0-3「『稀人逢魔伝』というゲーム」
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『【初心者向け】 鎧袖システムでマゾゲーから新生した覇権ゲー、稀人逢魔伝 【徹底解説】』。
そんなタイトルを虹色に輝かせたサムネイルがタッチされ、シークバーが進められる。
『ーーかつての稀人逢魔伝は、いわゆる死にゲーから影響を受けたタイトルでございました』
立派な屋敷の中。カメラ目線を送っていたのは、青さめを模した変わり兜で目元まで覆った『傾奇者』だ。
『すなわち死にゲーの死闘感と達成感をコンセプトにした、高難易度MMOだったのでございます』
慇懃な物腰の女ではあるのだが、さめ兜のせいで薄い笑みの口元しか見えないので胡散臭い。
『ようこそ『まれおう物解録』へ。わたくし、管理人のトセと申します』
頭上に『トセ』という名を掲げた彼女は、お手本のような恭しい一礼を捧げた。
『さて。高難易度MMOとして世に出た『稀人逢魔伝』でしたが、大多数の方々には高難易度が過ぎたようでございます。当時は『死にゲー』どころか『マゾゲー』と呼ばれる有り様でございました』
そして姿勢を正した時は、また淀み無く語り出すのだ。
『なにしろこのゲームにアバターの“レベル”は存在いたしません。全員一律の能力値を『武器攻撃力』・『防具防御力』・『スキル振り』で補いながら、プレイヤースキルを頼りに攻略しなければならないのです』
ウィンドウが展開される。
『現行のバージョンと区別して、当時の旧バージョンは『終末版』と呼ばれております』
『終末版』と注釈テロップを浮かべたその中では、かき捨ての森が映っていた。
餓鬼とタイマンあるいは包囲されたプレイヤーたちが、文字通り化け物じみた猛攻を捌ききれずに次々とやられていった。
『わたくし個人の感想を申し上げるのならば、死にゲーとしては完成しておりました。理不尽な調整は無く、全てプレイヤーの行動次第で生死が決まるフェアなものでしたから』
この手のアクションRPGのザコ敵にあるような、『棒立ち』や『無駄行動』といった遊びは一切無い。餓えた小鬼らしく獰猛かつ姑息に、されど理不尽な動きではなく丁寧に殺してきていた。
『しかし千差万別のプレイヤーが影響し合うMMOにおいて、死にゲーのコンセプトは相性が悪すぎたといえるでしょう。『難しい』と『理不尽』は似て非なるものでございますが、多くの人々が声を上げた結果『死にゲー』ではなく『マゾゲー』という評価に落ち着きました。致し方のないことです』
彼女はウィンドウメニューを介さずに手振りとともに念じる様子を見せた。
『そこでサービス終了を回避する意味でも起死回生を図り、稀人逢魔伝はあるバトルシステムとともに回生いたしました』
すると、からくり外骨格が傍らに召喚されたのだ。
『その名は『鎧袖』。俗に『回生版』と呼ばれる現行バージョンの稀人逢魔伝において、メインとなる強化外骨格システムでございます』
『鎧袖』の筆文字がデカデカと画面いっぱいに表示された。
『職業やスキルを問わず、扶桑城下でチュートリアルを進めれば誰でも入手可能です。扱いが難しそうに見えるかもしれませんが、ロボットの操縦というよりは鎧を着込む感覚をイメージしていただければよいかと思います。皆様の手足となり、魔と戦う力を強めてくれるのでございます』
トセが身を翻せば、鎧袖自体が動きに合わせて瞬時に装着された。
『鎧袖装着によって、武器攻撃力、防具防御力、そしてプレイヤー自身のフルダイブ感度にプラス補正がかかります。生身の数倍もの戦闘力を初期カスタムから発揮できることでしょう』
大砲や杭打ち機などの四肢兵装や、武器を収納した鋼鉄の大袖をデモ動作させる。
