7-1「盾喰う胎」
◯ ◯ ◯ ◯
ーー 大討滅戦(Raid Battle) ーー
レイドバトル。
1パーティまでの人数制限が適用される通常のボス戦などに対して、人数無制限の大規模戦を旨とするコンテンツである。
『稀人逢魔伝』においては事前に発生が予告されるモノとゲリラ的に緊急発生するモノがあり、今回は後者のようだった。
「あんなレイドボス見たことないぞ……。嫌な予感がする」
ーー 清瀧ノ鬼門 ーー
イチは盟友たちとのパーティ連合を先導しながら、春隠の地の樹海を爆走していた。
「限定マウントとか貰えるかなっ?」「気が早ぇ」「捕らぬ狸の千畳敷」「皮算用」「あの子がまた何か始めたんじゃない!?」「どんだけだよ」「あんなワールドアナウンス見せられちゃあな」
皆、からくり強化外骨格『鎧袖』が変形した乗り物を駆っていたのだ。
ーー 鎧袖輪回 ーー
ーー 『隠鬼の証 忍義』 ーー
イチを含む大多数が、土色の霊気纏いのからくり馬に。他の者はこだわりと気分を以て、霊気こそ纏っていないがからくりの熊や豆戦車や巨大うり坊に乗っている。
鎧袖輪回。
高速移動を可能とする騎乗システム、および騎乗物の総称である。
MMOにおいては高難易度コンテンツのクリア報酬や課金アイテムにしばしば設定され、移動手段としてもさることながら他者の羨望を集める勲章としても機能している。
実際に土色霊気のからくり馬は、イチたちが隠鬼城の主であるがゆえの限定マウントだった。
ーー 龍脈 偏重:霊 ーー
ーー 鎧袖輪回 使用不可 ーー
「っと」
鎧袖マウントが警告するように明滅。慣れた所作で身構えながら更に進み続けると、それぞれの騎乗物は強制的に変形解除された。
元通りの鎧袖として装着され、その勢いを殺さないままにイチたちは疾走していった。
そう、鎧袖輪回はいつでもどこでも使用できるわけではない。
世界観的な理由としては、“龍脈”なるモノの乱れを……すなわち環境内の霊気と妖気の乱れを受けやすい機能なのだとか。
「みんな、兵装を! 戦場に入ったぞ!」
「「「「「「「応!」」」」」」」
そしてシステム的な理由としては、戦闘中にマウントは使用できないというわけだ。
ーー 『隠鬼の証 ヤエヨロイ』(鎧袖主兵装(大太刀)) ーー
青い輝きを纏った鎧袖用大太刀をイチは装備。蛇腹状の装甲を重ねた風変わりな意匠は、盾としても振るえそうな幅広の刀身である。
盟友の皆も、同じ『隠鬼の証』シリーズとして青い霊気に輝く斧や弓や杖などを構えていた。
延々と重なり続くかのようだった樹木の幕が、ふいに途切れた。
苔むした景色丸ごと薙ぎ倒された、巨大すぎる獣道へと到着したからだ。
青い尻尾が、高壁がごとき威容を戦場に引きずっていた。
「キシャァァァァ、ポココゴゴゴッッ!!」
「桜が生えたアオダイショウ……としか言いようがないな……」
ーー 【髄獣】 盾喰う胎の ジャクジャク ーー
蛇腹のそこかしこから桜の樹が生えた、超巨大アオダイショウが鎌首をもたげて吼えた。
イチたちの間近にある尻尾からすれば頭部はかなり遠方にあり、全長1Km以上はあるのではないだろうか。
「ズイジュウ……? 春隠の地に青い大蛇って、まるで……」
「とーりょー!」「考察は後、後!」「先客がずいぶんいるようだぜ!」「『誉』稼ぎ損ねちゃう!」
盟友たちに言われたとおり、既に数えきれないほどの稀人たちがジャクジャクへ挑みかかっていた。
春隠の地はチュートリアルを終えたプレイヤーが最初の旅路として選びやすい風土だからか、まだ中級者にも見えない鎧袖の者たちもやたらと参加しているようだった。
