど。真っ向勝負でね』

『それだけなら止めさせてもらうところだが、きみが話してくれた“ケジメ”の為にもぜひ協力させてもらうよ』


 テレビゲーム機を介して開いていた動画サイト『Bootube』には、とあるチャンネルのページがあった。

 【Fluidゲーミングリポート】。

 アイスクリームみたいなあの配信女……古井戸 てーこのカワイ子ぶったサムネイルが並ぶ万魔殿が。


 『【削除不可避?!】まれおうに現れた“剣豪ちゃん”の闇に迫る!!【閲覧注意】』


 特に最新の配信アーカイブで、ゴキブリ以上にモザイクがかったハナへ恐怖ヅラを向けたサムネイルがムカつくことこの上ない。


『さてと』


 さて。スマホのメッセージアプリでは、グループチャットのルームが表示されているのだった。


 【鈴鐘(すずがね)高校ゲーム同好会】


 『芍薬の花』と『一文字の鞘』のアイコンに加えて、もう2つの参加者があった。


『ツェツィ、雪果(きよか)。見てるんでしょ』

『にょほほほほほ』

『うひひひひひ~』


 『花』は、『月』と『雪』を呼んだ。


  続く


 【看谷家すこやか条例】

 看谷家で施行されている、“家族の絆”を尊ぶ為の条例。退勤時間が不安定な両親と半ヒッキーな娘を互いに手繰りよせる大切な戒め。

 当初の罰則は家族旅行資金へ充当する罰金刑だったが、英子がバイトの給料をバラまきながら開き直ったので家事手伝いのペナルティに代わった。彼女にとって、時間は金よりも重いのだ。

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