7-3「祭りへ降るもの」
「全パーティへ連絡、こちらイチ! 祟来無は陽動役だ、ジャクジャクとの連携に気をつけてくれ!」
ーー 同盟念話 ーー
千方火が通話イヤホンよろしく耳元に添い、表示されたウィンドウに並ぶ各パーティへ頭領の声を届けた。
「今のところは《影縫い》しか使ってきてないものの、この調子だとまだ何か隠してるだろうな! 相手は“忍者”で“祟来無”だってことを忘れないでくれ! 以上、現状報告求む!」
『こちら2番隊、全員無事だけど祟来無を倒しきれてないね!』『こちら3番隊、鎧袖全壊1名! 2番隊の援護に向かう!』『こちら4番隊、デス1名! 鎧袖小破2名! マップピン打った場所に一旦下がる!』
5番6番7番と報告が続いていくのを、イチの他にもタイムキーパーやフィールドモニターを担う盟友たちがマップ越しに確認していった。
「『流し形代』、みんな持ってるな!? 俺のカンでしかないが、ヒーラーも状態異常対策を意識しててほしい!」
「あいよ!」「頭領を信じてます!」「あんたのカンは当たるからね!」
ヒーラー職である巫覡や薬師が固く頷く。イチたちは巾着インベントリからお雛様を象った紙人形を取り出し、使用を念じた。
するとそれらは水に溶けるように消費され、皆の内へ浸透した。
ーー 『流し形代』(道具) ーー
ーー 一部を除き、状態異常を1度無効化する ーー
「あんなニセ隠鬼が出てきたからにはウカウカしてられないな……みんなっ、隠鬼城城代として気合い入れていくぞ!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
意志を硬くするは、隠鬼の名を預かっている自負。イチたちは一丸となって進軍するのだ。
地に刺さった鱗の大盾たちを掻い潜り、未だ隠鬼祟来無と戦闘中のパーティ群もすり抜けて……、
「《咆哮閃》!」
「ゴザァッ!?」「ゴッ、ザ」「ザウッ」
すり抜けざまに、自分たちへ向いていない隠鬼祟来無の敵視を買って皆で不意討ち。名も知らない稀人たちを救ってみせた。
「あ、ありがとう!」「わ、隠鬼シリーズの武器!」「『いちもんめ』さんか!」「さすがぁ!」「カッコいいじゃん!」
「こっちも『誉』稼がせてもらってるからな! お互い様!」
足を止めることなく、大太刀の切っ先をコンパス代わりに次へ。
赤の他人のパーティを次々と救援しながら、前へ。
辻斬りならぬ、さしずめ“辻護り”。
進撃の軌跡を、通りすがりの縁とともに繋いでいった。
「素直じゃねぇな頭領!」「稼がせてもらってる~なんて言っちゃって!」「実際アタシらカッコいいのにさ!」「助けたいから助けてんだろ!」
「そんな善人だったらいいんだが! 他のパーティが動きやすくなれば俺たちも動きやすくなる、半分くらいはそんな打算だよ!」
100%の善意で人を助けられたらどれだけいいだろう。そんな事を考えてしまうことからして『ド真面目』なんて友人には言われるものだが、イチは自分自身へも打算をかけずにはいられないタチなのだ。
(レイドバトルはスコアにあたる『誉』を稼いでランクを決める方式だ。効率だけ考えればボスへの攻撃が順当な稼ぎ方だが、意識的に他のプレイヤーを救う立ち回りをしても同等の『誉』を得られる……)
ボスへの攻撃だけが絶対の最高効率となってしまうと、アタッカー職は有利なのに攻撃性能で遅れを取るディフェンダー職やヒーラーは不利となる。『大討滅戦』と銘打たれてはいるが、敵を討つだけがレイドの“誉れ”ではないのだ。
「ディフェンダーの護り神、隠鬼の名にかけて! この戦線を護り抜くぞ!」
イチの檄に、盟友たちはもとより周囲の稀人たちも鬨の声で呼応した。
(……とはいえ……)
