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8-4「見えない」


  ◯ ◯ ◯ ◯


(っ?)


 生配信画面に圧倒されていたハナを我へ返らせたのは、無数の中の1振りの刺線だった。

 反りも無ければ刃も無い大刀の形。

 一見すると刺さりようもないくらいなのに。良くも悪くも背まで貫いてくる他者の刺線と異なり、切っ先で胸の真ん中だけをちょうど刺しながらハナと繋がっている。

 ハナはその辿り着く先へ、戦場の彼方へ振り向いた……、


「ちょいちょい、聞こえた?◯ てーこちゃんたちは水鬼城の主なんだぞい、つまりこのゲームでいちばんつおい同盟の1つなのだ~◯」


 しかし。そこから更に、この女の刺線に意識を引っ掻き回された。

 虹色に溶けかけた刀刃だ。不純物を打ち出さずに鍛造したかのようで、人によってはそれを芸術とも捉えるだろうけども……ハナにとってはせいぜい油脂にまみれたアイスクリームだった。


「水鬼城……?」

「そうっ、南の水夏の地の! 同盟の名前は『ふるいどフルイド』!◯ やっぱそのまんますぎるよシヨルちゃん~◯」

「……………………」


 カメラ役のシヨルとやらは小首を傾げて応えただけだった。


「だから上級者としてズバリ言わせてもらうよん◯ 昨日プレイしはじめたばっかりの若葉マークちゃんが、こんなに完璧すぎるのはヘン!」


 ハナはテーコからズバリ指差された。


「チートじゃなくてもさ、例えばフルダイブ感度を上げるツールとか使ってたりするする?◯ 完璧剣豪ちゃんのお口から答えを聞かせてほしいな!◯」

(……完璧? あたしが?)


 呑まれてしまっている。この配信者のペースと配信の空気に。

 そう分かっていて一息に振り払いたくても、ハナは喉に込み上げた言葉すら絞り出せずにいた。


(チートでもツールでもないわよ。相手のシセンが視えるなんて言えるわけないでしょうが)


 言うだけならできなくはない。しかし認められはしないだろう。


(それだけで上手くやってきたわけでもないのに、どうやって説明しろっていうのよ)


 時間をかければ“全て”説明できなくはない。しかし現実的ではない。


(……メンドくさい。メンドくさい。どうしてまたこういうことになるの?)


 このゲームの中だけでも何度目だろう。

 他人の注目(刺線)に縫い付けられ、

 他人の目線(刺線)に絡め取られ、

 他人の(刺線)から隠れたくなるのは。


(あたしは、他に何も考えられなくなるぐらい……他に何も視えなくなるぐらい、闘って闘って闘いたいだけなのに)


 たとえ……それで最後に刺線だけ残るのだとしても。

 だからこそ、少しは好きになれるように努力しているのに。


「だって~……なんていうかさ、人には見えないものが見えてるカンジなんだもんっ◯」

(ッッッッ……)


 直後、ハナの視界(世界)は刺線で覆い尽くされた。

 相手からの意識の違いによって、顔や胸や手元といったように異なる箇所へ刺さるはずの刺線たちが……、

 今、意識の違いに依らず、ハナの目にばかり突き刺さっていた。

 ゆえにハナは、認識しきれない数の刀刃に覆われて何も見えなくなっていた。


(……ああ。久しぶりにこうなっちゃったんだけど)


 ハナは、己の内なる“スイッチ”を切り替えて刺線が視えなくなるようにはできる。

 そうできるように努力してきたからだ。

 だから、

 相手からの意識の矛先に合わせて、顔や胸や手元といったように異なる箇所へ“いなせる”ようにもできている。

 そうしなければ元々、刺線はハナの目を潰してしまうのだ。

 何も見えない、何もいなせられないのだ。


「ゴザザゴポ……シャ、キシャァァ……!」

(あ、っ……?)


 どこからか唸りが引きずられた。

 他でもない、こんな事をしているうちに大蛇ジャクジャクがスタンから起き上がったのだろう。


「あちゃっ、意外と早めに起きちった◯ でも剣豪ちゃんならまたブッ飛ばせるからいいよね!◯ ごめんね◯ それより答えを……」

「もういい。答える義理なんて無いから」


 笠と面頬の間、唯一露わな目元を少女は乱暴に拭った。


「消えて。あと2回、口を開いたら容赦しないから」


 集中、

 集中、

 “スイッチ”を入れる……、

 やがて刺線刀刃たちを目以外へいなせるようになっていき、よく見えるようになっていった。


「ノンノン!◯ 剣豪ちゃん剣豪ちゃん、義理はあるよっ◯ テーコちゃんほどじゃないけどあなたはもう有名人なんだから、他のみんなの“注目”に応えなくっちゃ!◯ ズバリ有名税ってヤツだよね!◯ テーコちゃんほどじゃないけど!◯」


 1回。


(……『2回』ってサービスしたのはさ、あんたが「わかった」って言えるようにだったんだけど)

