8-1「神降ろし」
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「つまり……」
ハナがジャクジャクレイドへ降り立つ数十分前。星霊殿の交龍の間にて、千方は『四鬼復活』計画について語っていたものである。
「そなたが我に為したように、
1度殺してから、
受肉させます」
「3行でありがと」
やはりそういうことか。狂える龍と化していた千方が、死闘のドサクサに紛れて新しい受肉体とやらを構築したように。
「でも四鬼って四鬼境そのものになってるんでしょ? 土地をどうやって殺すの?」
環境破壊でもするのだろうか。扶桑国は全長4,000Kmもあるという話で、四鬼境1つにしても単純に数百Km近くはあると思うのだが。
「何物にも“核心”というものがあります」
致命撃(Fatal Hit)の刺点にも用いられている語を指し、千方は頷いた。
「四鬼境……すなわち四鬼たちにおいて、それは彼らが融合した『瑞獣』です」
「ズイ、ジュウ?」
「気が遠くなるぐれぇ長生きして、土地神として国を護ってくれるようになったケモノだぜぃ」
と補足したのはロボ殿様莢心だった。
「元々『四神境』って呼ばれてた扶桑国の四方を司ってたんだが、逢魔時の後は魔物と戦ってるうちにすっかり穢れちまってよぉ。千方が寄越した四鬼たちに後を任せて隠居せざるをえなくなった、不憫な女どもなんだよ」
「豆腐よりもヤワなだけじゃろうて。あんな生臭尼僧どもをオンナ扱いするでないわ」
(尼僧? それって)
莢心の正室久藻が最大級にイライラと牙を剥き出していたので、ハナは深くは訊けなかったし訊かないほうが良さそうだった。
「その瑞獣の肉体とともに四鬼の魂は四鬼境そのものと同化していますが、急拵えで土地神へと昇華させた為に対話や命令は一切受け付けません。完全なるすたんどあろーんにて護国に務める、ただそういう存在となっているのです」
「あんたと似たような感じね」
四鬼事変に際し、溢れる魔物に対抗すべくホットフィックスで立てた守り神。千方が不在の間でも完全単独で土地を司ってきた存在が、今の四鬼ということだろう。
その結果として話が通じなくなっているとは、狂える龍と化していた千方ともども難儀な話である。
「ただし我の権能を行使すれば、瑞獣の肉体と四鬼の魂を抽出して地上へ降ろすことは可能です」
「ん? 魂を抽出……っていうのができるならそれだけで良くない? なんで瑞獣の肉体も?」
魂だけ呼び出して、とりあえず肉団子にでも突っ込めばいいのではないだろうか。
「四鬼事変により融合した双方は切っても切り離せないのです。仮に魂だけの抽出が可能だとしても、多大な霊脳演算能力を有している瑞獣の肉体をただ死蔵するのは悪手です。後々の展望の為にも」
「ふうん。そんなのと融合してる四鬼を殺す……ね」
そう言われれば、ただオバケを降ろしてくるよりよっぽどイイ気がしてきた。
「瑞獣と四鬼の融合体を、髄となる獣と書いて“髄獣”と呼称しています」
要するに当代と先代の合体土地神が相手になるわけで、はてさてどんな死闘感香る御姿をしていることやら。
「手始めに春隠の地の隠鬼へ挑戦するのが順当でしょう。八尺堂の封印なら既に解除されましたから」
ハナは「……お?」、首を上げた。
千方の言葉もそうだが、ウィンドウに表示された1体の存在に目を引かれたからだ。
桜樹が生えた青い大蛇が、モデル鑑賞モードめいてゆっくりと回っていた。
「ちょうど星辰が満ちていたので、先ほど降臨処理を発動しておきました。実数領域固着まであと3秒……2……1……発生です」
ウィンドウがもう1枚重複すると、映し出された光景が爆ぜた。
