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9-9「異相同位」

「千方!」

「はい」

「おんんす!」


 手裏剣撃乱舞とぶつかり合いつつも、ハナは千方火千方を耳元へ呼び寄せた。


「壁に映ってるのってここと同じ場所よね! てか隠鬼も分身してるけど!?」


「部分的否定……同位の世界ではありますがアレらは千方火で複製したまるちばーす(異相世界)です。部分的否定……たしかに隠鬼は分身の術を公使できますが、アレらも複製した世界と同じく異相同位の隠鬼本人です」

「わ・か・る・よ・う・に・言・っ・て!」

「隠鬼を逃がさないようにこの結界へ閉じ込めましたが、術式上1ぱーてぃ(稀人4人)しか入場できません。ゆえに限定的範囲ながら世界を25枚に複製し、大討滅戦の参戦者で“誉”をもっとも得た部隊から投入しました」

「ああ、えっと……非同時性複製(インスタンス)ってやつね! パーティごとにボスとかダンジョンの“ルーム(部屋)”立てるやつ!」

「肯定。いんすたんす(それ)です」

「なら最初からそう言って!」


 この語りたがりAIめ、訊けば(隙あらば)まず世界観的に解説したがるが……ゲームシステム的な解釈さえできればそう難しい事でもなかったようだ。

 多人数同時接続(MMO)の運営モデル上、人数制限の施されたコンテンツを多数のプレイヤーに遊ばせるには概ね2通りの選択肢がある。

 1つは古のフィールド狩り系MMOに倣い、あくまでも早い者勝ちとして順番待ちなどを設ける手法。

 そしてもう1つは今日(こんにち)のコンテンツ系MMOの主流、いっそプレイヤーやパーティの数だけコンテンツ(世界)を複製生成する手法だ。

 部分的に多人数同時接続(MMO)から少人数同時接続(MO)へゲームデザインをスケールダウンさせるものではあるが、これをインスタンス方式という。


「これはれいど(大討滅)の成否を真に決定づける命運戦(Fatal Battle)です。ジャクジャクの“核心”である隠鬼を討滅できなければ彼女は土地へ還ってしまうでしょう。しかし、いずれか1つの部隊でも隠鬼を討滅できればその世界を正史として確定できます。ご武運を」

「ちょ……っと待った、それって、っ、ととと!」

「とうッッ、っ、おんややや!?」


 二刀流剣撃がすっぽ抜けてしまい。片脚の伸びきった無茶な姿勢で踏み留まり、隠鬼からの反撃シールドバッシュを突きで相殺。

 何十回も斬り結び、ここではじめて3枚目の小判盾まで1秒以内に割りきって。突きをもう1度ねじ込み、瘡瘍瘡蓋ごと隠鬼を押し飛ばした。

 千方へ言いかけた言葉は、鬼火モニターの一部に映っていた“異常”についてだった。

 それは……、赤い『死』。

 一部のモニターには異相世界のライブ映像ではなく、『死』の赤文字だけがデカデカと据えられていたのだ。

 というのも。異相世界のパーティが全滅すると、画面は『死』へブラックアウトしていたのだ。


「千方、あんたね……いずれか1つの部隊でも隠鬼を討滅できればって言うけど」


 隠鬼の金棒忍刀二刀流を押し通れず、カウンターで1人ずつ制圧されていったパーティ……、

 隠鬼の《隠身》や《分身》を見破りきれず、ごり押し虚しく蹴散らされていったパーティ……、

 じわりじわりと着実に。パノラマなモニタリングは、残存部隊が減りゆくごとに『死』へと色彩を欠けさせていたのだ。

「数で押せるレイドならともかく……初見のボスを1回勝負で倒さなきゃ負け? 死にゲー(マジ)で?」

「肯定」


 レイドランカーが最大100人(25パーティ)も同時挑戦するとはいえ。“死んで覚える”繰り返しこそ想定されている死にゲーボスを、ワンチャンスで倒せとは。

 ……もっとも……、


「ハナ。少なくともそなたは、我以外は初見で撃破しているでしょう。我以外は」

「まあねっ……あと、ソコ強調すな!」


 相性、運、経験(直感)、何よりもプレイヤースキルが結実すれば……万人が恐れるボスを初見クリアする者もいる。

 それもまた、死にゲーのカタルシスには違いないのだ。


「それに此度は全滅するとしても、星辰が再び満ちる刻(1ヶ月後)にはまた降ろしてみせます。そうすればもう『初見』ではありません、皆で対策を蓄積していけばいつかは打倒できるでしょう」

