8-3「最悪の地雷」
音波攻撃も止まったので、多くのパーティが集中攻撃とともにジャクジャクへ群がった。
隠鬼祟来無の処理にまだ専念せざるをえなかったり、鎧袖の応急修理などで立て直しを図るしかないパーティは悔しげだったが。そんな風に明暗分かれる流動性もまたレイドバトルならではだ。
「へえ! 他のボスでも失神なんてしないのに、情けないんだけど!」
「大規模討滅に指定される強敵は莫大なHPを有する代わり、攻撃で受けた霊気を放散しきれずこのような前後不覚に陥ります。覚えておくといいでしょう」
もちろん、この盤面へ戦況をひっくり返したと述べて差し支えないソロパーティ……喋る千方火を引き連れた風来姫は、追撃へひた走る。
生肉が見えるまで鱗を砕いた目前の蛇腹へ……、
ではなく、
「そこ! あたしはいいから好きにしちゃって!」
「ん?」「え!?」「そりゃありがたいけどっ」「剣豪ちゃんは!?」「なんで!?」
暗黙の了解で先駆けを遠慮していたらしい他のパーティへ譲り、少し向こうに寝そべったジャクジャク頭部めがけて走るのだ。
何故なら……、
「ふるふるって~こんばんにちようっ◯!」
「けおっ!?」
しかし思索は、珍妙な挨拶によって阻まれた。
目の前へ大の字に滑り込んできた人影が、ハナの行く手を阻んだのだ。
「おはックリ~◯ あなたのFeelにHitするぅきっと来るぅ、『Fluidゲーミングリポート』の古井戸 てーこちゃんだぞっ◯」
「わー!」「イェーイ!」「てーこさぁん!」「待ってました!」「わこつ!」「今日も尊い!」
取り巻きらしい稀人たちを肉壁よろしくわんさかと引き連れた、とりあえずテンションからしておかしい女だった。
「ちょ、急になに?」
「あなたがウワサの剣豪ちゃんだよねっ◯ いま配信中なので質問させてちょ~だいっ◯!」
「急になに!? ハイシンチュウ……配信者!?」
「そうだおっ◯ その名も古井戸 てーこちゃん、みんなが訊けないゲームの闇を暴く為に電子の深海から這い上がってきた辛口系ゲームリポーターなのだぁ!◯」
配信者。動画サイトやライブアプリなどへコンテンツを制作し、特に職業として収益化しているクリエイターのことである。
「これが『BooTube』のリンクだよ~、高評価チャンネル登録よろしくねっ◯!」
三毛猫の狐狗狸族の女だった。ただし獣毛などを備えた獣寄りではなく、猫耳と尻尾が付いているだけのコスプレじみた人間寄り。
それこそ古井戸から這い上がってきた亡霊よろしく薄幸そうな顔立ちなのだが、ツインテールを結わえた髪はアイスクリームじみたポップなメッシュを入れまくっている。
細かな工夫を枚挙すれば暇も無い甘ロリなメイクも含め、明暗のギャップが可愛い……、
いや、あざとい。
ハッキリ言って地雷系である。
(ヤバい……)
ソロ専のハナには逆に分かる。コイツは他人と繋がりたくて仕方がないコミュ勢だ。
(メンドくさい……)
化粧っ気の無いハナには逆に分かる。コイツの可愛さはオシャレの四則演算により汗水垂らして“作られた”ものだ。
「あっ、『おにづま』さんスーパーチャリン(投げ銭)ありがと~◯ じゃあせっかくだから『おにづま』さんの質問からイこうかなっ、え~っと「剣豪の人はチート使ってるんですか?」……うんうんソレっわたしも気になってた~◯ ぶっちゃけてどぞ!」
「はぁ!?」
ーー テーコ 職業『踊り子』 ーー
踊り子というよりはアイドルめいたパステルカラーの法被を着た彼女から、よさこい踊りに用いる鳴り子をマイク代わりにカンッと向けられてしまった。
「いや、今レイド中なんだけど! てかヒトのこと勝手に配信しないでほしいんだけど!」
「う~ん答えになってないゾ◯ それにダイジョ~ブっ、利用規約に則ってあなたの個人情報は自主規制してるからっ◯ ね、シヨルちゃん!◯」
「……………………」
と、テーコがウインクしてみせた先には配信ソフトのカメラウィンドウを構えた無言の女がいた。
