8-D「すっぴん」
「それよか見てよこれ、1番注目してたタイトルなんだけど。『プロジェクト・ブレイド』」
ゲームのポーズを解除した看谷は、自キャラから攻めずにボスの攻撃を棒立ちで待って。
そして攻撃されるたびにジャストガード、
いわゆるパリィを決め、カウンターアタックを返していった。
驚くべきことにパリィを全成功させていた。
ノーマルガード判定へズレ込むことすらなく不動にカウンターを叩き込み続ける、ある意味シンプルすぎるゲームプレイをしていたのだ。
「ほら、ガード入力の受付がラグいんだけど。Lトリガー押し込んでから数フレーム空いてガード構えるんだけど、死にゲーとして信じられない仕様なんだけど」
「おお……お? うん、確かにもっさりしてるみたいだが……全パリィしてるじゃないか……」
「いやそりゃフレーム調整するけど、な~んか死にゲーの“もっさり感”を履き違えてる気がするのよねこのゲームの開発。パリィでエネルギー溜めてバーストスキルが使えるんだけど、そのループ前提の大味な戦闘バランスになってるし」
「そのバーストスキルを使ってるようにも見えないんだが……」
「だってゲージ管理とかメンドいし、スキルをアテにしはじめたらスケベ心で死にそうだし」
「俺、今まででいちばん看谷と会話してるな……って何を口走ってるんだ、わ、わるい」
「べつにいいけど」
ついに看谷はボスを完封してしまった。
「あの頃のあたしは、とにかくヒトの視線を引かないように自分の事なんか話さなかったし。……人嫌いでヒッキー予備軍なのは今も大して変わらないけど、いろいろあって少しは自分らしさを見せていいかなって思えるようになったの」
「……それは、やっぱり、俺の後に道場に来た誰かのおかげだったり……?」
「は?」
「何を口走ってるんだ俺は本当に! わるい! わるい!!」
なんでこんな言葉が胸から押し出されてきたのだろう。
市郎自身にも分からなかったものだから、看谷に「ぷっ」と噴き出されてしまった。
「なあにそれ。道場に来る“不良”なんて反面教師にもなかなかならないよ、みんな1人1人抱えてるものが違うんだし。あんたの後もいろんな子が来たけど何がどうって事も無かったわ」
「そ、そうなのか……」
「むしろあんたぐらいじゃない? 最後の最後にあたしの心配なんかしちゃって、しかもこうしてまた縁が繋がったのは」
「そ、そうなのか……!」
「なによ百面相しちゃって。まだ情緒不安定なの?」
市郎が「ごほんっ」と表情&姿勢を正すと、また彼女から黒マスク越しに笑われた。
「……マジメに答えるとね。こんなあたしを心配し続けてくれるヒトも、あたしが“視てる”よりたくさんいるんだねって話。ちっちゃい頃から姉妹みたいにツルんできたのが2人いるんだけど、とうとう高校まで合わせてきて『ゲーム同好会』なんて立ち上げられちゃったりして」
「……看谷はゲーム好きだよな」
「うん。大好き」
市郎は不覚にもドキッとしてしまった。……今まで見たことのない柔らかな笑みで見上げられたからだ。
罪悪感にも似た熱が胸を締め付けたからだ。
「村鞘は? 今やってるゲームある?」
「お……ああ、多分だが人並み以上には。テレビゲームよりはフルダイブゲームでハマってるヤツなら……」
「えっ、フルダイブ? うはー、五感全部でゲームするってメンドくない? 『高圧洗浄機シミュレーター』しかやったことないんだけどダレちゃった」
「いや名作だろアレは。汚れの性質を汲み取ってノズルと洗浄液切り替えて、一気に清掃できた時は心まで洗われる気がしないか?」
「そこら辺がメンドくさくて初期ノズルとノー洗浄液プレイだったし」
「本末転倒じゃないか……。ていうか今やってるソイツもそうだが、さてはきみ面倒臭いと思ったシステムは捨ててるな? それじゃ開発が意図した面白さが見えてこないだろ」
「開発の“見せたいこと”にいちいち付き合う義理は無いデスー。1通り触ってから取捨選択してるし十分見えてるんだけど」
「……パリィで敵にスタン入った時、必殺技っぽいアイコンが出てたが気づいてたか?」
「ウッソ!?」
「きみって……クールそうに見えてド天然なのかもな」
市郎と看谷は、閉店間際のBGMが鳴るまでゆるゆると試遊し続けた……。
◯ ◯ ◯ ◯
「あ~スッキリしたんだけど。値崩れしてから中古でオッケイね」
(……核心の部分こそ聞かせてくれなかったが、俺が変に遠慮してたのがバカみたいにいろいろ話してくれたな)
実際に市郎がバカみたいに考えすぎていただけなのだが、それでも不思議な心地だった。偶然出会っただけの彼女にいつの間にやら遠慮も躊躇いも払拭されてしまったから。
夏の日は長いとはいえ、さすがにもう宵の口。空はマジックアワーな薄色になっていた。
「というわけで、いちおう送ってくれたからお礼言うけど。紳士じゃん」
「い、いやまあ。どういたしまして」
そうして2人は……というか惰性で看谷へ付き添った市郎は、あの己己己己道場の前に到着していた。
キャスケット帽を仕舞った看谷は、しかし黒マスクは着用したままだ。
(……素顔を晒さない“保険”としてマスクを着ける女子もいるらしいが、彼女の場合はむしろ“お守り”のような……)
「……ね、もう少し時間ある? 上がってってほしいんだけど」
「ぶふぁっ……!? な、なっ、ななななな!?」
そんな不意打ちの上目遣いは反則だろう。
「なに急に慌ててんのよ……怖……。あんたが背負ってるものについて、ちょっと確かめたいことがあるだけなんだけど」
「んお? ……部活の竹刀、だが」
看谷は「そんなことはわかってるんだけど」、後ろ手で招きながらあの引き戸を開けた。
市郎が敷居を跨げば、そこには相変わらずのがらんどうが広がっていた。
そして彼女は既に、
「構えて。試合だと思って」
床下倉庫から竹刀を引っ張り出していた。
「はっ? ちょっ、そっちこそ急になんだよ!? ちょっと待った!」
「待った無し!」
「防具は!?」
「ウチは防具無し! 知ってるでしょ!」
「理由も無いのに女子を打てるか!」
「本気出さなかったら、お婆ちゃんに電話してあんたの名前連呼しながら泣き叫んでやる!」
「師匠の解釈に委ねる脅迫すな! わ……わかったよやればいいんだろ!」
竹刀袋から得物を抜き払った市郎は、看谷の正眼の構えに応じた。
【『プロジェクト・ブレイド』】
アンドロイド美女の主人公が敵軍から地球奪還を目指すスタイリッシュアクションゲーム。弾幕アクションゲーム『クローズ・オートマタ』インスパイアの死にゲーと評されている。
アクションよりむしろ主人公のセクシー着せ替えがウリとも評されているが、死にゲーマーの英子はただ純然に高難易度を追究した。最終的に『防御力が0になる肌色全身タイツ』を死んだ魚の目で装備した。