一月(ひとつき)も開いたらほぼ初見なんだけど!」

「ならば今こそ、異相の稀人たちとの連携を推奨します。あれらの火鏡(ひかがみ)を通して情報共有し合えば、互いに見えてくる攻略法もあるかもしれません」

「ソロじゃそんな余裕無いんだけど!」

「それもそなたの選択です、悪しからず」


 言われてみれば確かに、異相世界同士で情報共有が為されている風情があった。

 音声無しの映像のみなので、テキストチャット・スタンプチャット・フィールドマーカーを駆使して意志疎通していたのだ。

 どうもスラングがあるようでパッと見は暗号めいているモノも多かったが。中・後衛職がスポッター(観測手)として、今の自分たちの戦況に有益な情報をピックアップしているようだった。

 金棒忍刀二刀流の押し通り方、《隠身》や《分身》の暴きかたの報告。

 全滅してしまったパーティの記憶さえ、無駄にはならず意志を受け継がれていたのだ。


『おい! ハナちゃんがもう第2形態っぽいのボコしてんだが!?』『はぇぇぇぇよ!』『参考にしようと思ってたのにー!』『そもそも参考にできる気がしないにょろ』『ハナちゃーーん! 勝とうぜ! 一緒に!』

(あーもー目に入るなあ。べつに情報共有なんかしなくてもいいんだけど……)


 と心中で吐き捨ててしまったのは、なにも自分の名を連ねる者たちを見て言ったのではない。

 『甲:移動指示』『乙:攻撃指示』『丙:防御指示』

 ……目に入ってしまった1つの鬼火モニターにて。ただ踊っているだけのアイスクリーム女と、彼女にフィールドマーカーで指示されてがむしゃらに戦う取り巻きたちの姿があったから。

 バフだけは一応撒いているらしい踊り子テーコーー他のパーティの踊り子はバフを撒きながら霊気投擲で攻撃参加しているのにーーと横目が合ってしまい……されど興味無さそうにスルーされたのが、また腹立だしかった。

 なおカメラ役のシヨルも隣に突っ立っていたが、戦況に動きがあるたびに輝く大鎌から多様な霊気を隠鬼へ射出していて……。

 『付き合ってられない』とそっぽを向いたハナは、それはそれで別のモニターと目が合うのだ。


『ハナちゃん!』『応援してるよ!』『やっちまえ!』


 どこかで会った気がする……そう、隠鬼城の『いちもんめ』メンバーたちが気取らず飾らず笑っていて。

 そして“彼”の背中もまた。戦いに必死すぎてもう振り向けやしないらしいのに、ふてぶてしく笑っているようにさえ見えて。


「ハナ。これは“言霊”の力です」

「だからなぁにソレ!」

「お、おんすおんんすっ!」


 隠鬼とまたまた斬り結びはじめたのに、千方火千方はハナのそばにウィンドウを表出させた。


「1つだけ、我の独断の下に言わせてください」


 そのウィンドウには、異相世界とはまた違う映像があった。

 ジャクジャクが倒れ伏したあの戦場で、稀人たちが熱狂していた光景だった。


(え……?)


 ジャクジャクの真上の大空に25枚の鬼火モニターが浮かび、ハナたちと隠鬼との命運戦を観ていたのだ……。

 【インスタンス】

 世界を部分的に“複製”し、プレイヤー同士が衝突しあわずにボスやフィールドを共有させる方式。人口の多いMMOでは、一期一会の“MMOらしさ”を失わせてもなお利便性が高い。

 オンライン要素のある死にゲーでは、攻略者の数だけ“異相世界インスタンス”があるのだと世界観的にもしばしば明示される。無数の異相世界があっても、それぞれで起こる死闘は孤高にして孤独である……ごく一部の例外を除いて。


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