9-14「友あれ」
「『ぅん? なんでみんなしょっぱそうなの? ガード不可攻撃見えるようになるとか、ゲーム性変わるくらいの神アイテムなんだけど』」
『そりゃハナちゃんのプレイスタイルならそうかもしれんが』『ピーキーすぎる』『デメリットがワリに合わねッス』『攻撃力絶大低下ってそれはもう』『初期武器担がされるぐらいのデバフなんよ』『状態異常封じられんのもつらたにえん』『毒1つでもバカにできないんだZE』
ハナは「『ふぅん?』」、ウィンドウが『入手』と『辞退』なる2択を迫ってきたので前者を選んだ。
するとハナの前の鬼火だけが割れ、内包されていた『隠鬼の宝珠 春雛』を手に入れたのだった。
(装備装備っと)
ーー 装飾品(参)変更 ーー
ーー 無し→『隠鬼の宝珠 春雛』 ーー
もちろん即時装備。帯に4つ設えられた印籠の1つに吸い込まれて根付が宝珠に変わった。スロット1の『うぶめのお守り』とスロット2の『初陣狩りの膝当て片』を含めてもまだ1つ空きがある。
ーー 報酬分配抽選 申請受付開始 ーー
ーー 締切まで あと120秒 ーー
そして複製された残り3つの宝珠は、異相世界の皆へよく見せるように浮上するとカウントダウンを添えた。
「あー。抽選式なんだ」
「肯定。全員への配布が最良ですが、結界内の活性霊気で1度に複製できるのはこれが限界です」
撃破者のハナには優先権があり、他の選抜パーティには後腐れなく抽選で分配されるということだろう。
(ここで手に入れられなかった人はどうするんだろ)
コンテンツを周回してもらう為のロット方式やドロップ調整はオンラインゲームの常套手段だが、世界観的に考えてこの隠鬼復活戦はもう2度と起こらないのではないだろうか。
あるいは千方の「1度に複製できるのは」という言葉から深読みすると、終了したコンテンツでもリプレイの機会があったりするのだろうか。
ハナは他の稀人たちの反応も見渡してみたものの。「べつにいらないんだけどな」と言わんばかりに『参加』&『辞退』コマンドを眺める面々から、その真意を推し量れるべくもなかった。
『はいっ、はいはいは~い!◯ テーコちゃんたちはもちろん参加するでありますよ~っ、せっかくだからコレクションしたいよね!◯ みんなぁぁあたしに運気を分けてくれぃ!◯』
『うん!!』『運! けっきょく最後は運だよ!』『つまり、ここまで生き残ったテーコちゃんはすでに豪運です!』
積極的にロット参加していたのは例のアレみたいに単なる『コレクション』目的か……、
あるいは、
『隠鬼城の城主同盟として俺たちも参加させてもらおう。……まあ、隠鬼城の城主同盟ならこの手で隠鬼を救ってやるべきだったんだが』
『相手が相手だ、しゃーない』『護り手VS護り手の泥仕合だったしね』『笑えリーダー! 盾役は仲間が勝ちさえすれば大勝利なのさ、ガハハ!』
爽やかに苦笑するという器用な芸当を見せた彼らのように、この長丁場を心底楽しんだのだという『勲章』目的か。
(ま、何を欲しがるかなんて人それぞれだけど。『コレクション』でも『勲章』でもね)
性能を見て『装備』目的として手に入れたのは、ハナぐらいのものではないだろうか。
……それに……、
「ですがハナ、我は意外です。そなたが最重要視している能力の1つは攻撃力であると認識していたのですが、鎧袖輪廻の強化も相殺する程に弱体化していいのですか」
「ん……よく分かってるじゃん。けどね、逆よ」
「逆」
実はもう2つ。この宝珠の性能を見て、“ちょうどよかった”といえる目的があるにはあったのだ。
ロット待ち時間を肴に、死闘終了の余韻をしゃべくりだした異相世界たちを見やりながら。ハナもまた千方と与太話を交わす。
「ジャクジャクでもブッ飛ばせたのは夢みたいだったけど……ずっと夢の中じゃ剣もサビちゃうわ。だから元の攻撃力でまた目を醒ましてくれるなら、むしろ好都合ってカンジ」
