7-8「カミかアクマか」
まもなく地面一帯に霊気の着弾予兆が先んじて現れたが、それらを見る直前からハナには刺線の予兆があった。
(祟来無はDPSチェックだったわけね)
DPSチェック。隠鬼祟来無がパーティごとに粘着していたのはおそらく、時間内に倒しきらないと影縫い状態のままであの鱗に空襲されるギミックなのだろう。
「じゃあこっちも、いっっくわよ!!」
もちろん既に影縫いから脱していたハナは、他の稀人たちが空襲されていく阿鼻叫喚の中を一矢の光がごとく駆け抜けた。
着弾予兆と刺線、それにこの絶大強化された素早さがあれば。鱗の桜吹雪なんてそよ風ほどにも感じなかった。
「さすがに弾殺で打ち返しはしませんでしたね」
「え、できるの?」
「否定。今度こそ往生してから教えようと」
「この悪魔天使!」
ーー 弾殺(Parry) 不可 ーー
逸って鱗へ刀を振ったハナだったが、切っ先がかすっただけでえげつない反動にきりきり舞い。
それでも受け身すら疾走の一部と化し、ハナはあっという間にジャクジャクの喉元へ再到達したのだ。
「ジャストタイミング!」
というのも、大蛇は稀人たちへ頭突きを振り下ろそうとしていたから。
全員が退避へ散っていく中で、ハナだけはその逆に顎下の影へ飛び込んだ。
そして、
ーー 装備変更 ーー
ーー 『千方の証 臨華』(両手持ち) ーー
「ッッッッジャストミート!!」
「シャギャッッ……!?」
外角高めすぎるツーシーム頭突きへ、一刀流フルスイングをぶちかました。
「「「「「「「「おおお!?」」」」」」」」
それはジャストミートどころか、他のプレイヤーの誰もが見上げるホームランだった。
聳えんばかりのジャクジャクが、下顎を天へ向けてしまうほどにのけぞったのだから。
盾じみた鱗が打点を中心に十数メートル範囲で砕け散り、薄紅色の生肉が鮮烈にさらけ出されたのだから。
ただしそれはパリィではなかった。
「剣豪ちゃん!?」「例のパリィ戦法か!?」「いや違う!」「レイドボスは弾けないわよ!」「じゃあなに!?」「たぶん普通に……っ」「でも一撃でだぞ!?」「じゃあ俺らの攻撃が蓄積して……」「それでもあんなにぶっ飛ぶかよ!」
パリィや受け流しのような筆文字エフェクトも現れない、今までも何度となく見てきた現象だった。
(いけた。ノックバック成功)
怯み(Knock Back)。
攻撃回数の蓄積や高攻撃力の重い一撃により隠しパラメータ『強靭度』を削りきると、敵味方問わずモーションキャンセル付きののけぞりが強制発生する仕様。
『意志力』を削りきって致命撃を為す仕組みと似ているが、このゲーム独自のソレとは異なり数多の死にゲーにありふれた駆け引き要素である。
なにしろ大抵のボスは……ましてや巨大ボスなら確実に、一撃でプレイヤーをノックバックさせる攻撃性能を有している。
対してプレイヤーがボスをノックバックさせるには、必要な攻撃回数を感覚で覚えてから試行していくのが通常である。
つまり同時に攻撃を被せ合うのなら……まずもってプレイヤーが怯まされるところ、それでもなお相手が怯む可能性に賭けられるかを試さなければいけない。
その賭けに、ハナはひとたび勝った。
“後出しジャンケン”を遵守するスタイルのプレイヤーにはあまり重要ではない駆け引きなのだが……、
事ここに至り、“今のハナ”にとっては最重要の賭けだった。
「ッッッッもう一丁!!」
「コポポシャァァァァ、ッ……ッッッッギャァ!?」
そして再び。ジャクジャクの返す頭突きを、返す刀でノックバックさせたのだ。
となれば。もう、これはラッキーな勝ちではなかった。
(……よし。この攻撃力なら、確定ノックバック入るね)
脳筋ハナは、確信とともに笑みを研いだのだ。
(打刀で特大剣プレイできるなんて、夢みたいなんだけど)
上段『八相』の型へ……打刀をもはやバットか特大剣よろしく担いだ構えにて、後退りしていったジャクジャクを見据えた。
そんなハナの目にはもう映っていなかったが、目撃者となった稀人たちは心の底からこう実感していたことだろう。
この少女剣豪は、こんな化け大蛇を一撃で怯ませる攻撃力の持ち主なのだと。
そして……、
ーー 《鎧袖輪廻》 ーー
ーー 鎧袖改造の型(Build)に応じ、鎧袖能力値を絶大強化したうえで稀人能力値へ変換する
ーー
ーー 戦闘時は解除不可。また発動中は鎧袖輪回を除く全ての鎧袖機能が使用不可となる ーー
ハナが今一度“実感”すべく表示させたウィンドウに、誰もが絶句するのだ。
特に、もう1枚添えられていた文言に。
ーー 発動中に死亡すると、全技能魂、全通貨、貴重品を除く全所持品、全鎧袖兵装を失う ーー
(はああ……サイッッコーにあたし好みのモードなんだけど)
死んだら、いろんな意味で、即終了。
そんな死にゲーの極致を往く少女は、しかしてそれでも恐怖に高鳴っていた。
だから、
「ジャクジャク!」
「ココポゴゴ……ゴシャァ……ゴ、ザ、ウゥゥ……」
“新たなる死闘の旅路”の“その1”、青き大蛇を高々と指差すのだ。
「……もとい! 春隠の地の守護神、“隠鬼”!」
この春隠の地の景観に似て、桜樹を生やした大蛇を。
「いざ尋常に、神殺しといきましょ!」
風来姫の剣風譚は、新たなる“啓蒙”とともに次篇へ突入していたのだった……。
続く
【死んだら即終了】
ゲーム実況動画の企画としては、死んだらプレイを終了する意。あるいはハードコアなゲームで稀に搭載されている『死んだらセーブデータが消去される』モードをプレイすること。
往々にして、クリアしてもせいぜいアチーブメントを得るだけ。もとよりその真髄は『結果』には無い、“積み上げてきたものが喪われる恐怖”を抱えて超える『過程』にある。




