8-6「持ち越して2人、仕切り直して2人」
「なにコショコショ話してんの? よく聞こえなかったんだけど」
「否定、取るに足らない激励です。ハナの為に単身駆けつけてくれたようですね」
振り向いた千方は、自分の“義顔”の無表情を整える調子で頬やら口元をコネコネしていた。
「というわけで頑張ってください、イチ」
「っぅぐ……どうも!」
これ以上無いだろう渋面で千方と視線を交わしていたイチだったが、彼女が差し伸べた手によって素直に引き起こされた。
「ハナ!!」
「けおっ?」
さしものハナも意表を突かれるほどグイッと。つま先同士が触れ合いそうな至近距離に踏み込まれると、打刀を握ったままの手を取られてしまった。
「あんな炎上配信に泣いてやらなくていい! きみはきみらしく前を向いてやれ! 俺もカバーするからっ……1人で頑張りすぎなくていいんだよ!!」
「あ……う、うん……?」
ビックリした。彼のまっすぐすぎる眼差しに。
背中まで突き抜けずに胸の中で止まる、彼だけの刺線に熱ささえ感じた。
あるいはそれは、ハナ自身の胸中の熱さだっただろうか。
「あんたって……そういう熱血しちゃうタイプだったっけ……?」
「いろいろあるんだよ……いろいろ!」
鎧袖も無く、見るからに消耗した青年武者が単身滑り込んできた経緯は分からなかったが……、
「……ありがと。カッコいいじゃん、ちょっぴりだけど」
「か、からかわないでくれ!」
「からかうワケないんだけど」
確かに、ハナは救われていたのだ。
それにNPCの友にまでひっぱたかれるとは、人目に固執するあまり“無頼”が過ぎてしまったようだ。
「じゃあさ、ちょっと加勢してよ。あんたたちみたいになんとか城の城主同盟らしいんだけど」
「水鬼城な。おい『ふるいどフルイド』頭領テーコっ、俺は隠鬼城の『いちもんめ』頭領のイチだ! 俺の友人にこんなトロールまがいの仕打ちはやめてもらうぞ!」
「げ~っ、暑苦しそうなのがキタコレ!◯」
やっと戻ったらしい配信画面へ愛想を振り撒いていたテーコが、腹立つほど嫌そうな……しかして新しいオモチャでも見つけたかのような小悪魔的笑みを浮かべた。
「ザンネンッ!◯ テーコちゃんの配信は始まったばかりなのだぁ◯ えーとイチくんだっけ、古参プレイヤーっていうのは知ってるけど~ハゲ散らかされる筋合いは無いっていうか~……」
「え……やばたん、イチぴじゃん。逃げるんだよおネエちゃん」
「っはぁ!?」
自分のペースに引き込むテーコ劇場がまた開幕しそうだったところ、カメラ役のシヨルが明後日の方向へダッシュしていった。
「古参に楯突いたらあらゆるコミュニティからスパンキングされっぞ、シヨルちゃんの腐った液汁メンタルじゃ耐えられんわー」
「オメーは初日勢でしょうがぁ!◯ また咳止めシロップとかガブ飲みしたんかコラっ、ダイブ前にキメんなっつってるでしょあーもータイムラインメチャクチャぁ!!◯」
本人と同じくキメラな鎧袖を召喚装着し、加速。対してやたらとデコられた鎧袖を召喚装着したテーコは、ある意味ではプロ根性だろうか……RECされっぱなしの配信画面から切れないように走っていった。
「み、みんなぁ予定変更だよ!◯ 今日のところは、剣豪ちゃんへの突撃生取材は前哨戦ってことで……決着はぁ~待て次回!◯ というわけでここから親衛隊のみんなとレイドバトルに戻るぞ◯」
「わかったよテーコちゃん!」「テーコちゃんに『誉』貢ぎてぇ~!」「テーコちゃんは俺たちが守る!」「次回までに言い訳考えとけよな“剣豪”ちゃん!」「正義のゲーミングリポーター、テーコちゃんの再臨に夜な夜な震えて眠れぃ!」
ヲタ芸じみて親衛陣形をとった取り巻きたちも、速いこと速いこと。
「シヨルちゃんもテーコちゃんをあんま振り回すなよぉ!」「最近とくにラリパッパだな」「奇行が激しい!」「でもテーコちゃんのパニクり顔助かる」「妹だから許されてるのも尊い」「正直いつもワクテカしてる」
「ガハハ、そんなわたしに振り回されるおまいらもちょれ~な~」
(……ん?)