とはいえ、リーダーたる青年はまだ到着には少し遠い大蛇の頭部方面を見据えた。
攻撃が一番通りやすそうだからと頭を目指すのは自然な道理で、見る間に稀人たちの群がりが厚くなっている。
しかし数えきれない集中攻撃の中でも、ジャクジャクの傷つき方は腹や尾と大差無かった。
「コポシャシャッッァァ……!」
その上、攻撃は腹や尾よりも苛烈。
鬱陶しそうに鎌首をもたげては、
「ひっ」「避けて避けて来たよ来たよぉぉ!」「ぎゃっ」「ぷぎゃっ」「オッ、オレの鎧袖は強化値+100の装甲だぶるふぎゃっっ」
頭突き1発で複数パーティを圧死させたり、
「ひぃぃっっ」「牙がっ牙がぁっ」「でっかい口がぁっ」「ヘビ映画見れなくなっちゃう!」「あっ」「あっ」「あっ」
噛みつきという名の丸呑みで鎧袖ごと平らげていた。
(討滅できる見通しが無いぞ……)
特に先割れ舌とともに肉々しい大口を開かれる様子には、電脳世界であっても“捕食者”に睨まれる本能的恐怖を感じずにはいられなかった。
「キシャ、ッガ、コポポ……!」
苦し紛れに口内へ引き撃ちされた攻撃に対しては、他のどの部位よりも怯んでいるように見えたが……、
大半のプレイヤーたちもまた、“初見”がゆえに大怪獣へ怯みまくっていたのだ。
(みんな、ビビッて動ききれてないな。全員初見だから仕方ないが)
これでこそ初見のお祭り騒ぎともいえる。
“未知への恐怖”を、人は“祭り”に変えて強引にでも鎮めようとするものだから。
(……俺もなんだが。くそぅ、スキル回しが乱れまくってるぞ)
檄を飛ばしたイチとて、同じなのだ。
(初見レイドらしく時間いっぱいまでとにかく生き残って、タイムアップ扱いの“撃退”を狙う流れになりそうか?)
ーー 大規模討魔戦 終了まであと 36分27秒 ーー
ちょっと豪華な参加賞として、限定報酬ではなく通常アイテムなどを貰えるだけだが。旧『終末版』から遊んでいる一応の古参プレイヤーとして、そんな見切りも付けなければならない予感も覚えていた。
(……打算にしても弱気だな。普通とは何かが違う気がするこのレイドに、俺も前のめりになれずにいるのか)
しかし。フルダイブゲームならではの五感全てで味わう恐怖を、その中でこそ心底楽しめるプレイヤーがどれだけいるだろう。
イチが知る限りは、数えられるほどしかいない。
実際に交友がある者となると、たった1人だ。
「……んっ?」
ジャクジャクを見上げ続けていたイチは、大空に異変を見出だした。
「なんだ……アレ……」
空の彼方から、何か異質なモノが飛来しつつあったのだ。
“ソレ”のカラダは長く、西洋鎧を思わせる硬い節に分かれていた。
“ソレ”の翼は白い霊気を明滅させる翼膜を張り、しかして羽ばたきではなく霊気のバーニアを噴かして飛んでいた。
“ソレ”の手足は獣とは逆関節の人間的なもので、地を這う生物としては窮屈なはずだが空にあっては美しく伸ばされている。
「蛇…………い、いや、アレは」
隠鬼城から遠目に大蛇ジャクジャクを見間違えた時とは逆。イチは、“その名”が与えられるにふさわしい真の存在というものを実感していた。
一瞬でも蛇と誤認するなぞ、どんなにかおこがましいことか。
「龍だ」
ソレは龍だった。
今まさに戦場の直上へ臨もうと迫る、悉く異質なるモノ。
その背に何者かを乗せ、戦へと騎行させる“乗り物”だった……。
ーー 誉 ーー
ーー 大規模討滅戦において、稀人部隊の活躍度を表す得点の名。討滅対象への攻撃のみならず、護り手・癒し手・攻め手・支え手の全てが均一に獲得できる計算方式で千方火が算出している ーー
ーー 逢魔時より前、『誉』とは正面きって正々堂々と敵を討った者だけに与えられる称号だった。逢魔時より後、それは瞬く間に形骸化してただの点数となった ーー




