9-10「言霊」
しかも、観戦者たちはただ声を張り上げて応援していたのではなかった。
彼らの手元にはウィンドウがあり、見るからに鬼畜難易度なミニゲームをプレイしていた。
アクション、パズル、音ゲー、タワーディフェンス。
そして少しずつ攻略していった暁にはウィンドウから霊気が飛び出し、鬼火モニターの燃ゆる格子枠へ投下されていった。
すると、鬼火モニターに付随して浮かんでいた長方形が優しくも強く燃え上がるのだった。
ソレは『言霊』という筆文字が透かされたバーだった。
『壱』・『弐』・『最終』なる目盛りを超えてバーを全て満たしてもなお、端から噴き出るほどに霊気を滾らせていた。
そういえば生命力や気力(SP)が回復した時は『壱』や『弐』と、そして鬼火モニターが現れた時には『最終』と段階表示されていたか。
「そなたたちは孤独ではありません。勝利を願う彼らの言霊が、そなたたちを後押しするのです」
「ああそうっ……あたしにはほとんど意味無い、けどね!」
「そうかもしれませんね」
「おんす、すっ、おんすっすぁりゃぁ!」
隠鬼と付かず離れず、一進一退。やはり二刀流技量のムラが祟り、息が詰まりそうなほど不安定で仕方ない。
それに鬼火モニターの異相世界だって、視界に入るだけでも気が散りそうになるのは否めない。
(要するに命運戦に選ばれなかったプレイヤーへの暇潰しだと思うんだけど……MMOのライブ感出すための演出だと思うんだけど)
アツい雰囲気に盛り上げられて、なんとなく熱狂している者たちだって多いだろう。
そういう意味では。声の大きい者たちに煽動され、無遠慮に好奇を向けてくる視線たちと何が違うのか……、
……………、
「けど!」「ですが」
だが、ハナはそこで目を擦りはしなかった。
もとより交錯する火花の最中ではそんな余裕も無かった。
だから、ハナと言の葉を被らせてしまった千方火千方こそが続けるのだ。
「我は異界のしがらみをよく理解できません……が、ハナ。そなたを“見よう”とする目の数々は、善からぬものばかりではないと思うのです」
一意専心を乱すものばかりのこの状況で、千方火から上半身を覗かせた彼女は鬼火モニターを指差してみせるのだ。
正確には、モニターたちを区切る格子状の鬼火を。
そこには、よく見れば“言霊”が燃えていたのだ。
『ハナちゃん!』『がんばれハナくん!』『スゲェェ! あんたはやっぱ剣豪だよハナさん!』『ファイトー! 剣豪ハナ!』『あんたに会えてすんごい楽しいよ! ハナ!』
なんと。そのほとんどが、ハナへの“言葉”だった。
8割方はそうだろうか。
残りは他のパーティへの激励だったり、
……1割にも満たないだろうにやはり目につく、心無い刺のような言葉だったり。
「…………ええ! わかってるの!!」
しかしハナは。愚にもつかない“クソコメ”なんか、もはや“見た”うえで“視て”やらなかった。
『ハナ。きみが見えてる以上に、きみを好きな人間は多いと思うぞ。俺は』
あの鬼火モニターの中から贈られてきた恥ずかしい背中も諸々含めて……、
「やっぱり楽しいのよ!! あたしは!!」
全て、前へ向く為の後押しになる。してやる。
(だからあたしは、前を向く)
真っ向から止めてこようとしても、止まってやらない。
ムカつく言葉や無辜の悪意、そんな十把一絡げの余計な事々に視線を迷わせてやるな。
ハナはハナらしく、前を向いてやればいいのだ。
(『テキストチャット』……)
そう念じれば、テキストバーがインカムマイク風に口元へ添えられて……。
「……『ありがと!! 見てもいいけど、見てる余裕無いかんね!』」
視線嫌い少女のそんな言の葉は、吹き出しとなって頭上高々と掲げられた。
こんな戦闘中にどれだけのプレイヤーが見たものやら。
どれだけのプレイヤーに見られたものやら。
戦闘中だというのに、視線をグルリと回して確かめてみたい弱さにも駈られる……、
(……ふふん。べつにいいけど)
それでも、それでいい。
限りなく“敵”に近い他人の視線もあるし、見られているより見られていないほうがラクに決まっているが……、
こんなハナを“味方”だと応援してくれる他人もいるし、見られること全てがハナを傷つけはしない。
だから。自分らしく前を向いていても、きっと、1人ではないのだ。
(あたしもこのMMOも、生きてる)
己だけの死闘、己だけの死中にある生の実感からもう少し前へ。
(バカね。MMOなんだからさ……何の足しにもならなくてもさ、このライブ感を楽しまなくっちゃ)
生命力上昇、気力上昇、異相観測、それに応援の言葉、
どれも全部、シセン少女の身には無意味でも……、
心には、無駄ではない。
『稀人逢魔伝』は、MMOなのだから。
(ま、つまり根性論なんだけど)
そんなの、今に始まったことではないだろう。
「隠鬼!!」
「おんは!?」
ハナは、隠鬼との剣舞合戦から一転……彼女の盾を蹴り上げたバク転でおもいっきり跳び退いた。
「あたし。楽しむわ」
そしてつま先だけで軽やかに着地したのは、分身黄金像の頭の上。
「あんたの戦いかた見てたら、あたしもやってみたくなっちゃった」
ハナは。二刀流のうち、左手の『無銘刀』を順手から逆手へ廻した。
「ニンニン。っとね」
逆手の『無銘刀』をフロントに……順手の『臨華』をバックに、構え。
それは、盾を刀に置き換えた“騎士”の様相……、
「いざ尋常に。勝負」
あるいは、順逆二刀流を我が身に添わせた“忍者”の構えだった。
「おんふああああ…………ハッ! せっっ、拙者よりカッコいいの禁止でござうーーーー!」
そして隠鬼がシールドバッシュで黄金像を破壊した刹那、ハナはまたも跳んでいた。
「おんぶべっ」
「だーから、やっすい挑発乗りすぎ」
隠鬼の頭を踏み台にしてトリプル宙返り、彼女が見せた以上のアクロバット回避で魅せながら背中側へ着地。
「しっ…………」
再びの裏当て。右手の『臨華』を突き込めば「おんっ」、隠鬼が3枚盾の左腕を超反応で振り向かせてきて……、
「弾きっ殺ッッ……しぉんふぁぁ!?」
ーー 弾殺(Pa……
パリィを翻そうとした彼女は、その瞬間にはブッ飛んでいた。
3枚の小判盾は全て割れ、瘡瘍瘡蓋が抉られていたのだ……。
ーー 言霊 ーー
ーー 稀人の霊気を千方火が再構成した形式の1種。稀人同士での“互換性”に極めて優れ、命運戦のように調整された場なら永続強化の付与などに使用できる ーー
ーー 再構成にあたって“言葉”を記述方式としているゆえに、稀人1人辺りから得られる霊気は量も強さも伝導効率も最低に近い。されど、言葉などというものに霊が宿るはやはり人のみなのだ ーー




