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9-1「隠鬼」


  ◯ ◯ ◯ ◯


 ハナがまばたきを繰り返した時には、そこは樹海の戦場ではなかった。


 ーー 八尺堂の夢幻 ーー


「って、またここ?」


 ウィンドウに表示された地名と、青い色味にフィルタリングされた世界が真っ先に目に入った。


「八尺堂の裏せか……、い!?」


 ただ。見たことのある景色は、見たことの無い場所にあった。

 美麗なる尼寺八尺堂が、真下にあったのだ。

 というより、八尺堂を取り囲む大蛇の躯もろとも……地上が真下にあった。


「あたしどこに立ってんの!?」


 ハナは空に立っていた。

 よおく見れば足下一面に鬼火がうっすら張られていて、それが足場として機能しているようだ。

 その揺らぎ越しに見下ろす八尺堂と大蛇の躯は、さながら水底に沈む夢だ。

 鬼火は足場のみならずドーム状の壁と天井を接いでおり、広々としたフィールドを形成しているのだった。


「ござう」


 そして。中心地にうずくまっていた鬼火の封が解かれ、ソレは姿を現した。


「千方様ぁ」


 舌っ足らずで幼い声音がまず漏れ出た。


「ひどいでござうぞ!」


 半ば不定形の、異様に長くのたくった手足が次に這い出た。


「拙者は春隠の地をちゃんと護ってるのに……」


 七五三の着物めいた華やかな忍者帷子には、胸から腰へと芯を貫くかのごとく楔のような半有機体が刺さっていた。


「どうしてイジめるのですかな!」


 茶髪のツインシニオンと額から土色の角が一対ずつ、計4本生えている。表情はコロコロと子供っぽいものの、コロポックルめいた蕗下族の中では大人びた美人系の顔立ちだろう。


「久しぶりです、隠鬼」


 と、千方火から受肉体千方が現れた。


「何故かと問われれば31年2ヶ月9日前の約束通り、そなたを復活させる為に1度殺そうとしているのです」

「あ! 約束! そういえば“龍宮作戦”の前に、みんなでまた戦おうって約束したでござうな!」


 そんな鬼幼女は……しかし、異形だった。


「でも、もういいのでござう!」


 凝固した祟来無……無数の青ざめた蛇が(ダマ)になって彼女の四肢に絡みつき、拡充された手足として頭身をおぞましく伸ばしていた。

 あの妖魔シャクシャクが手足を異様に長く変異させていたのと似て、幼女どころか大樹のごとくハナを見下ろしていた。


「拙者は春隠の地を護るのでござう!」


 体の芯を貫いているのはからくり仕掛けが組み込まれた忍刀だったが、蛇鱗と粘液の瘡瘍(そうよう)が根付いていて。肥大化した半有機体と化していた。

 さながら肉の鎧袖を着ているような、あるいは肉の鎧袖に着られているような鬼だった。


「それが使命だから……復活なんかしなくていいのでござう!」


 隠鬼は芯を貫く忍刀を逆手に握り込むやいなや、引き抜いていった。

 瘡瘍の一部が潰れて滴るのにもかまわず、ズズズ……とついに切っ先まで解き放った。


「春隠の平和をこれ以上乱すなら、千方様でも許さないですぞ!」


 小さな人体からすれば大きすぎる傷口。内容物を噴き出すことは無かったが、深い(うろ)を湛えていた。

 そこには土色と青色が交差する輝きがあった。

 曼陀羅(まんだら)の一角を切り取ったかのように幾何学的な……それとも電子回路のプロセッサのような、明らかに核心(コア)じみた構造体が廻っていたのだ。


「拙者を帰してほしいでござう!」


 傷口が瞬く間に塞がっていった……が、そこには瘡瘍の瘡蓋(かさぶた)が分厚く凝り固まった。


「……なるほどね、対話や命令は一切受け付けないってこういうこと。あんたよりも莢心様に近い状態ね」

「部分的肯定。発狂した莢心は手段と目的が倒錯していましたが、土地神となった四鬼たちは領域を護る使命(与えられた目的)だけで完結していると形容すべきですね」

「ま、殺り合うあたしにはどっちでも同じだけど」


 そも、急拵えでそういう土地神にしかできなかったと言っていたのは千方だろうに。強敵と闘えるのだから文句は言わないが、とんだリワーク(作り直し)を頼んでくれるものである。


「というわけで隠鬼、念のために対話を試行してみたまでです。そなたは帰せませんし我々も帰りません、この稀人ハナや異相で相対している他の稀人たちがそなたを殺すでしょう」

「ん? 千方、他の稀人って……イソウで相対して……なに?」


 他の稀人なんてどこにも見えない。この結界フィールド内にも、見渡した空にも、地上にも。


「そんなことはさせないですぞ! 拙者、自分の身も自分で護るでござう!」


 隠鬼が長腕へスナップをきかせれば、忍刀は刃物として鈍重すぎる風切り音を唸らせた。

 瘡瘍の融合により、半ば失いかけた忍刀の体裁はむしろ“鬼の金棒”と呼ぶにふさわしかった。


「悪の稀人どの! 正義の名の下に、押し返させてもらいますぞ!」


 隠鬼が柄を捻ることで、金棒忍刀は瘡瘍を千切りながら仕掛けを発した。

 一対の二刀へ分かれたのである。


「拙者は隠鬼! 忍者と義賊の道を極めし、護りの鬼でござう!!」


 ーー 『殻、抜けし忍 隠鬼』(四鬼) ーー

 ーー 職業 忍者 ーー


 金棒忍刀二刀流。体の前で上下に構える、攻めよりも護り即応の構えへ見栄を切った。


「あっそ。まあそれじゃ……今度こそ死んでもらうわよ!!」

「斬り捨て御免でござう!!」


 察したのだろう千方が千方火へドロンしていった時には、ハナと隠鬼は戦闘開始の火蓋を切っていた……。

 ーー 夢幻 ーー

 ーー 霊力などで複製された世界。最大範囲は術者の力によって左右され、造形は術者の深層心理に左右される ーー 

 ーー 夢幻世界はひょんな事でも生成されうるもので、術者の存否にかかわらず世界の裏側に焼き付く。低資源かつ即時利用できるそれらを、千方火はよく利用する ーー

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