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8-9「せいら」

『その魂の名は“せいら”っていうんだわ。できればそう呼んでやってくれや』

「せいら……? って?」


 と。インベントリへ戻らず宙に浮いていた相応符から、人型の霊気が召喚された。


「わ。莢心様」

『おうハナ! さっそく八尺堂に行ってくれるたぁ律儀なヤツだなおい、フハハハハ』


 ホログラム的存在ではあるが、等身大の偉丈夫ロボ莢心だった。


「あっっ……あ、ああああっお館様あ!」


 やにわに、シャクシャクことせいらは立ち上がっていた。


「ああ! お待ち申し上げておりましたっ……!」

『おおっとっとぃ』


 歓喜の様子に打ち震えた足をもつれさせながらも。色香漂う女は、初心(うぶ)な乙女がごとく破顔しながら莢心の胸へ飛び込んだのだ。


「ポ」


 ただし分厚い装甲胸板に抱き止められるまでもなく、ホログラムな彼をすり抜けてしまったが。


「ようやく拙僧を……あああ…お迎えにいらしたのでございまするね……っ……」

『お、おぅおぅ悪かったなぁいろいろとよぉ』


 にもかかわらず、火に寄せられる虫がごとくフヨフヨと切り返し続ける姿は病的ですらあった。


『とりあえずまあなんだ、これじゃ積もる話もしづれぇから離れてくれねぇか?』

「イヤでございまする……もう離しませぬ……離しませぬっ……すりすりすり……ポ、ポ、ポ、ポ……」

「……千方。2つだけ説明していいけど」

「壱:この莢心は『分霊』、いわば魂の分け身です。分霊が知覚した事象は本体へ同期されるため、本体と同様の交流を推奨します。弐:そなたが撃破した妖魔シャクシャクは瑞獣せいらの内なる妖気で構築されたあばたー(写し身)であり、ここにいる本尊()を殺したわけではありません。……弐ノ壱:昔々に扶桑国へ渡ってきた4体の瑞獣は故郷となる西方の国で神格を……」

「2つだけって言ったでしょうが。隙あらば語ろうとすな」


 隠鬼へ座を譲った旧『清瀧の地』とやらの土地神、その魂の存在がこのヌルヌル尼僧ということだろう。それぐらいはハナでも察せられる。


「読めたわ。瑞獣の肉体の事は瑞獣の魂に訊けって話ね」

「同意、彼女たちに慕われている莢心を介すれば尋常の対話が可能でしょう。青き大蛇ジャクジャクこそは瑞獣せいらが隠鬼へ譲渡した肉体です」


 シャクシャクとジャクジャク。似すぎている名前から何かしらの関連性はあるだろうと踏んでいたが、確かに蛇っぽいといえば蛇っぽい女か。……見た目よりも情念のタチの悪さ的な意味で。


「……こんな女が先代の土地神様その人、かあ」

「ああお館様……どうかお許しくださいませり……。拙僧こそは姉妹の誰よりもお館様を愛しておりまするのに……『じあくほうと』封印の要として務めを果たせませんでした……」

『いや、俺の方こそ許してくれ。俺ぁこの30年間は正気じゃなかったんだ。おまえたちとの縁が切れるぐれぇに狂っておきながら、手前勝手な封印に組み込んじまって……すまなかったなぁ』

「滅相もございません……! 拙僧は、お館様の愛をこの身に宿せれば何よりも幸せなのでする……! ポ、ポポポポポ……!」

「莢心。相応符にそなたの分霊を込めてある事、ひいては彼女に会いに来た事を久藻は認知していますか?」

『久藻? いーや? 別に言うまでもねぇだろ』

「そうですね。言わなくてもいずれ分かるでしょう」

(修羅場の予感)


 そういえば久藻は莢心が『瑞獣』の話をしただけで機嫌が悪くなっていたようで、ハナはその理由が分かった気がした。

 あの愛妻あるいは恐妻までこの場にいては、かなりメンドくさい状況になっていただろう……。


「ねえ、それはそうとあたし急いでるの。傷の舐め合いは後にしてほしいんだけど」

『おおそうだったなぁワリィワリィ。せいらよぉ、ここにいるハナはジャクジャク(おまえの肉体)と戦いに行くんだが助けてやってほしいんだよ』

「ええ……存じ上げておりまする……。ついに隠鬼を復活させる為、千方様が『髄獣』として降ろしたのですね……」

「肯定。隠鬼との融合によりそなたの肉体だった時よりも変質していますが、解析は完了していますか?」

「それももちろん……。千方様がお籠りになられている間、あの子を見守るのが拙僧の役目でする……」


 せいらは祈りの所作を見せた。

 すると彼女から青い霊気が発せられ、眼前で形を成した。

 ソレは、西洋でいうところのフランベルジュよりも刀身が波打った打刀だった。


「ハナ……といいましたか……。さあどうぞ……こちらが……あの子を引きずり出す為に最も適した1振りにございまする……」

「やったあ、また刀貰っちゃった」


 ーー 『清姫刀(せいきとう) いるねす』(打刀) ーー


 どこぞの古墳から発掘されたという遺物の呼称に倣うなら、蛇行剣ならぬ蛇行刀とでも呼ぶべきか。

 鞘無き抜き身のソレをハナが握ってみせれば、装備効果を示すウィンドウが現れた。


 ーー 瑞獣せいらに属する存在へ、武器攻撃力3.5倍の特効をもつ ーー


「ウフフフ……その特効効果があれば……」

「うえーーッッ、特効武器ィ!!」

「ポゴフッッ」


 ハナが放り捨てたいるねすが、スナップを利かせすぎてせいらの胎にブッ刺さった。


「あ、ゴメン」

「ポポゲロロロロロロ……」

『せいらぁぁぁぁーーーー!?』


 膝からくずおれた伏し目尼僧は、青くキラめく汚濁を穴という穴から吐瀉した。


「ハナ、その刀がどうかしましたか? 不利な効果は付与されていないうえ、特効効果が発動する相手に限っては臨華の威力をも凌駕する計算ですが」

「あのねえ千方、“特効”っていうけどソレって恐ろしい呪いなのよ? なんとなくガチャチケットで当てただけでもね、1度手にしたらその強さがデフォになっちゃうの。特効ありきでイベント毎に課金するようになって、丹精込めて育成してきたはずのデッキが一月ひとつきもたないペースで産廃になるの。わかる?」

「……。……? ……理解不能」

「いいのいいの、あんたたちの世界には縁の無い話だから。そのままでいて」

「ポゴフッッ」

『せいらぁぁぁぁーーーー!?』


 ハナはせいらの胎からいるねすを抜き取り、巾着インベントリへ放り込んだ。

 ーー 『清姫刀 いるねす』(打刀) ーー

 ーー 瑞獣せいらが造り上げた、己へ属する存在への特効武器。その打刀の形 ーー

 ーー 約束を反故にした男を追い詰め、蛇は梵鐘へ巻き付いた。男が「そんなに巻きついたらおまえの体に傷がつく」と言うと、蛇はたちまち女となった ーー

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[一言] この耄碌ジジイモテ男かよ…!
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