9-13「還元」
「ありがとうございます、ハナ。そしてこの戦場に集ってくれた全ての稀人たち」
と。千方火から顕現した千方が、隠鬼だった霊気の生き仏へ歩み寄った。
「ここからは我の役目です」
伸ばした手が幼女の両頬に触れて。静謐なる義顔を、近づける。
ともすれば接吻でもするような接近だろうか。
いや。それはまるで、“赦し”を描いた絵画のようだとハナには感じた。
「隠鬼」
「…………おんぁ? ハッ、千方様……!」
千方の指から発せられた黒い神気が、隠鬼の頬へ目元へパチパチと伝達すると。霊気の生き仏は、目だけを鮮明に開いた。
「ごめんなさいですぞっ、拙者ってば『即神珠』で洗脳悪堕ちしちゃってたですぞ! 千方様を待つって約束したのに、正義の味方として面目次第も無いでござう……!」
「否定、そなたはよく務めてくれました」
(正気に戻った……? っていうか、あのコアを壊して土地神様のお務めから解放された感じ?)
「稀人どの! えっと、ハナどの! 貴殿にも……ぉんにゅ」
千方の肩越しにハナへ顔を見せようとした隠鬼は、しかし千方の手が対面へと引き戻した。
「さあ。今こそ、約束を果たしましょう」
顔をもっと近づかせながら、隠鬼の目を覗き込むのだ。
あるいは、隠鬼にこそ千方の目を覗き込ませたというべきか。
「お還りなさい」
からくり仕掛けの義顔が、目と目の間からグパァと開いた。
美貌の内部に格納されていた大脳ほどの大きさの眼球……千方の眼『コイクラリシイス』が、鬼火とともにせり出された。
「おんぴぁ…………っ」
隠鬼が、そしてハナを含めた稀人たちがゾッと固まった時には手遅れだった。
「再受肉開始」
千方の眼から無数に伸びた白黒視神経風の触手が、隠鬼の顔面に絡みついた。
「ぉんぃ、ぉ、ぉぶゅむぁぁぁぁ!?」
霊気の皮を突き破り、触手の群れが隠鬼のナカへ次々と侵入。
主君の細指が顔面を固定していたのでジタバタしても無駄だった。
ある程度まで伸びた触手は分離し、1本1本が蠕動しながら体内の隅々まで侵蝕……。
同時に千方の眼からは新しい触手が増殖し続け、どう足掻いても絶望しかなかった。
(うっぷ……)
死にゲーのグロテスクな敵モブに慣れきっているハナですら、脳ミソを吸われているような恐怖に面頬を押さえた。
異相世界のプレイヤーたちもリアルな意味で正気度を失いかけていたし、現世からのコメントも阿鼻叫喚の様相だった。
……興奮気味にハァハァしている変態どももごく一部いたが、狂気による幻覚としておこう。
「んば……んぼゅぉんぅんぅぉんんん……んぎゅぶぶぶ……」
ギュルリと白目を剥いてしまった幼女隠鬼は見るに堪えなかったものの、彼女にはある変化が生まれていった。
霊気の生き仏は、触手が変じた肉を受け入れていったのだ。
胚から生命が形成されるように。
胎児の細胞が意図的に活性と死滅を繰り返し、肉体の妙を構築していくように。
髄を、骨を、臓器を、肉を、血を、皮を。
「…………おん…………」
そして最後に、彼女自身の霊気が服へと姿を変えた。
隠鬼は。あの蛇ダマも胸の虚も無き、尋常なる姿へ再受肉されたのだ。
ただし纏った霊気の揺りかごで眠り、浮遊していた。
「完了」
眼を再格納し、義顔を閉じた千方は隠鬼の頬から指を離すとともに1歩引いた。
「そなたの還るべき場所で、目覚めを」
そうして“送る”手振りを見せれば、上空に現れたのは鬼火ゲート……ファストトラベルの転移門。
隠鬼の揺りかごは天へと射出され、転移していったのだ。
すると、ハナや異相世界の稀人たち全員のそばに映像ウィンドウが現れた。
そこには桜の大樹に隠れた城が……隠鬼城の遠景が映っていた。
ふと、城の直上に現れた転移門から隠鬼の揺りかごが投下された。
その流星が天守閣へ受け入れられた直後……、
隠鬼城は、土色の輝きを発したのだ。
さながら祝事の花火がごとく舞い上がり、
やがて落ち着いてもなお、灯火がごとく城に宿り続けた。
そう。その威容が見える限りは春隠の地のどこからでも導いてくれるだろう、灯台がごとく。
「隠鬼、復活完了」
隠鬼城は……隠鬼は、新しい生を得たのだった。
2度目の歓声が、異相世界のあちこちから挙がった。
『うわああああい! うちの隠鬼城が光ったぞーー!』『感無量! 留守番組にも連絡だ!』『帰ったら隠鬼ちゃんいるのかな!? かな!?』
当然、特に喜んでいたのは隠鬼城を預かる『いちもんめ』の面々で。狂喜乱舞する盟友たちにイチが『おいおい!』ともみくちゃにされていた。
「ふふ……っ」
ーー 『戦いの追憶・四鬼』(残魂) ーー
おもわず笑ってしまったハナに、隠鬼が落としていった大量の霊気とジパング砂金が宿った。……なるほど、千方火戦の時はロクに見れていなかったが残魂とやらも取得していた。
そしてもう1つ……、
ーー 結界内活性霊気 転用 ーー
ーー 遺物複製 ーー
隠鬼がいた場所にドロップしていたモノを、結界のそこかしこから飛来した千方火が包んだ。
すると千方火は、ソレの姿を内包しながら4つに増えた。
「ハナ。それではこちら、撃破者の優先報酬権をどうぞ」
ーー 撃破者優先報酬 ーー
と、千方火の筆文字とともに強調表示されていた1つがハナの前へ。
ーー 『隠鬼の宝珠 春雛』(装飾品) ーー
ソレは、あの曼陀羅コアに似た土色の宝珠だった。
四本角が生えていて。内に秘められた模様を透かしてみれば、なんとデフォルメされた隠鬼のドヤ顔があった。
「わ、隠鬼だ。……ちょっとカワイイんだけど」
隠鬼の“まんじゅう”めいた宝珠だった。
そしてもちろん、このアクセサリーには装備効果があった。
ーー 防御・受流・弾殺不可攻撃が可視化される。ただし武器攻撃力が絶大に低下し、装備者の行動で敵に状態異常を付与できなくなる ーー
「わあお! やったあ!!」
『い『ら『ね『えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』』』』
なんともはや。ハナは大喜びだったが、異相世界からは似たような悲鳴チャットが流れまくったのだった……。
ーー 即神珠 ーー
ーー 四鬼事変へと至る“龍宮作戦”にあたり、四鬼の魂と瑞獣の体を適合させる為に千方が拵えた宝珠。扶桑国が魔で滅ぶまで一刻の猶予も無かったゆえに、『土地神の務めを果たす』最低限の権能しか仕込めなかった ーー
ーー 十二分な調整期間と資源さえあれば。“即席の神”を構築するだけの瓦落多ではなく、四鬼たちを真に“鬼神”へ昇華させる神器となっていたであろうに ーー




