8-11「護り給え」
「ここにきて新ワザぁ!?」
「奥の手か……!」
迎撃の為に伐採の手を一旦止めようとしたハナだったが、一瞬早く飛び出していたイチがジャクジャクとの間に割り込む位置を取った。
「《一蓮托生》!!」
ーー 《一蓮托生》(能動技) ーー
ーー 20秒間、選択した対象の負傷を肩代わりする ーー
彼から発せられた命綱状の霊気が、風来姫と繋がって。
ハナはおもわずまた皮肉でも叫んでやりそうになった……が、呑み込むと桜樹伐採へ向き直った。
より強く。より正確に。そして、より迅く。
「ッッッッウ!!」
対してジャクジャクの眼力が、ついに臨界へ達した。
「《寂々寥々》……!!」
そして両目から放たれたのは、無数の散弾連射だった。
1つ1つが小人サイズ、尾を引いた細長い霊気の針かのよう。
しかして実態は、頭部が鱗の盾と化した小蛇のカタチだった。
それらが尾をくねらせて超高速に宙を泳ぎ、面制圧を敢行してきたのだ。
……瑞獣せいらの存在を知ってしまっているからか、ハナは、盾アタマの彼らが無数に泳いでくる様へ“生理的”にギョッとした……。
「ハナッッ! やってやれ!!」
対してイチは。生きているシールドバッシュの雨あられへ、一身に相対した。
「ッッッッぅらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
重い大太刀らしからぬ、連綿たる剣閃は彼の熱情そのものだっただろうか。
武器技《隠鬼の盾》の瞬間無敵効果はもちろんのこと、受け流しで生まれた刹那の余白にアイテム使用を数多にねじ込んでいた。
《一蓮托生》で背後のハナと繋がってはいたものの、肩代わりするまでもなく……ハナへ1発も食らわせることなく護りを果たしていたのだ。
だから、
「……大丈夫よ! もう、やってるッッ!!」
ハナは思うさまに、桜樹へ最後の一振りを貫通させたのだ。
そして倒れていった幹の下、消えていった切り株の下へ返す刀を叩き下ろした。
3つ目の卵胞が、断たれて弾け飛んだ。
「ゴッッッッ……ザ、ァ、ウァァァァァァァァアァァァァ!!」
弱点は3度殺すべし。古来より巨大ボスに採用されてきた不文律によるものかは定かではないが、ジャクジャクはついに断末魔を轟かせたのだ。
散弾を連射したまま天を仰ぎ。噴き上がった盾アタマの蛇たちは、咲かずに消えゆく湿った花火となった。
はたしてその潮も枯れていけば、大蛇の鎌首はグラリと力を失っていって。
「ァ……………………」
生気無く倒れ伏したとともに、あらゆる箇所から青い霊気を放散しはじめたのだった。
ーー 大討滅 達成(RaidBoss Unleashed) ーー
そんな特大ウィンドウが戦場の空へ掲げられ、鬨の声が天地を揺らしたのだった。
「よっっっっし!」
ハナもまた、地上からの喝采に応じたわけでもないが刀を握る手を振り上げた。
「千方! 言われたとおり神殺し達成よ、隠鬼の受肉とかなんとかは任せたからね!」
「ハナ」
そうして千方火千方がハナの眼前へ浮遊した……、
「否定。そなたが殺したのは肉体たる大蛇ジャクジャクであり、その“魂(核心)”たる隠鬼はまだ殺していません」
「……は?」
「これが初めてのレイドだよな、ハナ」
……答える調子で頷いたのは、イチの後ろ姿だった。
彼は、まだ構えを解いていなかった。
ジャクジャクから発せられた霊気を吸収し、生命力などのステータスが全回復していった。
その現象は無傷で無意味ながらもハナにも起こっていたし、見渡す限り全稀人が治療されていた。
そしてイチと同じように、熟練らしいプレイヤーほど臨戦態勢を継続していたのだ。
肩の力を抜いていたのは、ハナを含めた初心者だけのようで。
「まれおうのレイドは2つのフェーズに分かれてるんだ……」
イチはようやくハナへ振り向いた……、
「ある意味、ヤバいのはここからなんだ」
引きつったその口の端は、不敵なる苦笑に満ちていた。
空の特大ウィンドウが、青い霊気に覆われながらテキストを変容させていった。
ーー 命運戦(FatalBattle) 開始 ーー
「……………………ゴ、ザ、ウ」
ズズズ……、
その響きは、大蛇の頭部とは真逆の場所から引きずられた。
すなわち尻尾から。
ソレは頭部よりも滑らかに鎌首をもたげたのだ。
さながら第2の頭部か、
いや、
むしろ、真なる頭部かのように。
「ござう」
そして裂けた尻尾の中から、青い霊気の人型がひり出された。
異様に長くのたくった手足や、体の芯から生えた得物……、
しかしそれらをよく見る間も無く、
「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●!!」
電子音じみた声ならざる声で、ソレは慟哭した。
同時に、四方八方から飛んできた千方火に囲まれると球状に包まれた。
他でもないハナやイチたちの千方火が放った無数の分火だった。
「結界生成。位相振分。転送開始」
ーー 結界生成 ーー
ーー 位相振分 ーー
ーー 転送開始 ーー
千方火千方は肉声として、他の千方火たちはウィンドウとして同時に詠唱。
するとハナやイチも、勢いを増した千方火から球状に包まれた。
「あっつッッ!? ……くない、けどっナニコレ!?」
「心配しなくていい! きみがやることは変わらないからな!」
中から外が透けて見える。ハナに比べれば涼しげなイチの面持ちは、けれどもやはり緊張していただろうか。
おもわず戦場も見渡してみれば、何故だろう、千方火に包まれているプレイヤーはごくわずかだった。
複数の千方火ダマごとに寄り集まっている傾向から、パーティ単位で適用されているらしいが……。
無数の参戦者の比率で考えれば、1%ほどの人数しか選出されていないのではないだろうか。
しかし観察もそこまでだった。
鬼火が濃くなって中から外が見えなくなると、ハナは目の前の空間が引き絞られる感覚を覚えた。
そう。覚えのある、“転送”の感覚だ。
「ハナ……俺たちはきみの味方だ! 忘れないでくれ!」
そんな残響に「なにが」と切り返す前に、
世界は、別のどこかへと弾けたのだった……。
続く
ーー 《隠鬼の盾》(武器技) ーー
ーー 5秒間、防御へ瞬間的な無敵効果を付与する。『隠鬼の証』式武器専用技 ーー
ーー 北国の蕗葉忍者だった隠鬼は、されど義賊に憧れて盾を好んだ。美しくも厳しい公儀隠密の世界に義が満ち、いつか春の桜がごとく色づくを願って ーー




