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8-E「スキあり」

(防具無しなら小手打ちで……いや手首でも折ったら大変だ。なら胴打ち……腹パンするようなものだぞ!? まだ面打ちのほうが一周回ってマシかもしれ……)

「しッッッッ!!」


 一瞬の狭間に打算を巡らせているうちに、先手を取ったのは看谷だった。

 彼女が踏み込んだ1歩が異様なほど強く板張りを鳴らした。

 中国武術においては『震脚(しんきゃく)』、日本武道においては『踏鳴(ふみなり)』と呼ばれる技。重心を瞬時に低く整える動作によって、周囲を震わせるほど強い1歩を踏み鳴らした。


「ッッッッッッッッ!!!!!!!!」


 それは市郎もまた剣道試合にて実践していたから、彼女に呼応して踏み鳴らした。

 ただし。看谷があくまでも『重心を瞬時に低く整える』結果として『周囲を震わせるほど強い1歩を踏み鳴らした』のに対し、

 市郎の場合はその逆。『相手を気迫だけで怯ませる1歩』が先にあり、その結果として『重心を瞬時に低く整える』技となっていた。

 ゆえに……、


「スキありッッッッ!!」

「っお……!?」


 彼女を気迫で怯ませるには能わず、重心が整いきるのも一瞬だけ遅れをとった。

 打算の一瞬と踏鳴の一瞬。2つの遅れを合わせたところでたった数瞬……、

 数瞬ではあったが、武の中にあっては致命的だった。

 交刃の間合いに至っていた看谷が、道場剣法としても『剣道』としてもダイナミックすぎる面打ちを村鞘へぶち込んだ。


「っっ……っっぐぁぁぁぁ~~……!!」

「余計な事考えすぎだし、相手をビビらせる事に頼りすぎ。バレバレなんだけど」


 前頭葉が痺れる。額をさすさすせざるをえなかった市郎に対して、一足一刀の間合いまでぴょいと下がった看谷は呆れたような面持ちで笑ったのだ。


「部活のエンジョイ勢ぐらいならそれで十分かもしれないけど、そんな上の空で得物担がれちゃ見てられないわ」

「……っ? 看谷……ひょっとして、俺が部活やってるとこ見に来てたのか?」


 脳裏によぎったのは。いかにも、余計な事を考えすぎながら気迫だけで模擬戦に勝っていた部活の光景。


「いや見に行くわけないんだけど、暇人じゃあるまいし」

「なんだよ……」


 市郎の自称ファンたちが苦い顔をしそうな発言である。


「じゃなくて昇降口で会ったじゃん。あの時のあんたの“シセン”を“視て”何か悩んでるって感じたの」


 ごく普通の事のように付け加えられた言葉に、市郎はまばたきを繰り返した。 


「……へ? 昇降口って…………あのすれ違った時に? それだけ? 俺ってそんなに悩んでる顔してたのか?」

「そんなの覚えてないけど……そう“感じた”んだから仕方ないじゃない」


 看谷はどこかバツが悪そうで……、しかし、


「いま立ち合ったあんただって、あたしを“視て”なかったもん」


 仕方なさげに、市郎を竹刀で指差したのだ。


「あんたがどう思ってようが見てる人はちゃんと見てるの。自問自答ばっかりしてないで、剣を抜いたからには相手と向き合いなさいよね」


 ……この少女に剣を突きつけられて、市郎はいくつものモノがストンと腑に落ちたのだ。


 ーー(どんな武道に取り組むんだとしても、相手に打ち勝つより自分に打ち勝つものでありたい。己己己己道場の日々が教えてくれたことだ)


(……そうか。いつの間にか俺は……自分に打ち勝つ剣しか振らなくなってたんだ)


 1つは、自分を変えようとしてくれた道場の日々への言い知れない焦燥感。


 ーー(でも今の俺は、相手に打ち込んでばかりじゃないか?)


(俺が打ち込んでたのは相手じゃなくて俺自身だ。相手を通して自分をビビらせて、乱暴に何かを発散しようとしてただけだ)


 1つは、対戦相手と打ち合うごとに鏡写しがごとく響いていた疼き。


 ーー(……自分でも嫌になるくらいマジメだな。……“けっきょく自分は変えられないけど、努力するしかない”……か……)


(ああ……だからこういうところだぞ、自問自答ばっかりで打算的なのは)


 1つは、それでも変わりたいのだという気持ちが己に宿り続けている気付き。


「じゃあね。また学校で」

「言うだけ言って解散かよ……」

「エルのお散歩と晩ご飯の手伝いしなきゃなの。……あんたと盛り上がったせいで遅くなっちゃったし」

「ヒトのせいにするなよ」

「してないんだけど」


 そして……、


「……大丈夫か? 散歩ぐらいなら代わるぞ」


 またまたあの時のように、後ろ姿を見せた彼女への“想い”。

 ……振り向いた彼女は、黒マスクを顎下へずらしていた。


「へーきッ。余計な心配ばっかりしないでほしいんだけど」


 『イーッ』の口元をわざわざ見せつけた意地悪な笑み。

 市郎は肩をすくめて「わかったわかった」、竹刀袋を担ぎ直しながら踵を返すのだ。


(……俺は……)


 腑に落ちた想いを、内なる言の葉として名を与える。

 てんで興味が無さそうで、すれ違い様にでも他人を見ずにはいられない彼女。

 ともすれば自分こそ危ういのに、危うい自分を分かっているからこそ他人を突っぱねたがる彼女。

 この身に宿り続ける大切なものを、いつも彼女に見つけられてしまっている。

 だから。願わくば市郎も、彼女が救われるような何かを見つけてあげたくなった。

 今すぐにはまだ変わりきれなくても、努力し続けたいと願った。

 当然、彼女には面倒臭がられて鬱陶しがられるだろうけども。それでも。

 それでも、


(俺は、看谷が好きなんだ)


 あの頃から何一つ変わっていないのだとしても。ようやく見出だしたこの“意志”を、絶対に諦めたくはなかったのだった。


  ◯ ◯ ◯ ◯


 【己己己己道場の床下】

 己己己己道場の床下には、大量の武器が格納されている。竹刀・ボクシンググローブ・刃を潰した本物の槍・法規制ギリギリまで実物そっくりに改造したエアガン、などである。

 普通に取り出すことも可能だが、特定の強さ・角度・回数で床板を踏むと即時装備できるように射出される。この仕掛けをふんだんに用い、隠居した先代師範は門下生をぶちのめしてきた。

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