7-2「覆水返らず、ただ回るのみ」
「ゴザウ」「ゴザウ」「ゴザッウ」「ゴザザウ」「ゴォザゥ!」
隠鬼祟来無たちは己の一部を取り分け、得物として逆手二刀流に構えた。
またもや輪郭だけの贋作ではあるものの、1対2振りの忍刀である。
刀身の反りがほとんど無い『直刀』の分類にあり、刃渡りは打刀よりも短く脇差より長い。
正面きっての斬り合い打ち合いには不利な代わりに、敵の裏を突く取り回しの良さに秀でている。
つまり、如何な土壇場でも“生存”と“暗殺”を果たす為の武器だ。
「《カゲヌイ》!」
イチのパーティを捉えた隠鬼祟来無が、忍刀を地面へ……いや、己の影へ突き立てた。
すると影は枝分かれしながら一気に伸びていき、イチたちの影と縫い付いてしまった。
「「「「「「「「ぬんっ」」」」」」」」
イチたちの疾走が、ゴムでも引っ張るかのように失速してしまった。
質量ある影が足裏にへばりつき、隠鬼祟来無から一定距離以上遠ざかろうとするのを阻んだのだ。
ーー 影縫い(Shadow Jail) 効果時間60秒 ーー
「おいおい!」「いっちょまえに忍者のジョブスキル使うのかよ!」「忍者めぇ!」「さすが汚ぇ!」「ショギョームジョー!」
「効果時間切れなんか待ってられない! 倒すぞ!」
「ゴザウゥゥ……」
影で結ばれた隠鬼祟来無は、低く構えた忍刀とともにステップを刻んでいて。
「《虚空断ち》!」
イチが高速接近効果を伴うスキル剣技で飛びかかるとともに、攻撃職の盟友たちも鎧袖兵装や法術を見舞った。
「ゴザザザザザッッ」
しかし。隠鬼祟来無は驚異的な身軽さを見せ、ほとんどの攻撃を回避してみせた。
イチの《虚空断ち》も、忍刀の防御の構えに受け流されてしまったのだ。
ーー 受流(Through) ーー
「っ、『受流』まで使うのか……!」
返す刀がイチの首筋へ突き込まれてきたので、青年武者も同じように大太刀で受け流した。
ーー 受流(Through) ーー
そう、受流。
それはゲームシステムとして明示されているテクニックの1つだ。
攻撃をガードした直後のガード再入力で、通常防御よりも高いダメージカット率と硬直緩和を得られる。
ジャストガード限定のダメージ“無効”とは異なるダメージ“軽減”技ながら、格段に成功させやすいのが強みである。
そしてこのテクニックは、特定のジョブ群ならより使いやすいように優遇されている。
「同じタンクでしょイチさん!」「どうすんのイチさん!」「どしたらいい!?」「ディフェンダー触ったことないから分からぁん!」
「いや一括りにされても困るぞ!? 武者の俺は防御タンク、忍者は回避タンクだ!」
「ゴザァウッッ!」
特定のジョブ群……つまりタンク職、公式には『ディフェンダー』と呼称されるロールは受流が得意である。
そしてこのゲームの『忍者』は、妨害と回避で敵を食い止める護り手なのだ。
「確かに回避性能は全職中最強クラスだが、装甲の厚さは最低クラスだ! 避けられたり受け流されても動揺しちゃいけないっ、着実に畳みかけよう!」
《影縫い》のようなスキルで忍者と向き合わざるをえないように仕向け、高い回避性能で翻弄する。かのジョブの基本ムーブを忠実に再現しているからには、その対処法もセオリーに則るのが良いだろう。
「陣形変更、複縦陣! 連携パターン5番……放て! 《辻風渡り》……!」
イチがつむじ風巻き起こる5連撃スキルをぶん回すとともに、盟友たちからも複数ヒット系の技の数々が波状攻撃された。
「ゴザ、ッ、ゴポッ……」
(よしっ!)
想定通り。隠鬼祟来無の回避と受流にも限界があり、やがて次々と命中。満身創痍に形を揺らめかせながら跳び退いていった。
(タンクが単騎でできることは限られてる。仲間との連携あってこその壁役なんだ。こんなぶつけ方してくるんじゃジャクジャクにとってもただの捨て駒、時間稼ぎにしか…………ハッ!?)
もしや。イチは直感し、目前の隠鬼祟来無ではなく周囲の戦場全体へ目を配った。
「シャッッ……コポシャシャシャシャッッッッ!」
不安の答えは、大蛇ジャクジャクからまたも放たれた。
身震いした超巨体にて無数の鱗が逆立ち、青い霊気の尾を引きながら次々と射出されたのだ。
まもなく地面一帯に、霊気の着弾予兆が先んじて現れた。
「ッッ、上からだ!!」
鱗が、意思あるアーチ状の弾道で戦場へ降り注いだ。
それらは1枚1枚が、生物の鱗というよりは大盾のフォルムをしていた。
1枚1枚が大人の背丈よりも大きな、徹甲弾じみた青い桜吹雪だった。
(これが向こうの連携ってわけか……!)
イチたちは比較的素早く気づけたので緊急回避できた……が、あちらこちらから悲鳴があがった。
隠鬼祟来無をまだ倒しきれていなかったパーティは……《影縫い》によって移動を制限されていたパーティは、思うように回避し辛かったのだ。
生身をど真ん中から貫かれてデスした者もいれば、鎧袖を端から端まで貫通されて脱出を余儀なくされた者もいた。
特にデスした者は霊気へ散り、この戦場そのものから押し出されるように彼方へ飛んでいってしまったのだ。
「ああもう2人死んだぁ!」「あ、あの初心者なんですけど!」「死んだらもうレイド戦えないんですか!?」「エリア外で復活するから復帰すりゃいいよ!」「ってここまでだいぶ遠いんですけど!?」「パーティがもたないよぉ!」「そういうことだよ!」「ようこそ“まれおう”へ!」
「「「「「ゴザウ!!」」」」」
霊気の流星群を頭上に、阿鼻叫喚。そして稀人の混乱をよそに隠鬼祟来無は健在で、再びの攻防へ引き戻されるのだ。
(死に戻りはあっても蘇生は無いからなあっ、このゲーム!)
そう。死にゲーをコンセプトとして生まれたこの世界では、死は不可逆の理である。
死んだ者はやがて戻ってくるが、死そのものを無かったことにはできない。
“回生”はあっても、“蘇生”は無いのだ。
(だから楽しいんだって、彼女なら言うんだろうな!!)
「ゴ、ザ、ァッ……!」
ーー 受流(Through) ーー
イチは後衛の盟友を狙おうとしていた隠鬼祟来無の特攻を受け流し、翻って両断した。
ついに生命力(HP)が尽きたらしい、粗製忍者はただの粘液クズとして飛散していった。
同時に縫い付けられていた影も解き放たれ、イチのハンドサインでパーティは元の道筋へ走り出すのだ……。
ーー 往生 ーー
ーー 肉体を保てなくなるほど霊気の繋がりを断たれる『死』と、霊気を繋ぎ直して肉体を再組成する『回生』を併せた理の名 ーー
ーー 散った霊気……魂は“日芙ではない場所”へ即座に転送されて繋ぎ直され、龍脈の乱れが比較的少ない地点へ送還される。すなわち戦闘中に死した稀人は、『蘇生』という形で戦闘続行はできない ーー