いかにも呪われていそうな重鎧を部位ごとにチグハグなシリーズで纏った、狩りゲーでいうところの『キメラ装備』な女が。
晒し首風の兜から長い黒兎耳がうにょーんと出ているのを見るに月兎族のようだが、それ以外は生身が見えている箇所なんて1つも無かった。
背負った大鎌も含め、地雷系テーコとはまた違った意味で触れるのを躊躇わせる風貌だった。
そんな女がウィンドウのクローンをハナへ提示してみせて……、
テーコとともに映った風来姫だけが、頭上のネームプレートや顔面にキツめのモザイクをかけられていた。
「ヒトの顔面を猥褻物扱いしないでほしいんだけど!?」
「あっ、じゃあ顔出しオッケーってことかなっ?◯」
「そうじゃないけど!」
「う~ん、でも今さらじゃないかな?◯ 剣豪ちゃんの意思をソンチョーするけどなっ◯」
たしかにゲーム内では久藻からワールドアナウンスされてしまった身ではあるし、ウシャナ戦の時点で既にSNSへ拡散されてしまった身でもあるが……、
(うっ)
ウィンドウを、直視してしまった。
世界最大手の動画サイト『Bootube』への生配信に自分が映っているのを目の当たりにすると、さすがに息詰まった。
『おっw』『カワイイ? カワイイ?』『少女剣豪とか草』『頭装備ジャマ、顔見えない』『笠、外させてみて!』『外させてもモザイクで見えんだろ』『モザイク除去ソフトあるよ』『原理的に無理だからソレ』『そこの蛇よりよっぽど化け物だな』『どうせチーターでしょ』『攻略ツールも規約違反だぞ』『DL版ポチってきました』
(コ、コイツこんなに人気なの!?)
なんと視聴者数は5桁に上り、コメント欄の流れも勢いづいていたのだった。
「ワハハ」
そんなハナの驚愕を知ってか知らずか、テーコは恥ずかしげもなさそうにふんぞり返るのだ。
「てーこちゃんたちは、水鬼城の主なんだぞい◯」
◯ ◯ ◯ ◯
「マズい……! アレって水夏の地の……古井戸 てーこか……!?」
ハナの同級生にしてゲーム仲間、イチは見ていた。
まだ豆粒ほどの大きさにしか見えない遠方で、ハナがBootuberの一党に粘着されているのを。
「リーダー動くな!」「ヒールがブレる!」「おいおいハナのお嬢……」「厄介なのに捕まったな」「うちらもな!」「捕まったってか擦られたっていうか!」「はよ代わって頭領ぉぉ……!」「あたいタンクじゃないのよアタッカーよぉ!」
「っ、今行く……もう少し待ってくれ……!」
「「「ゴザウゴザウゴザウゥゥ!!」」」
全滅した他パーティからターゲットが移ってきた隠鬼祟来無3体を相手に、イチのアライアンスパーティは苦戦を強いられていた。
(『Fluidゲーミングリポート』……音声読み上げソフトだけで動画上げてた頃は、辛口でも的を得たゲームレビューがスカッとしたんだが。Dtuberとしてアバターで出てくるようになってからは、炎上スレスレの突撃取材や陰謀論ばかり……)
分担して防衛線を張りながら、ヒーラー職やからくり師による立て直しに注力。
(……それで良くも悪くも人気配信者になるんだからネットって怖いな。顔面が良いからか?)
前衛盾役としてメインを張るイチが、さすがに生命力的にも鎧袖損傷度的にも危なくなっていたのもあって……、
(っ、集中切れてるぞ! 俺がハナに贈ったゲームなんだ、あんな風に困らせるわけにはいかない……!)
とてもではないが、あの大蛇の頭部まですぐには……、
(……くそ。打算だな、これも)
いや、あのハナのもとまですぐには駆けつけられなかった……。
【BooTube】
世界最大手の動画サイト。名の由来は『Boot(始動)』と『Tube』を合わせて『あなたにしかできない番組を始めよう』という願いから。
リアルマネーを貢いだ分だけクリエイターへ強調チャットを送信できる『スーパーチャリン』システム導入の頃から、『BooingTube』と揶揄される課金圧とファンサ強要の伏魔殿と化した。




