9-2「三」
(とりあえず、誘いに乗ってあげますか!)
「……ござう!」
コピー祟来無たちのように初手の《影縫い》で縛ってくることはなく、隠鬼は待ちの姿勢。対してハナは攻め即応の下段構えで駆け込んでいった。
「っっ……しっ!!」
完璧な間合い、完全に先手。小細工無しに逆袈裟斬りを放つ。
「ひらり!」
しかし、ハズレ。
蛇ダマな脚がはちきれんばかりに脈動し、隠鬼は凄まじい瞬発のバックステップで回避してみせたのだ。
不気味なほど滑らかにうねる蛇ダマは、束ねられれば擬似的な筋肉の役目を果たしていた。
「とーーっ!」
着地から間髪入れずに側転、からの連続宙返り。なんだか特撮活劇めいた大仰なアクロバットではあったが、さすが忍者といえるだろう掴みどころの無い機動だった。
「お遊戯がお上手ねッ!」
ーー 鎧袖輪廻 ーー
ーー 武器攻撃力 上昇(絶) ーー
ーー 素早さ 上昇(絶) ーー
ーー 回避距離 増加(絶) ーー
ーー 回避後硬直 減少(絶) ーー
ーー 回避無敵時間 増加(絶) ーー
一方、ハナだって鎧袖輪廻で身体能力が絶強化されている。ダッシュを一足入れるだけでも、隠鬼に負けず劣らずの躍動で追いかけていけた。
「ふんすっ!」
対して牽制を込めた不意打ちだろう、隠鬼が金棒忍刀をスナップさせただけで瘡瘍がクナイよろしく連続射出された。
見えた刺線刀刃は、根菜を畝ごと引っこ抜いたような……土中に照る忍刀の形。
そこから見抜けた弾幕のカタチは、生半可な回避では遅れて狩られる斜線陣形。
「あたしにっ、投げ物は禁物よ!」
ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー……
「おぁ……!」
ゆえに正解はフレーム回避、ついでにパリィ。この程度の弾幕ではつま先の向きすら変わらず、ハナが返した瘡瘍クナイたちは隠鬼の胸の瘡蓋へ追尾ヒットした。
律儀にも1本ずつ怯みが入ったことからやはり強靭度は低いらしい。
「はッッ!」
その機に乗じて距離を詰めたハナは、一文字斬りを一閃。
「応!」
「っん……!」
ーー 受流(Through) ーー しかし金棒忍刀を1振り滑らせ、隠鬼は受け流し。
「ですぞ!」
「ふん!」
ーー 弾殺(Parry) ーー すかさずもう1振りの金棒忍刀をどてっ腹めがけて這わせてきたので、パリィ。
「じゃあこれはっ!?」
ハナは瞬時に踏み込み、二文字斬り。
「応応っ……!」
「やるじゃん……!」
ーー 受流(Through) ーー これも流された。2振りの金棒忍刀とともに蛇ダマの両腕がゴウとよぎる。
……が、
「まだやるけどッッ!」
ここで終わりではない。先の踏み込みで重心を整えていたハナは、三文字斬りを発したのだ。
「おうふぁっ!?」
ーー 受流(Through) ーー ーー 受流(Through) ーー 2振りの金棒忍刀が2回の受け流し、しかし3閃目こそが隠鬼の守りを抜けて胸を斬った。
(よしっ)
手応えもそこそこに……、
(……あと2フレームは詰めたいなっ、もう一丁!)
「おうふぅっ!?」
ーー 受流(Through) ーー ーー 受流(Through) ーー まだ満ち足りず。隠鬼がジャンプしようとしたのを肘鉄当て身で硬直入れて、再度の三文字斬り。
(だーもぉ2刀目ブレたっ、もう一回!)
「おうふぇっ!?」
ーー 受流(Through) ーー ーー 受流(Through) ーー それでも満ち足りず。隠鬼が跳び退いていったのをスライディングキックで硬直入れて、三度の三文字斬り。
「おうふぉぉぉぉ!」
(ちぇ、さすがにスパアマ入ったかあ)
この調子でハメ殺せるのではないかとも思ったところで、隠鬼はハナの踏みつけにも怯まず連続ローリング回避していった。
戦闘開始前の距離感へと戻って、再びの対峙。
「や、やるでござうな稀人どの……! たった1人なのに3人分は相手にしてる心地ですぞ!」
「そういうあんたは、3回は防げないみたいね!」
三度の三文字斬りで確信が持てた。2振りの金棒忍刀だから2回まで完璧に受け流してくる、そういうボスなのだろう。
(それにちょっと小突いただけでも怯む。こういう回避特化ボスは追いかけるより誘って対処するしかなかったりするけど、今のあたしなら追いつける)
ジャクジャクを1発で怯ませられるほどハナが強化されているのもあるが、隠鬼は回避特化ゆえにいざ食らうと怯みやすいのだろう。
だからこそカウンターの逆手二刀流。順手持ちよりも手首でまず振るために素早く、剣筋が見えにくい。
しかし“見えにくい”だけであって、“視える”のであればハナには問題無かったのだ。
「ていうかさ、あたしは千方をもう倒してんの!」
「ちぎゅ」
ハナは千方火千方を鷲掴み。変な声が出た。
「その手下ごときに今さら負ける道理はないんだけど! あーっはははははぁ!」
「ハナ……四鬼たちの“強さ”は我と方向性が異なります。慢心は禁物かと」
「わーってるっての、ホントにそんな事考えてたらあたしの師匠にシメられちゃうわ」
瓢箪に見えるくらい絞めた千方火千方へ小声を返しながら、隠鬼へ見せつける。
「おんふぉぉ! そんな侮辱は許せないですぞぅぅぅぅ!」
また待ちの姿勢を見せていた忍者幼女は、ぷんすこと猛進してきた。
「はんっ、やっすい挑発乗ってんじゃないわよ! ……あたしも人の事言えないけど!」
「ちぎゅ」
ハナは千方火千方を投げ捨て、隠鬼の猛進へ相対した。
「あたしから斬りかかるばっかりじゃつまらないでしょ! 見せてよ、あんたの“強さ”ってやつ!」
はたして願いどおり、間合い直前の隠鬼に新たな動きがあった。
「おん……!!」
彼女は忍刀を握ったままの両拳を目まぐるしく交わし、いわゆる“印”を結んだ。
すると四本角が土色に発光し……、
隠鬼の姿は、光を屈折させるように消えていった。
「消えた……!」
「これぞ拙者の力、“隠形”にござう!」
正面にいたはずの隠鬼の声が、近くて遠い四方八方から耳元に反響してきたのだ……。
【三文字斬り】
“三”を描いて斬りつける、己己己己道場の剣術体系が一端『字斬り(あざなぎり)』の技。表す字の1画ごとに最低でも0.1秒(6フレーム)で斬れなければ成功とみなされない。
数多くの流派で稽古される一文字斬りならともかく、三文字も重ねては実戦的ではないだろうと失笑された。さもありなん、己己己己の『字斬り』は刀による落書き遊びから生まれた奇剣である。