テキトーな後ろ手を振ったシヨルが、それを取り巻き連中ではなくハナとイチへ送っていたように見えたのは気のせいだろうか。
いや、ハナをアイスキャンディー風の刺線が貫いたから気のせいではない。
テーコの虹色アイスクリーム風の刺線とは似て非なる、玉鋼をロクに溶かさないまま刀へ打ったらこうなるような……あずき棒みたいな刺線刀刃が。
なんにせよ。水鬼城の配信テロリストどもは、他の追随を許さないド派手な攻撃エフェクトたちとともに戦場へ消えていったのだ……。
「え……なにコレ。なにアレ、引っ掻き回すだけ引っ掻き回しといて……え? え、なに? アレ? コレ?」
「ま、まあ界隈では有名なお騒がせ遊撃隊だから……。追々話すよ」
「コポポポポシャシャシャァァ!!」
「うッッッッさい!!」
呆けてしまっていた2人の頭上へ、怨敵をやっと見つけたとばかりにジャクジャクの頭部が降ってきた……が、ハナのスクリューアッパー斬りで打ち返された。
「異界のしがらみは複雑そうですね。それはそうと戦闘再開を提案します」
千方が千方火へドロンしていき、ハナとイチは頷いた。
「それもそうね! またスタンさせなくっちゃ!」
「俺も一緒に戦うからな!」
「いいけど! あたし並みの火力は出ないと思うけど!」
「「「「「「「「ゴザウ!」」」」」」」」
ジャクジャクが蛇腹の桜樹へ粘液の実を生らせていき、熟れた先から隠鬼祟来無としてまたまた射出した。
戦場の各パーティへ配されていったが、稀人たちの消耗が激しい。捌きはじめた先から全滅する部隊も多かった。
「「「「「「「「ゴザウゥゥウ……!」」」」」」」」
ーー 影縫い(Shadow Jail) 効果時間60秒 ーー
そうすると隠鬼祟来無たちは健在なパーティへターゲットシフト。……ハナとイチは、四方八方から影を縫い付けられてしまった。
「火力だけが華じゃないぞ! きみだってそうだろ!」
それでも。イチは下段脇構えに帯びていた大太刀を眼前へ持ち上げながら、ハナの背中を肩で小突いてきた。
背中合わせと呼ぶには非対称。
しかして互いの邪魔になりそうでならない。
足運び1つとってさえ、互いの体幹の癖をよく読み合っていたからだ。
「……お言葉に甘えて、追い付く努力はさせてもらうが!」
体全体で捻るように構えて然るべき大太刀を、剣道がごとく正眼の構えへ。
「《七魂夜叉》!!」
大太刀が、無数の線条形霊気を纏った。
「ッッッッいくぞ!!」
「言われなくても!!」
踏鳴。ハナとイチが瞬時に重心を落とした足運びが、地を抉りながら衝撃波をぶち上げた。
それが隠鬼祟来無たちをなびかせたとともに、2人はVの字の弾道に我が身と得物を放り込んでいた……。
【あずき棒】
ぜんざいをそのままアイスキャンディにしたような味わいの氷菓。添加物を用いずシンプルな素材だけをギュッと詰める製法から、とても、とても硬い。
刀も通さないという動画を見て、幼女英子は夜も眠れないほど戦慄した。ジョーク動画だったのだと理解した今でも、好物なのだか黒歴史の象徴なのだかよく分からないモノに視える。