『例えば重火器に全振りして歩く火薬庫となるのもよし。例えば脚部兵装にローラーやブースターなどを積んで高機動剣士になるも良し。サイドアームを用いた錫杖四刀流の法術師や、回復薬をバズーカで射出する薬師などもおられますね。豊富なカスタマイズ性が鎧袖の醍醐味でございます』
換装メニューを開いて操作すれば、彼女が挙げたようなカスタムプリセットへ変幻自在にスタイルを変えた。
『回生版の稀人逢魔伝は、この鎧袖装着を前提として戦うシステムとなっております。終末版から敵の強さなどは変わっていないのですが、だからこそ簡単操作でド派手に強敵を倒していくゲームとして人気を得たのでございます』
またウィンドウが展開されると、そこは暗雲立ち込める古戦場だった。
『プレイヤースキルで超えていく“死にゲー”というよりは、装備の力を育てていく“狩りゲー”に近くなったといえましょうか』
鎧袖を纏った猛者たちが、地を埋め尽くさんばかりの妖たちとパワーバトルを繰り広げていた。
餓鬼や河童といった小型の妖は、ゴリ押しすれば無双ゲーよろしくバッタバッタと薙ぎ倒されていく。
土蜘蛛、牛頭に馬頭、火車といった中型~大型の妖たちとも鎧袖の力で誰もが互角に押し合えていく。
『ただし鎧袖は破壊されますゆえ、生身での戦い方……というより生き残り方も鍛えるのをオススメいたします。終末版から一貫してキャラクターレベルの概念が無いため、土壇場でモノを言うのは皆様自身のプレイヤースキルでございますから』
鎧袖を破壊された一部のプレイヤーたちがスタコラと逃げ出すか足掻いていたが、だいたいみんなキルされていた。
古戦場の趨勢とはまったく異質にただ殺戮を舞っていく存在……ウシャナという名の死神にだいたいキルされていたのだ。
『そうそう。何かしらの明確な意志によるものでないなら、敢えて鎧袖無しで戦う遊び方はなさらないほうがよろしいでしょう。開発陣は生身のまま戦える仕様を意図的に残しているようですが、悲しいかなプレイヤーからは白い目で見られることも多いのです。少なくとも野良のパーティなどでは事前に了解を得るなどいたしましょう』
ウィンドウを除け、鎧袖からも降りたトセは悪戯っぽく笑うのだ。
『わたくしとしては生身で戦うのも……いわゆる『袖無し』も、依然としてこのゲームの楽しさであると考えておりますが』
そして、この解説動画そのもののシークバーにまた指がかけられる。
「はは……トセさんも良い意味で変態プレイヤーだからなあ。初心者解説でディープなところに突っ込みすぎだろ」
ベッドに寝転がっていた村鞘 市郎は、動画視聴に使っていたヘッドマウントデバイスの位置を整えた。
『ーーというわけでゲーム開始早々ですが、どのスタート地点でも現れるこの初陣狩りのキドーからは逃げましょう。中~上級者向けのエリアを本来の縄張りとするユニークモブでございますから』
シークバーを進めれば、動画の残りはチュートリアル突破までのチャート紹介。初期クリエイトのままの武将キャラが、様々なロケーションでキドーから逃げる様子が映し出された。
『倒すのは不可能ではございません。ただし毒の地形や落下ダメージを利用したり膨大な数のクリティカルヒットを与えたりと、あらゆる手を使わなければいけないでしょう。あるいは……“フェイタルヒット”を達成すれば理論上は瞬殺も可能ですが……』
「看谷のヤツ、今ごろ扶桑城下で鎧袖のカスタマイズでもしてるのかな。……いや、悩むのメンドがって初期プリセットのままかも。最悪、チュートリアルを斜め読みしてポンコツ鎧袖にしてる可能性もある」
市郎は知らなかった……、
「よし。鬱陶しがられるだろうけど、探しに行ってみるか」
彼が思う『最悪』を超え、ガイド鬼火をシメた脳筋風来姫はそもそも扶桑城下へ入ってもいないのだと。
ーー 鎧袖 ーー
ーー 稀人の為に開発された強化外骨格型からくり ーー
ーー 稀人が有する強い霊気と意志によってのみ力を発揮できる為、自律化は断念されている。袖を通す人柱ならいくらでもあるのに ーー