8-2「リズム・リンボー」
「これって。御札?」
「おうよ! 相応符ってんだ!」
ーー 『相応符』(貴重品) ーー
四方を彩られ、循環あるいは拮抗を表すように呪文が印を結んだ御札だった。
「俺専用の術式だから陰陽霊符としちゃ使えねぇが、ジャクジャクに勝てねぇと思ったらあの八尺堂で使ってみな! おまえの力になってくれるぜ!」
「えぇー……なんでこんな時にそんな事言うかな莢心様も。気になるんだけど」
「八尺堂に転移先を指定しますか?」
「こほほほふふふ……勝てぬと思ったらなどと異なことを」
しかしハナが逡巡している間に、久藻が悦に入ったように笑った。
「無問題じゃろうて! 鎧袖輪回とて副産物に過ぎぬ、チカが戻った今こそ鎧袖輪廻を発揮する時じゃ!」
「久藻、それを決めるのはハナです。……ハナ、転移先の指定を」
……ハナは、固有名詞や新システムを詰め込まれた脳が少しでもほぐれるようにと額を揉んだ。
「だから……だからあ、何それ。ガイシュウリンネ?」
ハナはとっとと死闘感に浴したいのに、次から次へと見るべきものを寄越してくれるものだ……。
◯ ◯ ◯ ◯
だが、
「ジャクジャク!」
「ココポゴゴ……ゴシャァ……ザ、ウゥゥ……」
“新たなる死闘の旅路”の“その1”、青き大蛇をハナは高々と指差したものだ。
「……もとい! 春隠の地の守護神、“隠鬼”!」
この春隠の地の景観に似て、桜樹を生やした大蛇を。
「いざ尋常に、神殺しといきましょ!」
風来姫の剣風譚は、新たなる“啓蒙”とともに次篇へ突入していた。
最初は何でも見てみぬフリがしたくなるのはハナの悪いクセだが、この『鎧袖輪廻』システムは控えめに言っても最高最凶の御業だった。
ーー 《鎧袖輪廻》 ーー
ーー 鎧袖改造の型(Build)に応じ、特定の鎧袖能力値を絶大強化したうえで稀人能力値へ変換する
ーー
ーー 戦闘終了まで解除不可。また発動中は鎧袖輪回を除いて全ての鎧袖機能が使用不可となる ーー
ーー 発動中に死亡すると、全技能魂、全通貨、全所持品(貴重品を除く)、全鎧袖兵装を失う ーー
「だからっっ、逃・げ・る・なぁぁぁぁ!」
「キシャコボボボボ……!」
なんとバック蛇行しはじめた大蛇を、ハナは猛追走していった。
「コポポボシャラララララ!」
と。ジャクジャクは後退の中で尻尾だけを器用に上げると、ソレをガラガラ蛇よろしく震わせた。
するとそこから、目に見える音波が多重円を描きながら放出された。
1波ごとに様々な色味を持ち、リズミカルに戦場全体へブッ放されていったのだ。
(この感じ……)
さながら色とりどりの波紋。そのイメージに覚えのあったハナは、反射的に飛び込むようにフレーム回避していた。
一方、他のプレイヤーたちは初見対応しきれずに接触してしまった者が多かった。
音波ながら攻撃技であるようで、吹っ飛ばされながらダメージエフェクトが突き出ていた。
「なんだよ!?」「しまっっ」「新技!?」「ぬかった……!」「こっちも忙し、い、っ」「あ」「あっ」「あっっ?」
ーー 混乱(Confusion) ーー
ーー 麻痺(Paralysis) ーー
ーー 凍結(Freeze) ーー
ーー 猛毒(Toxic) ーー
ーー 魅了(Charm) ーー
ーー 沈黙(Silence) ーー
ーー 火傷(Burn) ーー
「「「「「「「「!??!?!!!?!」」」」」」」」
そして波及したのは、色とりどりな状態異常の坩堝だったのだ。
回って、痺れて、凍って、えづいて、疼いて、詰まって、転げた。
音波の色ごとにアラカルトに、変質してしまった霊気とともに稀人たちは悶絶した。
とはいえレイドに参加するほどなので手練れも多いらしい、ヒーラーの巫覡や薬師が「任せて!」と得物を振るった……が、
