9-11「突・破」
「おん、んっ、んぇ!?」
置盾にぶち当たって救われた隠鬼は、自分が何故競り負けたのかもまだ理解できていない様子だった。
当然、追って駆け抜けたハナには目論見通りの競り勝ちだった。
(あいつは、あたしの攻撃モーションの1フレーム目には超反応してくる……けど、パリィや受け流しそのものはべつに出が早いわけじゃない。普通に8フレームぐらいかかってる)
先読みで実質0フレームパリィしてきた千方火や、1フレーム居合剣を放ってきた莢心に比べれば、隠鬼の守勢は良くも悪くも実直。
超反応と蛇ダマの腕でどんな攻撃にも盾を合わせてくる、それ自体は回避しようもないが……、
だからこそ、そこには狙うべき“後の先”があった。
「っふ……」
「ぅなゃっ、なんで護りきれなかったでござう!?」
静かに、一意に、再びの突きを。刀の切っ先を指先程度押し込んださきから、やはり隠鬼は左腕を超反応させていた。
(わざわざこっちへ盾を向けてくれるなら……)
パリィや受け流しが発動判定に及ぶまで8フレームあるなら……、
(弾かれる前に突き殺すッッッッ!!)
「おんぴゃぁぁ!?」
ーー 受流(Thr……
今度は受け流そうとした隠鬼は、その瞬間にはブッ飛んでいたのだ。
3枚の小判盾はまたも全て割れ、瘡瘍瘡蓋がまたしても抉られていたのだ……。
(1突きあたり2フレームで撃てれば、8フレームの間に4回攻めれる……盾を全部割って本体に届く!!)
そう。秘訣は、“突き”にあった。
突き入れに1フレーム、突き戻しに1フレーム。その4連撃で以て、ハナは隠鬼の超反応を超えてやったのだ。
それはもはや、刃で起こす銃撃の様相だった。
斬撃に威力が勝るべくもない浅い剣筋だったが、『どんな攻撃でも小判盾は割れる』というギミックゆえに通用していた。
ハナはまたまた、隠鬼を追って低く駆け抜けた。
ただし。風切る身に込み上げていたのは、突破口を開いた高揚だけではなかった。
むしろ固唾とともに、スリル……もといプレッシャーを喉奥へ詰め込んでいた。
(剣術の中で一番速いのは“突き”。……なんだけど、突き詰めるのは“斬る”より難しいんだけど)
槍……弓矢……銃弾、古今東西の戦史において“刺突”属性こそが最適解だったのは確かだが。戦争ではなく決闘に臨む剣士が“突き”を突き詰めるとなると、それは見上げるばかりの技量の高みなのだ。
(ほんの少しでも、“突き”はブレても逸れても歪んでもダメ。手元で1センチ狂っただけでも、相手に届く時には大きすぎる後れになる)
刀身の長さだけ“線”あるいは“面”で攻める“斬撃”に対して、“刺突”の攻めは切っ先の“点”に集約される。
突くべき所を突く為には、剣筋・角度・深さの全てを調和させなければいけない。
その下手をとっさに正さないといけない不出来な“突き”では、1フレームでブッ放すなんて不可能だ。
(だから。二刀流の片手で四段突きするなんて、あたしには……あたしは……)
若輩の少女剣士の身では、1センチどころか1ミリのミスだって命取りになるのは言うまでもない……、
だから、
(……あたしが、楽しんでやらなくっちゃ!!)
「おんんんん……!??!」
ーー 受流(Thr……
ーー 弾殺(Pa……
だから何よりも、その“言霊”を忘れてはいけないのだ。
ハナは3度、隠鬼の護りを超えて彼女を置盾ごとカッ飛ばした。
恐怖に“勝つ”よりも、恐怖を“超える”世界を楽しめ。
(あたしも、このMMO(世界)も、生きてる。……感じるわ)
“最高のボス”と評したあの千方火戦にて見出だした、己の生の実感が拡がって……この世界と繋がりあっていた。
鬼火モニターに映る異相の事々はやっぱりちょっと邪魔くさくても、無為自然に、ハナの見る世界の一部になっていた。
(真剣になればなるほど、なんで忘れちゃうかな。ゲームは“楽しむ”ものだってこと)
己の腕と刀のみで挑むからには、あとは足りない技量を“何”で補えるか……、
それはとどのつまり、この死にゲーMMOを“楽しむ”以上の事なんて無いではないか。
実際。“剣豪”なんて呼ばれしシセン少女は、根性論で4連突きを成功させ続けていた。
とある治安浪士が秘していたという謎の剣技『三段突き』が文字通り一瞬で3度突くものなら、フルダイブが見せる夢の中だとしても手を届かせていた。
「ッッけおぁぅぁぁっすっぽ抜けた!」
「おん!? お、おんすッッ!」
とはいえやはり失敗することもあり、小判盾の表面を滑った刀に引かれてつんのめった。半泣きで腰が引けていた隠鬼が、一拍遅れて金棒手裏剣の剣舞を振るってきた。
ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー
「おんぉッッ、おんえぇぇぇぇナンデェェェェ……!?」
しかし結果は、やはり瘡瘍瘡蓋を突かれてのブッ飛びだった。
(なんでって? パリィしてから突くんじゃ間に合わないけど、パリィしながら突けば解決でしょ)
ハナは左の逆手『無銘刀』でパリィしながら、同時に右の順手『臨華』で4連突きを放ったのだ。
ぶん回る金棒手裏剣をいなしながら、その刃ともども跳ね上がる幼女の小判盾と瘡瘍瘡蓋を狙撃したのだ。
フレーム的にも空間的にも、鯉口ほどに極細すぎる突破口だった。
(パリィするだけなら、逆手のほうが動かしやすいしね……!)
隠鬼が振るっていた金棒忍刀のように、手首のスナップに重きを占める逆手持ちは咄嗟の取り回しに長けている。
特に順手持ちだと振るに振れない超接近戦では、逆手持ちのほうがパワーもスピードも手元に込めやすい。
(短刀とかパリングダガーならなおヨシなんだけどっ、贅沢言ってられないけど!)
ただ1つスリリングすぎるのは、ハナが握っているのが打刀だということ。
手首で取り回す点からいって、本当は刀身の短い武器が適しているのだ。
けっして短くはない打刀なんか逆手に握っているものだから。スナップをきかせるたびに切っ先まで大振れして手首がもげそうになるし、体捌きを回すうちに自分の体へブッ刺さりそうになる。
(ていうかっ、普通にっっ、死ねるっっぅぅ……! カッコつけたけどこんな構えかたしたことないし!!)
それでもハナは、そんな荒唐無稽寄りの奇剣を冷や汗まみれになりながら御していた。
右手の順手『臨華』は1ミリの誤差も許されずテクニックを要し……、
左手の逆手『無銘刀』はじゃじゃ馬すぎてパワーを要し……、
(楽しいわ!! こんなゲームみたいな構えかたで闘ってみたかったのよね!!)
ゲームや漫画でしか見たこと無いようなロマン溢るる構えで闘えて、ハナは楽しかったのだ。
【三段突き】
幕末時代、とある治安浪士が秘していたという剣技。資料に乏しく、『1拍のうちに3度突く技』とも『正中線の3つの急所を突く技』ともいわれている。
“突き”は息の根を止めるに適した技だが、1度外せば“死に体”を晒け出すリスキーなものでもある。一説によると病魔に蝕まれたまま剣を振るっていた浪士は、なればこそ“3度の死中を見舞う”秘剣に生を見出だしたのかもしれない。