そう、醒めえぬ夢なんてやがて息苦しさに通ずる。夢は一時の泡沫なればこそ、次へ次へと新たに追い求めていけるのだ。
『武器攻撃力絶大低下』はハナにとってマイナス効果どころか、鎧袖輪廻の恩恵を自分好みに微調整してくれるスパイスに思えたのだ。
「……そうですか。そなたは計り知れないですね、文字通り」
「ちょっと。なによその顔」
「否定。現在、義顔表情係数は『無表情』を計測していますが」
「いーや、あんたは拗ねてる。あたしには分かんの」
ハナは世にも美しい刺線を手繰り、無表情の千方へ1歩詰め寄る。
「べつに、あんたがくれた鎧袖輪廻が不満とは言ってないじゃん。素早さも回避性能もメッチャあたし好みになったし、『死んだら全部失う』代償なんか大好きなんだけど」
「…………」
……図星らしい。
この無機質天使ときたら、鎧袖輪廻が見せた夢の無双プレイにケチでも付けられたような心地になったらしい。
(ぷっ。カワイイとこあるかも)
彼女と“友”になってからまだ半日なのに。死生入り乱れる瞬間ばかり駆け抜けてきたからか、思っていたよりも“友情”を見出だしてきたのは否めない。
「そうそう、言い忘れてたけど」
「…………?」
ハナがさらに1歩詰め寄れば、これ以上はもう衝突してしまうだろう至近距離。
「鎧袖輪廻はこのままずっとオンにしといて。戦闘のたびに切り替えるのもメンドいし」
千方が「承知」と頷き終わらないうちから、
「それに」
ハナは、彼女の頬に手を添えていた。
「あんたもこのままでいなさいよね。せっかくのカワイイ顔なんだもん」
「ーーーー
ーーーー」
ボッ……、
半開きになった義顔から触手目玉がハミ出た。
「けお!? 開いてる開いてるハミ出てる!!」
「不覚。失礼。謝罪」
千方は己の眼をグイグイ押し込んだ後、手動で顔の割れ目を閉じた。
「なに、急にビックリするんだけど」
「それは我の台詞です。シン格論理に予期しないえらーが発生してしまいました」
「あ、ひょっとして照れたってこと? ふふんー、これがホントの『顔が弛む』ね」
「肯定。少なくともそなたの想定以上には」
(あれ、意外とあっさり肯定。そこはさっきみたいに突っかかってきてほしいんだけど)
とはいえヨシとしよう。宝珠を手に入れて好都合な理由その2……鎧袖輪廻に気兼ねしなくなったからには、この首無し女のご尊顔を常時オンにしてやれるというものだ。
「じゃあそんなこんなで、次はどんな死路をオススメしてくれるの? 天使さん」
「まだ一般報酬の配布も完了していないのですが。愚問でしたね」
よく見ればこのレイドのリザルトらしいウィンドウが現れていたし、そこにはレアっぽい魔物素材やジパングの山が提示されていたが。もちろんそんなものは二の次だった。
「提案。そなたさえ問題無ければ、次は海を……」
[ デバイスのバッテリー残量低下を検知しました ]
と。千方が言いきる前に、千方火のものとは異なる無機質なシステムウィンドウが遮った。
「あっ」
ハナは、一瞬で『ヤバい』と直感した。
[ 安全の為、フルダイブ接続を終了します ]
「ちょっ」
いろんな意味の『ヤバい』が今さらながら脳裏をよぎった。
直後、
「 」
「そな……」
体からひっぺがされる調子で、ハナの意識は千方の前から……この世界からプツンとワイプアウトしていったのだった。
ーー 『隠鬼の宝珠 春雛』(装飾品) ーー
ーー 隠鬼に搭載されていた即神珠『春雛』を模した宝珠。その演算能力により防御不能の技を見抜けるようになり、また“護りの鬼”の宿業を背負う ーー
ーー 蕗葉忍者当主の家に生まれた弥生 春雛は、有り余る黄金とともに何不自由無く育てられた。しかし己の半身が“忌み子”の毒とされてから、女は見るに堪えず幼くなった。失った半身、その抜け殻を己が身でこそ埋めるように ーー