「「「「「「「「ゴザァウ!!」」」」」」」」
それよりも先に、どこか嬉々とした超反応とともに動いていたのは隠鬼祟来無たちだった。
《影縫い》で妨害中のパーティに状態異常者が発生するやいなや、専守防衛の構えから一転飛び出して……、
「「「「「「「「《ヤミウチ(闇討ち)》ッッ!!」」」」」」」」
「「「「「「「「こぼっっ」」」」」」」」
相手の状態異常の色彩に合わせて忍刀を鈍く光らせ、丹田へ刺し込んだ。
ーー 《闇討ち》 ーー
ーー 状態異常中の相手へ確定会心(Critical Hit) ーー
どれほど重装備だろうと関係無く。またどんな動きをしていても関係無く、忍刀の霊気が伸びて敵の“闇”を討ったのだ。
蕗下族のちまっこさに似合わず凶悪な攻撃力の持ち主のようで、その一撃だけでデスしてしまった者たちも相当多かった。
(弱り目に祟り目ってヤツね。シャクシャクの水柱と違ってダメージ判定もあるじゃん、コワ)
あのふしだら尼僧シャクシャクと、この大蛇ジャクジャク。祟来無や状態異常を駆使するのも含めて“知らない感覚”ではなかったので、ハナは他のプレイヤーたちよりも慌てずに初見対処できていた。
(でもアレより格段に避けやすいわ。音ゲーなんだけど、っと、っよ、っほ!)
『音波』だけあってその式波には規則的な拍子があり、見抜いてしまえば気持ち良いくらい軽快にフレーム回避できた。
死にゲーにおける回避やパリィの呼吸は音ゲーに例えられることもあるくらいだ。そう聞き齧って音ゲーでリズム感を鍛えているハナに抜かりはない。
「ガ、ガードガード!」「ダメだぁぁ状態異常値は蓄積されてく!」「避けろってかぁ!?」「こんなドタバタしてんのに!」「無茶言わないでよ!」
(あ、久しぶりに『リズム辺獄』やりたくなってきたんだけど)
バッドなステータスをジリ貧に食らっていくパーティたちの合間を、ハナは音ゲーのノーツを超えていく調子でクルクルクルルと跳ねていった。
「フルコンボでオールパーフェクトよ……っ、文句無いでしょ!」
「コポポポシャシャシャッ……!」
そうして再び、バック蛇行中のジャクジャクの懐へ追い付いた。
「もう1回遊んでもいいけど!!」
「シャガッッ……ッッゴザァッッァァ!?」
鎌首をもたげた大蛇が攻撃モーションを発生させる前に、胸にあたるのかもしれない蛇腹へ溜め突きを抉り込んだ。
頭部へのフルスイングでは十数メートル範囲に渡って盾の鱗を打ち砕いたものだが、蛇腹は肉質がより硬いようだ。刺突で攻めたのもあって人間大ほどしか破壊できなかった。
その代わりに一点集中させた突破力は、大蛇を押し千切りかねないほどの鋭い“く”の字へブッ飛ばしたのだ。
さらけ出された薄紅色の生肉のそのまた内へ、よほど効いたのか……あるいは他の稀人たちの攻撃も含めてダメージが蓄積されきったか、
「ゴザウボッッ」
大蛇は、白目を剥いて戦場にノビたのだ。
まだ生きているようでゼハゼハと打ち震えてはいたが……、
その状態を目の当たりにして、誰もがハッとした。
ーー 失神(Stun) ーー
「キタァァァァ!」「スタン入った入った!」「スゴすぎるんだぜ剣豪ちゃんん!」「ありがとう!」「殴れ殴れ!」「囲め囲め!」「かもせー!」「今のうちに立て直せ!」
ある程度のゲーマーなら、これがチャンスフェーズだと直感せずにはいられないだろう。
ーー 鎧袖輪廻 ーー
ーー 鎧袖改造の型(Build)に応じ、特定の鎧袖能力値を絶大強化したうえで稀人能力値へ変換する
ーー
ーー 副産物として鎧袖輪回や義顔機能も見出だしながら、久藻はついにこれを完成させた。いつか現れるを願った英雄の稀人なら、千方の神力をも正気の淵で浴し続けられるやもしれぬ ーー




