7-6「回り及ぶは」
「良かったですね、ハナ。『臨華』の武器技《往生返し》のおかげで死亡を回避した、と言っても過言ではないでしょう」
「何言ってんの、回避したんじゃなくて実際死んだの。そこ間違えないでほしいんだけど」
「肯定、気休めを言ってみました」
「ったく」
共に大地へ舞い戻ってきた千方火千方が、満足げに揺れているように見えたのは気のせいではないだろう。
「やはりそなたは“死”というものを正しく覗いています。我が見込んだ稀人にふさわしいですね」
「さいで。こっちは忙しいんだから好きに喜んでて」
「キシャポゴゴゴ!」
惜しむらくは、ジャクジャクが他の稀人パーティへ向いていってしまったこと。ハナが1度デスしたのでヘイトリセットされたようだ。
野次馬たちが思考停止しているうちに、大蛇の頭を目指して走りだした。
(ウェポンスキル……一部を除いて武器ごとに込められてるスキル、か。初期武器の『無銘刀』には無かったもんね)
脳筋ハナはアクティブスキルを使わない。
……スキル管理だのスキル回しだのを考えるのが苦手すぎて、駆け引きある死闘どころか連打プレイになるからだ。
他の死にゲーでもウェポンスキル的システムにはたびたび出くわしてきたが、お試し以上に使った試しがない。
……なまじ強そうな手札を抱えれば抱えるだけ、「使わないと」という気持ちばかり先走って本末転倒な死闘になるからだ。
もちろんこの『臨華』の《往生返し》は……即時回生技は、反則級スキルだとは理解できるものの……、
(……1回死んでも大丈夫なんて、死にゲーマーの邪心をくすぐりすぎなんだけど。わざと死んでみたい時しか絶対使わないでおこ)
なんと甘美に囁きかける天使の妖刀だろう。
ーー 死に酔い(Over Death) 戦闘終了まで永続 ーー
ーー 気力回復無効 ーー
発動と引き換えにSPを封印されたとはいえ、ハナにとっては無条件で回生できるも同義である。
それではいけない。
己を追い込みもしないチカラを纏い、どうして目の醒める死闘ができるだろう。
だからその意味では、“もう1つの新たなチカラ”はむしろ楽しみだったが……。
「ゴポポッシャァァァァァァ!」
(うえ、青いさくらんぼ?)
やにわに、ジャクジャクの蛇腹に生えた桜樹から青い膿が膨らんでいった。
「「「「「コポポポッ」」」」」
戦場の四方八方へ飛び出していった祟来無たちは、地へ叩きつけられるとともに変化した。
「「「「「ゴザウッッッッ!!」」」」」
忍者風の幼女の姿、隠鬼祟来無へ。
(あぁ~、こうやって湧いてるんだ)
全てのパーティへ1体ずつ飛来していき、ジャクジャクをロックオンしていたパーティを妨害。
なんと、現在進行形で隠鬼祟来無と戦っていたパーティへも増援として配された。
「待てぇい!?」「おいおいおい!」「増えたよおい!」「数分で再増援ってか!」「ジリ貧だわさ!」「うちらじゃ取り巻きで精一杯ってかチクショー!」
「「「「「《カゲヌイ》!」」」」」
そして当然、ハナの目前にも1体飛来。足下へ突き刺した模造小刀で影を縫いつけてきた。
ーー 影縫い(Shadow Jail) 効果時間60秒 ーー
質量ある影が足裏にへばりつき、隠鬼祟来無から一定距離以上遠ざかろうとするのを阻んだ。
「わ、忍者っぽい。これが隠鬼?」
「ゴザウウ……!」
「ただの贋作と言いたいところですが、ある意味では彼女の純然たる分身です。『祟来無』としてではなく隠鬼の先触れとしての対峙を推奨します」
「肩慣らしにはちょうど良いんだけど!」
「悪党みたいですよ、ハナ」
他のプレイヤー相手ならともかく、敵を無視するつもりはハナには無い。
忍刀でガードを固めたままステップを軽めた隠鬼祟来無へ、ハナは遠慮無く斬りかかった。
「ゴザザザザ!」
「回避タンクね!」
隠鬼祟来無は敵ながら見事な身かわしでハナの乱れ斬りを避けていった。その間に反撃してくる素振りがちっとも無く、壁役としての時間稼ぎに専念しているのだろう。
(攻撃してこないんじゃパリィで後の先も取れないし。なら……!)
連続回転斬りの中で、ハナは刀に添えた左手を抜いた。
ーー 『千方の証 臨華』(右手装備) ーー
ーー 『無銘刀』(左手装備) ーー
(手数!)
「ザウ、ッ」
左手に『無銘刀』を喚んだ二刀流で、回転斬りはヒット数が2倍に。さしもの避け忍者もステップが大味に乱れ、やっと忍刀でガードした。
ーー 受動技(Passive Skill) ーー
ーー 『武器攻撃力増加』 ーー
物理が通らない祟来無をも両断する、ハナのパッシブマシマシ馬鹿力。忍刀をV字に押し伸ばし、隠鬼祟来無の手をも不自然な方向へ曲げ……、
「ゴゴザウ!」
(わっとと……!?)
ーー 受流(Through) ーー
しかし惜しくも弾力が勝り、忍刀の峰で『臨華』は滑らされた。
千方にパリィされた時ほどではないがハナはつんのめり、その勢いのままローリング回避で受け身を取った。
「受流……受け流し!? こういうのもあるんだ!」
「護り手が得意とする技ですね。弾殺と異なり攻撃力の一部は貫通しているので、この調子でいつかは撃破できるでしょう」
「普通のボス戦ならやぶさかじゃない……っけど!」
「ゴザウッ、ゴザウゴザウゴザウ!」
ーー 受動技(Passive Skill) ーー
ーー 『回避性能向上』 ーー
ーー 回避距離 増加 ーー
ーー 回避後硬直 減少ーー
受け身より更に勢いを繋いで飛び掛かり、✕の字斬りから剣舞。
これまたパッシブ強化されているジャンプやスウェイを盛り込み、ガードの背中側へ“めくり”と“裏まわり”を刻みながら猛追撃。
さりとてタンクに徹している隠鬼祟来無はしぶとくて。
10刀振れば2、3回は受流越しに当てられるもの、ノーガードで命中せしめたのはただの1撃も無かった。
「レイド戦で、こんなちまちまやってられないんだけど!」
「れいど戦で、単身戦っているからには仕方がありませんね。他者と共闘する手もあるかと」
「ハッハー、笑える」
きっと様々な意味で皮肉を言っている千方火を、いったん距離を取ったハナは市女笠の角でピンと小突いた。
「じゃあ、あんたが力を貸しなさい!」
ハナが『臨華』を持つ手を傍らへ広げれば。念に応じて……、
鎧袖が召喚された。
「千方! もう1つの新技を使わせてもらうわ!」
「待っていました」
ハナは鎧袖を装着することなく、息を吸い込んだ。
「《 鎧 袖 輪 廻 》 ! !」
シャウト。幾ばくかの恥ずかしさとともに……。
ーー 死に酔い(Over Death) ーー
ーー 《往生返し》の副次効果。気力回復が無効となり、戦闘終了まで永続する ーー
ーー 死は酒よりも薬に似て、含みすぎれば酒よりよほど狂おしい。稀人、1回だけですよ ーー




