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8-B「まじなわれ」


  ◯ ◯ ◯ ◯


 後になってふと思い返す。

 ……己己己己道場での1ヶ月間は、“思い返す”ことはあっても“思い出す”ことはできるだけ避けたかった。

 他人からどうしても訊かれた時にはこう話している、


「己己己己道場の1ヶ月は……映画の『ベスト・チャイルド』と『13日のフライデー』が一緒になった感じだったな」

「なにそれー」「変な村鞘くん」「映画分かんないなー」「カンフー映画とスラッシャー映画よ」


 高1の夏、市郎は自分の『ファン』だと憚らない女子生徒たちに苦笑を返しながら剣道の面を被った。

 武道場の中では仲間の剣道部員たちが整列しつつあって、顧問の先生がまだ敷居の外にいる市郎へ顔を向けた。


「村鞘ぁ! 始めるぞ!」

「はい! すいません、今行きます!」

「じゃーねー村鞘ん」「ファイト!」「次はちゃんと予定空けといてよねー」「んじゃ代わりに誰呼ぶぅ?」


 いったん振り切ってしまえばあっさり去っていく『ファン』たちなのだが、どうも無難な程度に捕まってしまうのが市郎の悪いクセだ。

 急いで敷居を跨いでいき、場内へちゃんと一礼するとともに整列へ合流した。


「えーいよいよぉー、県大会が迫ってきた。我が剣道部は例年なら地区予選止まりが関の山だったが、このチャンスを是非ともモノにーするためにー……」


 明後日の方向を見上げながら檄に酔っている先生をよそに、仲間たちが市郎を小突いた。


「よォモテ男……」「あんまラノベ主人公してっとひがむぞ」「中学ん時は札付きだったのによ」「ケケケ」「憎たらしい後輩だぜ」

「ちょ、やめろって痛い痛い……先輩もやめてくださいって……」

「ぁー特に村鞘ぁっっ、おまえは1年ながら先鋒を任された責任を重々忘れないように!」

「は、はい! 忘れません!」


 仲間たちに恵まれ、この度は大会の主力メンバーにも選出されて充実している。

 とは、思う。


「よぅし! 全員、数ある部活の中から剣の道を選んだ初心をぉ今一度思い出せ! その意志がぁーあー道を切り開くのだ! それでは模擬戦はじめ!」

「フワっとしてんなぁ」「根性論だよね」「初心たってなんとなくよ」「ケンドーってカッコいいもん」「防具あっから怪我しねぇし」

(剣の道を選んだ初心、な……)


 仲間たちがユルめに肩を張り合うなか、市郎だけは“マジメ”に考えてしまっていた。


(剣道なら。己己己己道場の経験を活かして、あの時みたいにおもいっきり打ち込める気がしたから……)


 ポピュラーな正眼の構え同士で模擬戦相手と向き合い……、


「ッッッッッッッッ!!!!!!!!」

「ひっ」


 1歩踏み込んだ気迫だけで怯ませた刹那。道場剣法としても『剣道』としてもダイナミックすぎる胴打ちをぶち込んだ。

 しかしそれは、“己己己己道場の恩師”に言わせれば市郎自身が発散すべき活力そのものなのだという。

 ……恥ずかしげもなく言われたものだが、喧嘩に明け暮れるほどの“若気”の至りなのだと。


「だから怖ぇぇって村鞘さぁ!」「ぜんぜん慣れん」「気迫がガチなんよ」「どんな道場で習ってたんだ……」「達人は構えを見ただけで勝ち負けが分かるっていうけど」「構えを見ただけで射殺(いころ)される」

(でも……それだけなんだよな)


 残心とともに一礼した後、市郎は竹刀を握り直した。

 見つめて、何度も握り直すのだ。


(どんな武道に取り組むんだとしても、相手に打ち勝つより自分に打ち勝つものでありたい。己己己己道場の日々が教えてくれたことだ)


 武道を通して己を見つめる意義を、その大切さを市郎は既に知っている。だからこうして高校進学を果たせたし、無軌道だった活力に芯を通せた。

 ただ、


(でも今の俺は、相手に打ち込んでばかりじゃないか?)


 今の自分は、そこから何かを見出だせているだろうか。


(……自分でも嫌になるくらいマジメだな。……“けっきょく自分は変えられないけど、努力するしかない”……か……)


 人に合わせるのはずいぶん上手くなったものだが、打算的真面目青年は努力し続けるしかないのだ……。


  ◯ ◯ ◯ ◯


「……けっきょく自分は変えられないけど、努力するしかないんです」


 その時……あの時、彼女は言ったものだ。

 己己己己道場での1ヶ月を修了しきった時。

 はじめて出会った際と同じ、夜明けから間もない無人の道場で。


「……この1ヶ月の締めくくりがそんな言葉ってなあ。俺の晴々とした気持ちに合う激励が欲しかった」

「……ここで過ごした人には同じ事を言って見送ってます。お婆ちゃんは言葉足らずな人なので」

(看谷 英子……はじめて会った時以外はずっと影薄かったな。家の中でも人目を避けてるみたいだったし、いつの間にか学校行ってたりエル()の散歩に出かけてたり)


 キャスケット帽に黒マスクは相変わらず。初遭遇の時のような部屋着ではなく近隣中学のセーラー服を着ていた一方、ダボったいパーカーを上に重ねて色彩を塗り潰していた。


「……自分を変えられるなら苦労しないです……変えられないからあなたみたいな人がやって来るんです。今はこの1ヶ月の経験で晴々としてても、きっとこれからも自分が嫌になる瞬間を何度も何度も繰り返します」

「……1ヶ月ぶりにまともに喋ったと思ったら、きみは俺に何の(のろ)いをかけに……」


 しかし市郎が笑顔で茶化す前に、彼女は首を振った。


「……それでも自分を変えたいなら、その努力は絶対に諦めないでください。……この1ヶ月でそれくらいの“意志”は身についたと思います……」


 それは(のろ)いではなく、正しくも不器用な(まじな)いだったのだ。


「……そっか。ありがとう」

「……じゃあ。さようなら」

「あっ、おい?」


 やはり市郎は、立ち去ろうとしたその後ろ姿を呼び止めてしまったものだ。

 クールというよりはダークで、しかしダウナーというには形容しがたい熱を燻らせた彼女を。


「……大丈夫か?」


 やはり彼女は、歩みを止めたものの振り返りもしなかった。


「……この話をした後、浮かれたバカ面下げて出ていかなかった人は初めてです。やっぱりマジメなんですね」


 目を強く拭って。その所作が彼女の癖だと、市郎は既に知っていた。

 【おまじない】

 一般的には願掛けやジンクスの意。『まじない』を正確に漢字表記すると『呪い』となり、呪術的な意味から離す為に『おまじない』や『まじない』と呼ぶ。

 ゆえに本来、『おまじない』と『呪い』に区別はない。どちらも行動や言霊に意味を与え、翻って人へ律を与えるものである。

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