0-4「履行技」
◯ ◯ ◯ ◯
「っ……はッッ!」
「……!」
どれだけ斬り結んだだろう。ハナはウシャナに挑み続けていた。
可動域の広すぎる手足と長すぎる薙刀を絡ませ、ウシャナの剣舞は豪快にして掴みどころが無い。
初心者向けだろう素直なモーションなんて1つでもあっただろうか。
ハナが1度も斬り伏せられずにいられたのは。刺線による感応と、それを裏付けする死にゲー仕込みの直感のおかげだ。
刺線はあくまでも方向や回数がわかる予兆にすぎない。実際にどんな攻撃が来るかを見切っていなすのは、ハナというキャラクターの強さよりも……看谷 英子自身のプレイヤースキルに他ならなかった。
彼の者に比べたらよほど乏しいチャンスの中で何度も何度も斬りつけていたが、一向に倒れる様子が無かった。
「ハァ……ッ……! ッ、ふぅ……」
もっとも。いなした刃が100度目ほどの火花を打ち鳴らした辺りから、『倒れろ』なんて念は込められてはいなかった。
「ふぅッ……ふ…………ふふ……ッ!」
いつも死にゲーでそうあってきたように、ハナはただただシンプルな感覚に研ぎ澄まされつつあった。
かわして、攻めて、敵を倒す。
…………いや、
(ああ、もう…………楽しいんだけど)
かわして、攻めて、それだけでいい。
己か敵がいつか倒れるのは、目が醒めるこのひとときのただ結果にすぎないのだから。
己と、敵と、互いを結ぶ殺し合い。
己と、敵と、互いを結ぶ刺線刀刃。
見るべきものは、今はそれだけ。
(刃の音。肌で感じる殺気。手の震えがひりつく。心臓が動いてるのを感じる。……楽しいじゃない、フルダイブ)
いつものテレビゲームではなく、なるほど、死にゲーを……死闘を愛する少女はフルダイブの魅力に目覚めつつあった。
決戦場と化した小島に火花と剣風が鳴りやまない。湖の外周のプレイヤーたちは唖然を通り越して戦慄していた。
「ぜ、全部パリィしてる……全回避してる」「パリィの受付時間って超シビアよね……?」「……侍の打刀ならヒット前6フレームだ」「0.1秒!?」
ハナには十分だった。4フレームしかパリィできない死にゲーだってクリアしている。
「ていうかあいつ、なんでアイテムもスキルも使わないっ」「初心者ならどのみちロクなモノは……」「そういう感じじゃなさそうだぞ」「ああ。あの動きはなんていうか……潔すぎて……」「最初から使うつもりが無い……?」
ハナには不要だった。死にゲーでは『攻撃』・『回避』・『ガード』の3つ以外はむしろ閃きの邪魔だった。
「待って、あのアクセって」「『うぶめのお守り』!?」「あんなのネタ装備じゃん!?」「ガチゲーマー以外にはな……」
ーー 『うぶめのお守り』(装飾品) ーー
ーー 取得Ziと遺物発見率が2.5倍に増加する ーー
ーー ただし生命力(HP)が初期値で固定される ーー
ハナには最高だった。周回難易度をカンストさせた死にゲーでは1発食らえば即死が当たり前だった、命拾いを祈ってプレイが甘くなるくらいなら初期値固定でいい。
だからこそ、狂おしいほどに目が醒めるのではないか。
「……ッゥ!」
「せっっ!」
薙刀を一瞬溜め込んだウシャナが、左右から神速の2連撃。しかしハナは肩から両断される前にいなしてみせ、ウシャナの腹を切るとともに跳び下がった。
と、同じく距離を取ったウシャナが最上段の構えを見せた。
「見事。褒美に受けてみるがいい……呼び刀の妙技を」
彼が頭上で薙刀を大回転させはじめれば、凄まじい妖気の風が発せられてハナを押した。
(履行技? いかにもな雰囲気なんだけど……!)
履行技。HPを一定のラインまで削る、ギミックを攻略できなかったなどで繰り出される超大技の通称。
「やりやがったあの子……! HP50%まで削りやがった!」
野次馬プレイヤーの誰かが興奮していたが、当然のごとくハナの耳には入っていなかった。
ダッシュしてもほんの少しずつしか進めず、ウシャナの薙刀回転から刺線とともに何かが射出されたのを見た。
追い風を受けて速度を増し、しかして風に逆らって弓なりに襲ってきたからいなすのもギリギリだった。
弾け飛んでいったソレは、微細な武器クズで構成された短刀だった。
そう気づいた時には次弾が続々と放たれ、速度と追尾性能を増していった。
「《値千刃の剣を求めて》」
「っっぅ……!」
カッコつけた筆文字がウシャナの周囲に躍ったのを見て、ハナはパリィしきれなくなりそうだった己を奮わせた。
累計14本目の短刀を一閃でいなして……、
直後、目前にウシャナが跳んできていた。
最初の剣の舞で見た回転斬りのモーション。
ただ。ハナは、左右からの刺線に己が貫かれるのを見た。
何よりも彼の舞の手元で、両手持ちの構えが二刀流の構えへと変じたのを見逃さなかった。
ハナは跳んだ……、左側から襲ってきた薙刀の刃をいなした、
まったく同時に、右側から襲ってきた錫杖も蹴り抜いた。
すかさず刀を翻したものの、無茶な空中制御だったためにウシャナの素っ首へは至れなかった。
妖気の強風がようやく止むと……、跳び退いた両者はまた中距離から対峙していた。
「よくぞ凌いだ。貴様には神器の剣たる素質が有る」
ウシャナはあの薙刀を2つに分け、曲刀と笛のような錫杖の二刀流となっていたのだ。
湖の外周からまたまた声が上がる。
「ノーダメって……すっげ……」「ま、まあ第1形態だし」「バカ言えっ」「ああ、ウシャナ先生がフィールドに湧いた時だって第2形態なんか滅多にねぇ」「そうなる前に上級者だって軽く狩られるからな……」
「貴様の内なる刃、次に相見えるまで更に研いでおくがいい。……また会おう」
現れた時のようにウシャナが笛塚の頂へ跳び上がり、笛の錫杖を吹く。……するとその姿は妖気へと揺らいでいった。
「…………は?」
対して。少女は、刀を逆手に握り直した。
ハナには見えていたのだ。
今にも笛塚の中へ還りそうだったウシャナの丹田に、刺線の花がようやく咲いたのを。
「なに勝手に……終わらせようとしてんのよッ!」
そして刀を、ぶん投げたのだ。
ーー 【逢魔付】 呼び刀 ウシャナ ーー
ーー 扶桑国各地で神出鬼没に現れ、稀人を狩る逢魔付 ーー
ーー 特に、同じ場所で妖を狩り続けるような稀人の前に現れる。彼の者はなまくらを嫌うのだ ーー