7-4「風来姫の騎行」
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「ねえ千方。こういうマウント……えーと、鎧袖輪回だっけ? 乗ったまま戦場には入れないんじゃなかったの?」
「肯定。戦闘に伴う環境の気の不安定化、すなわち“龍脈”の乱れによる制限ですね」
全方位に吹き抜けるは大空と風。その中に曝されたハナは深沓も固定されていないのに平気だったし、傍らでは千方も箱乗りフォームで腰かけていた。
「ただし、龍脈の乱れは地上から半球状に広がっています。つまり地上走行しかできない他の鎧袖輪回ならともかく……飛行機能を有するこの“ソィクニァノチカャチ”こと我の分霊なら、戦場の直上まで到達可能というわけです」
「なんかズルいね。ちょっと遅刻しちゃったから助かるけど」
ーー 鎧袖輪回 ーー
ーー 『千方の証 使天龍・ソィクニァノチカャチ』 ーー
ハナと千方は、からくりの龍の背に乗って春隠の地を飛翔していたのだ。
“ソレ”は、千方の真体あるいは神体だとかいう龍の姿を象ったマウントだった。
しかして、あの狂える龍そのままな悪夢の異形ではなかった。
長いカラダは西洋鎧を思わせる装甲に映えていた。
翼は白い霊気のネオンを明滅させる翼膜を張り、羽ばたきではなく霊気のバーニアを煌めかせていた。
手足は獣とは逆関節の人間的なもので、空そのものを手繰るように細指まで美しく伸ばされている。
まさに悪い夢から覚めたかのような、神々しい御姿だったのだ。
(やっぱり顔は無いのね)
長すぎる白髪をブレイド風に編んでできた頭部は、“目隠しをする手”を模したヘッドギアを被っていて。
さながら、龍の戦乙女とでもいうべきか。
リメイクというよりはリブート。とことんまで還元していった“本質”を再解釈したようなからくり龍だった。
「ハナ、最適な降下地点まであと60秒で到達します。支度を」
と、千方が眼下の樹海をチラと見下ろした。……籠被りの顔無し女だが、少なくともハナにはそう見えた。
つまり、眼下の樹海……だった場所で青い大蛇が暴れているのを、一欠片の動揺も無く見下ろしたようだと。
「コォォォォポシャァァァァ……!!」
「ゴザウ……」「ゴザウウッ」「ゴザ」「ザザゴザ」「ゴォォザァァ」
ーー 【髄獣】 盾喰う胎の ジャクジャク ーー
ーー 【精霊】 祟来無・隠 ーー
人数無制限の稀人がジャクジャクなるボスへ群がり、逆に妙な祟来無が稀人へ群がる。そんな大戦場の喧しさが空までも届いてきていた。
「レイドかあ。……人、多すぎるんだけど」
「怖じ気づきましたか?」
「そりゃ怖いわよ?」
あっさり、ハナは認めた。
「あんなデカい爬虫類も怖いし、乱戦も怖いんだけど」
あと、言うなればこんな大空に立っているのも怖い。ハナが向きを変えれば、落下防止の霊気の磁場がくっついた足裏も若干震えていた。
「でもね。怖いから闘いたいの」
それは真に、武者震いというものだった。
市女笠と面頬の狭間で、ハナは爛々と目を開いていたのだ。
「どうも人様からは、“怖いもの知らず”なんてバカに見えるみたいだけどね」
ため息1つ、シセン少女は腰の打刀を抜き払った。
ーー 『千方の証 臨華』(打刀) ーー
ソレは千方からハナへ捧げられし打刀。龍体あるいは深海のうねりを思わせる漆黒の鞘に、開花と落花を繰り返す彼岸花の彫り細工が白く咲いている。
真白の輝きを常に湛えた刀身には、美しくも凶悪なノコギリ状(鋸目)の刃紋が眇められていた。
「って、余計なことまで話しちゃったんだけど」
「かまいません。我はそなたの友ですから」
「じゃあその友達に確認ね、えーと武器のスキルはこうやって……」
テキトーに構えるとともに念じれば、『臨華』から霊気が放たれた。
それは彼岸花の残影とともにハナへ宿ったのだ。
「ん。これで発動してるの?」
「肯定。厳密に述べるなら発動の為の効果が付与されました」
ーー 気力(SP) 残量0 ーー
元々少ないSPを問答無用で全て消費したが、“こういう時”でもなければアクティブスキルは使わないので気にならない。
「いい、検証の為に使うだけだかんね。“こんなスキル”があったら死闘が緩むったらないんだけど」
「我に断る必要はありません。そなたはソレを使ってもいいし使わなくてもいいのです」
「もちろん、これ終わったらロックさせてもらうわ」
いわゆる“誤爆”を防ぐ為に、使用可能なスキルを制限できる『技能封印』システム。これが存在するアクションゲームはワリと少ないのだが、『稀人逢魔伝』には実装されていて助かった。
「じゃ。いこっか」
「肯定、時間ぴったりです。参……弐……壱……」
ーー 清瀧ノ鬼門 ーー
そうしてハナも千方も、戦場を見下ろして。
「ゴー!」
「ハナ、壱の次は伍ではありません」
ソィクニァノチカャチを、真下めがけて急転直下させた。
天より降るかのように、からくり仕掛けの戦乙女は風切り音をことさら鮮烈に唱った。
……その独特な龍体に切られた風は、鐘の音よりも鮮烈なサイレンとして絶唱したのだ。
点ほどにも遠く見える稀人たちがちらほらと見上げてきたのが、ハナを貫いた刺線で分かった。
その中には、反りも無ければ刃も無い大刀型の刀刃が……馴染みのある刺線があったが、思い馳せる余裕は無かった。
ーー 龍脈 偏重:霊 ーー
ーー 鎧袖輪回 使用不可 ーー
一定の高度まで差し掛かった瞬間、ソィクニァノチカャチは鎧袖へ変形解除されたからだ。
そしてそのまま虚空へと消えていったが、ハナはそうはいかなかった。
「しッッッッ!」
「コポュシャッッッッ……!?」
ゆえに突き下ろした刃の冴えは、さながら流星の軌跡。
ハナは、大蛇ジャクジャクの脳天へ落下攻撃を着弾させたのだった。
【戦乙女の騎行】
楽劇『ヴァルキューレ』最終幕の序奏を指す名。とある戦争映画において、敵へ空襲の恐怖を刻み込む為にヘリコプター部隊が大音量でがなり立てたシーンが有名。
今や、空より飛来する超越的存在を象徴する楽曲となってしまった。人間が忘れかけていた、天より見下ろされる恐れを呼び覚ますかのごとく。