「ていうか「容赦しない」だってっ、怖~い!◯ まあPvP環境じゃなかったら斬ら……」


 2回。


(予想通りの✕✕✕でいてくれて、ありがとう)


 ハナは刀を逆手に翻し、テーコの喉元めがけて地を蹴った。


  ◯ ◯ ◯ ◯


(……くそ。打算だな、これも)


 やはり集中が切れているのだろうか。

 旧バージョンからプレイしている身でさえ未知すぎるこのレイドに、

 いや変わりゆくこの世界そのものにあてられたかのように。


(ハナ……)


 自分が贈ったゲームで彼女を困らせるわけにはいかない……、

 それは嘘ではない、が、


(そんな使命感っぽい優しさだけじゃ、彼女にとってはメンドくさいだけだって分かってるんだが)


 風来姫が面倒臭い者どもに囲まれている、そんな遠い景色を改めて見据える。

 ……いや。結局のところ、イチが見つめているのは“彼女を取り巻く状況”ではなく“彼女”なのだ。

 いつだって驚くべきことに、たぶん無自覚に世界を変えていくのは彼女なのだ。


(ハナ……辛そうだ。人の視線が嫌いみたいだもんな)


 彼女がリアルでも単独行動(ソロ)を望むのを、イチは知っている。


(目立ちたくないのに目立ってしまうんだ。クールぶってても、彼女は自分の熱を隠しきれないから)


 クールぶっている彼女の、内に秘めた熱さや優しさをイチは知っている……、

 ……そう言いたいところだが確たる自信は無い。


(だから。彼女だけの道を行こうとする彼女が、せめて道を見失わないように……俺は少し離れた道から照らしてやりたい)


 彼女から少し離れた正道に立つを是とする青年には、真に彼女へ寄り添えている自信は無い。

 それでも。ともすれば何が正道なのかすら見ない時もある彼女が、たまには戻ってこられるような(しるべ)になりたかったから。


(けど。やっぱり打算だよ、それは)


 集中が切れている、とイチは強く実感していた。

 遠いはずの景色の中で、彼女がハッと振り向いたのを見たから。

 こちらのことなんて捉えきれないはずの遠くから、彼女が青年の方へ確かに振り向いたように見えたから。


(ッ……!)


 イチは。動かずにはいられなかった。

 無意識や反射的なんかではない。“動きたい”と、己の心底からそう願ったのだ。

 笠と面頬に秘された彼女が、“泣いている”ように感じたのは青年の驕りだろうか。


「みんな……わるい! 後で埋め合わせする!」

「ぬほ!?」「頭領!?」「どこ行くん!」「まだ戦える状態じゃ……!」「んだよ察せおまえら!」「いったれイチちゃん!」「あたしらもデス逝きそうっすけど!?」


 イチは修理もままならない鎧袖で飛び出した。


「《咆哮閃》!」


 ーー 敵視(Hate) 上昇 ーー


「「「ゴザァウ!!」」」

「ふぅっ、っ……《数え刃》!」


 敵視とともに集めた隠鬼祟来無たちから敢えて攻撃を誘い、食らった数だけ大太刀の力に変えて居合斬りを返した。


 ーー 受流(Through) ーー


「「「ザァ……ッ」」」

「っぐ、ッ」


 ーー 鎧袖 大破 装着不能 ーー


 受け流しでダメージカットされてもなお隠鬼祟来無たちを一網打尽。その代わりに鎧袖も相討ちとなってしまい、強制送還とともにイチは吐き出された。


 ーー 鎧袖兵装化武器『隠鬼の証 ヤエヨロイ』(鎧袖主兵装) 解除 ーー

 ーー 『隠鬼の証 ヤヨイ』(大太刀) ーー


 からくり仕掛けの巨大大太刀は消える直前に内部を開放し、核として納められていた生身用大太刀をイチへ返した。

 鎧袖兵装モードより大幅にサイズダウンしているが、蛇腹状の装甲を重ねた風変わりな意匠や青い輝きはそのままな大太刀を。


頭領(リーダー)としても失格だな……。みんなが帰ってこられるような場所にするべきなのに……俺は…)


 それでも今は、イチは走った。

 ハナのもとへ。

 “他人の目”の象徴かのような女から指差され、苦しげに目元を拭った彼女のもとへ。


(ハナ……わるい。俺は……!)


 走る。

 変わりたいと思ったから、走るのだ……。

 【刺線の“スイッチ”】

 看谷 英子は克己を重ね、刺線が切り替えられる数段階の“スイッチ”を意識下へ作った。それは視て見ぬフリをするというより、もっと広い視野で自他を捉える感覚だろうか。

 祖母は言った。「あなたが他者をよく視るほどに、きっとあなたは強くなる」。

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― 新着の感想 ―
[一言] オイ.....いい加減にしろや愚物。(ガチトーン&マジギレ目) たかが有象無象の塵芥が誰の前でその汚ねぇ面晒してんじゃ汚物が(冷えた目)
[一言] セリフに紛れてる◯がウザイの何の 地雷の上でタップダンスするのが上手い奴だなぁ…!
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