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8-C「接点」

「また目ぇ擦ってる……それ悪いクセだぞ。ていうかなんか怒ってるか?」

「……べつに怒ってないですけど。人のこと見てないで早く行ってほしいんですけど」

「わかったわかった。じゃあな……なんかもう完全に締まらないが、またどこかで会えたらよろしく」


 できれば最後まで背を向けずに見送ってほしかったが……いや、彼女の心遣いはしっかり頂いたからよしとしよう。市郎も道場玄関のほうへ歩きだした。

 目に見える眼差しだけではないのだ、きっと。


(せっかくだから連絡先……い、いや、特に理由も無いのに気持ち悪いか。なんなら道場の電話番号があるし……)

「……だからあたしを見ないでほしいんですけど」

「いやもう見てないって! きみは背中に目でも付いてるのか!?」


 どうも視線嫌いらしい道場娘と顔を合わせたのは、中学時代はそれっきり。

 ちょっとした用事で道場へ電話した折、彼女の家族から近況を聞くぐらいはあったものの。

 人一倍努力しなければいけなかった高校進学への奮闘に揉まれ、遠慮したまましばらくフェードアウトしてしまったのは確かだ……。


  ◯ ◯ ◯ ◯


「ぁ、村鞘おつかれ。バイバイ」

「あ、ああ看谷……じゃあな」


 下履きを履いて、竹刀袋を背負って。昇降口の敷居を跨ごうとしていた市郎を、看谷 英子がピュイ~ッと追い抜いていった。

 相変わらず着用している黒マスクとは裏腹に、いろんな意味でなんだか身軽になった彼女が。


(……いたんだもんな。同じ高校に)


 彼女とエンカウントするたび、市郎はそう噛み締めている気がした。


(なんて。志望校の1つが看谷んちの近所にあって、何かまた縁が繋がればなって打算もあったんだが。まさかホントに看谷も受験してたとは)


 高校は家の近所かどうかより学力や将来性で定めるものだ。村鞘が別の町から電車通学してきているように、看谷だって他の町の高校を志していた可能性のほうが高かった。

 ところが実際、彼女はここにいる。


(……同じ学校だから何だっていったらまあ、クラスも違うし接点も無いんだが。再会した時に話し込んだぐらいで、今じゃ挨拶するぐらいで)

「だぁらあんたらねっ、用事あるって言ってるんだけど! またにしてほしいんだけど!」

「え~ケチンボ看谷~」「メンドくさがりめぃ」「またね!」「賭けのレート上げとくかんよー」

(あの時よりずいぶん明るくなった……っていうか垢抜けてて、入学式の時はビビったな)


 正門近くで女子グループに捕まっていた看谷が、元気に振り切って町へ走り去っていって。それを遠くに見送ってから市郎も歩きだした。


(彼女が変わろうとした理由はなんなんだろう。……いや、訊けばいいじゃないかよ)


 自分でも常々思う。まったく知らない間柄でもないのだから。


(なんでか……訊くのが怖いような、後ろめたい気がするのもなんなんだろう)


 市郎が知らない間に彼女は変わろうとした……変わりたいと努力したのだろうから、引け目も負い目も感じる必要は無いだろうに。

 ……いや、


(……俺も彼女の努力を支えてやりたかった、っていうのはおこがましいかな。勝手だよな)


 引け目も負い目も、感じる“資格”は無いといったほうが正しいだろうか。

 心のどこかでずっと気にしていながらも行動に移さず、彼女からフェードアウトしていたのは自分の選択なのだから。

 打算無しでバカになっていいなら、後先考えずにできることはいくらでもあったはずなのだから。


(あぁー……打算ばっかりで動けない自分が嫌になる。看谷が言ったとおりだな、自分は変えられないから何度も何度も繰り返す)


 それでも自分を変えたいから。

 その努力は、絶対に諦めたくないのだ。


(俺、なんでこんなに彼女のこと意識してるんだ?)


 この“意志”は、まだ名無し。


  ◯ ◯ ◯ ◯


「……父さん、後でかけ直す。コンビーフが目印のインクな」


 駅へ向かう途中の家電量販店へ立ち寄った市郎は、通話終了したスマホをあせあせと学ランのポケットへ。

 おつかいよりも気にすべきモノを見つけたからだ。

 ソレはゲーム売り場にあった、というか“いた”というべきか。

 見覚えがありすぎるおかっぱボブが、最新ゲーム試遊機の前で揺れていたからだ。


「……ブツブツ……ブツブツブツ……ブツ……」

「看谷?」

「けお!?」


 ビクーンッ。キャスケット帽に黒マスクの少女は、しかし跳び上がりながらもゲームパッドのポーズボタンをすぐさま押下していた。

 インチ数もお値段もデカすぎる夢のゲーミングディスプレイの中で、アンドロイド美女がミュータントっぽい巨大ボスへ殴りかかっていた。


「なんでバレた!? ……ってなんだ、村鞘なんだけど。ならべつにいいんだけど」

「なんだとはなんだ。ならべつにいいとはなんだ」


 なんだ、と息を吐いたのは村鞘も同じである。


「何か嫌な事でもあったのかと思ったじゃないか。あの頃みたいなカッコしてるから」

「ん……嫌な事っていうか……ただの視線避けなんだけど、あの頃からね」


 帽子の目深なツバを、べつに暗い表情もなくツイと押し上げた彼女。いつもはセーラー服に羽織っているだけのパーカーの前を閉め、裾の中にスカートをできる限り隠し込んでいる。


「ここ、発売したばかりのゲームの試遊ちょくちょくやってるの。今ぐらいの時間なら空いてて遊びやすくって。あたしが入り浸ってるってバレたらどこからイジられるか分かんないから変装のつもり」

「確かにきみの顔は見えないが、不審者と地雷系のハーフぐらいには目に入るぞ」

「目に入るだけでしょ。むしろちょっとは『やべーヤツ』感出しといたほうが、まともなヒトなら“シセン”逸らしてくれるし……どうせ何やっててもヒトから見られる時は見られるし」

(……自意識過剰……とも言えないんだよな。看谷、他人からの視線には異様に鋭いから)


 視線は“見て”気づくものではなく“感じて”気づくものだというが、道場での別れの時も背中越しに察知されていた気がするし。

 視線を含め、他人からの“意識”そのものに鋭すぎるとでもいえようか。


(他人からどう見られてるのかを気にしてるんじゃなくて、どんな形であれ“見られる”ことそのものを気にするっていうか)


 そんな彼女の心を表す言葉を村鞘は知らなかったし、知っていたとしても所詮は他人からの色眼鏡にすぎないだろう。

 【キャスケット帽と黒マスク】

 英子が愛用していた人目避けセット。高校生になった頃には人目避けとして用いることはほとんど無くなった。

 ただし、キャスケット帽は通学鞄にもいまだ忍ばせている。黒マスクもなんちゃってマナーアイテムとして常用中で、スペアを完備している。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに彼女の”シセン"は神に祝福された能力(ギフト)のようなもの戦闘では天武の才を悉く発揮する戦乱の世で活躍したならば女でも剣豪に成れただろう。だが現代に於いては無用の長物.........…
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