そこは桜の大樹と樹海に満ちた、春隠の地だった。
『コポ、ッ……シャァァァァァァァァ!!』
樹海に突如として地中から大穴が開き、そこから超巨大な大蛇が吐き出されていたのだ。
コンパスで描いたように真円なる大穴には、数瞬、見開かれた目の形を結んだ神気の法陣が残っていた。
「旧『清瀧の地』の土地神、ジャクジャクです。さあハナ、可及的速やかな出立を推奨します」
「だーっ、もう! あんたってどうしてそうヌルッとブッコんでくるの!」
と跳ね起きながらも、ハナの目はキラキラしていた。
「おおう……“せいら”のヤツ、久藻から腹に正拳突き食らった時より荒ぶってやがる」
「想像妊娠じゃと証明したのにまだゴネおったからじゃ。……っと、待つがよいハナ! 此度の礼も兼ねてわらわから渡すものがある!」
とりあえず中庭のほうへ飛び出していたハナだったが、千方はまだ上段の間に座っていたし久藻に呼び止められた。
「もーっ久藻様まで、後にしてよ後に。こうなったらあたし、居ても立ってもいられないんだけど」
「良い女と年寄りの親切は素直に受け取るものじゃぞ。ほれ千方、そちの追憶を宿したハナなら例の鎧袖輪回も扱えるじゃろうて」
「承諾。ハナ、その中庭に鎧袖を喚び出してもらえますか」
「ガイシュウ……リンカイってなに?」
ハナは言われたとおり傍らへ鎧袖を喚び出したが……
すると、千方火戦での大破はいつの間にか直っていた。
(あれ? そういえば地獄で落っことしたのに直ってる……自動修理されるんだ)
「どうぞ」
「え?」
ようよう立ち上がった千方の手から神気が照射され、ハナを経由して鎧袖へ宿った。
ーー 『戦いの追憶・千方火』(残魂) ーー
ーー 鎧袖輪回 ーー
ーー 『千方の証 使天龍・ソィクニァノチカャチ』 ーー
「え!?」
すると鎧袖は、質量保存の法則をまるで無視して巨大に変形していったのだ。
そして3秒と経たずに完成した。
“ソレ”は、千方の真体あるいは神体だとかいう龍の姿を象ったからくりだった。
しかして、あの狂える龍そのままな悪夢の異形ではなかった。
さながら、龍の戦乙女とでもいうべきか。
リメイクというよりはリブート。とことんまで還元していった“本質”を再解釈したようなからくり龍だった。
「喜ぶがよいぞ、それは飛行機能を有する超希少な鎧袖輪回じゃ。わらわが知る限り、そなたは天翔ける最初の稀人となるじゃろう」
「なんだ、マウントってこと……わっとっ?」
頭部のすぐ後ろが乗りやすそうな足場状になっていたので、どこからよじ登ろうかと手を触れた……だけでハナは浮遊。
ソィクニァノチカャチが纏った霊気が磁場のように働き、ハナを背へ運んだのだ。
「へえ、悪くない景色なんだけど」
足裏が吸い付くように立たされ、かなり身を捻ってみても安定しきっていた。
「転移先の指定を求めます」
と、千方も同じようにして上がってくるとハナのそばに腰かけた。手元に転移門の鬼火を渦巻かせながら。
「おうハナ、千方、俺らは城に戻るぜ!」
一方、莢心と久藻も中庭へ見送りに出てきた。
「それとコイツは、俺からも餞別だ!」
ロボ殿様が懐をカードホルダーよろしく開き、中から抜き取った1枚の長方形をハナへ投げ渡した……。
ーー 残魂 ーー
ーー 『◯◯の追憶』という形で手に入る、強敵へ勝利した証となる変質霊気。所有しているだけで、装備・鎧袖兵装の新規開発や鎧袖輪回の取得が可能になる ーー
ーー 剣や弓の道に『残心』という作法があるように。それは強敵との戦いを通して己を見つめる為の残り火である。そして往々にして、心中の強敵は己の都合の良いように変質する ーー