地を這っていく蛇腹そのものがおろし金じみていて、近接兵装を突き立てようとする者たちは弾かれるか自分が逆にこそがれていた。
「かっっ、硬ぇぇ!?」「カッキィィンッ……ガッキンッッ!?」「ぶあっ、あがががが!」「鎧袖ぅ右半分持ってかれたぁ!」
よって機銃やミサイルなどの遠隔兵装に頼ろうとする流れが多く見えたが、よほど防御力の高い大蛇らしくほとんど跳弾するか鱗を焦がすぐらいだった。
「当たんなぁい!」「当たってるわよ!」「弾かれてんの!」「15式メーザーがくの字に曲がったぁぁ!?」
そんな鉄壁の様を見てもまた思うところはあったが、イチは考察好きのプレイヤーとしてよりも『いちもんめ』頭領として気を引き締めた。
「あ、ああ! たぶん物凄く硬い相手だっ、頭、腹、尻尾に分かれてギミックに備えながら攻撃! パーティ振り分けは大王さめ戦と同じで! カウント合わせ……3、2、1!」
「「「「「「「おうりゃあぁぁぁぁ!」」」」」」」
パーティ単位でバディを組み合い、盟友たちは散開していった。
「俺たちは頭を狙いにいくぞ!」
イチも2パーティを率い、稀人たちが群がる尻尾を横目に獣道の分岐の先へ。
「《夜鷹回し》!」
イチのヒットアンドアウェイ型回転斬り。進攻がてら皆で蛇腹を狙っていったものの、強化を重ねた兵装の数々でもダメージエフェクトは大きくなかった。
マップで確認したところ、ジャクジャクは這い出てきた大穴の周りをひたすら周遊しているようだ。重なりあった獣道が戦場を形作り、それは延々書き殴られた円を見るかのようだ。
這われていない飛び地には大岩や大木が残っていて、掩体として使えそうである。
とはいえ現状、ジャクジャクは巨体任せの環境破壊に終止しているのみで……。
(十分な距離さえ取れば隠れる必要も無さそうだな……?)
「シャギャァァァァ!」
どんな理由があって現れたのかは分からないが。現状だけ切り取る分には、稀人が襲いかかるものだからただ反撃しているだけのようにさえ見える。
(這い回って樹海を破壊して……怪物と言われればそうなんだが……こいつはいったい?)
「ポコギャッッ」
「あ」
と、蛇腹の中間地点ほどにやっと差し掛かった辺りで。頭部方面からぶん投げられた鎧袖大鎌が、上級者の業物らしい厳めしさとともにジャクジャクの目元へヒット。
「ゴポシャァァァァァァ!」
大蛇はかすり傷を負ったぐらいだったが、今まで以上の怒号を轟かせた。
「怒ってる怒ってる!」「目が弱点かい!?」「大体の生き物がそうだよ!」「単純にHP減らしたパターン変化でしょ!」
その通り、ジャクジャクの姿にはある変化が生まれていた。
蛇腹に生えた樹の桜花、その1つ1つの花芯からぷっくりと青いモノが膨らんでいったのだ。
蛇の卵、いや、
「青い、さくらんぼ……?」
花も散らないのに実っていくソレらは、お世辞にも美味しそうとはいえないさくらんぼだった。
なにしろ、人間サイズまで成熟すると自ら蠢いたのだから。
「コポッ」「ポコッ」「ポコウッ」「コアウ」「ゴザウ」
「ッ……祟来無!?」
青い膿状の妖たちが戦場の四方八方へ飛び出した。
そのカタチは、地へ叩きつけられるとともに変化した。
「「「「「ゴザウッッッッ!!」」」」」
忍者風の幼女の姿へ。
「隠鬼!?」
ーー 【精霊】 祟来無・隠 ーー
隠鬼城天守閣でイチが見た影法師と同じ、輪郭だけの虚ろなる模倣品だった。
ーー 鎧袖輪回 ーー
ーー 鎧袖を変形させた騎乗物。龍脈の乱れを受けやすい為に戦闘中などでは使用できないが、広大な日芙を往く稀人の脚となり旅路を支えてくれるだろう ーー
ーー 稀人は大いなる強敵を超えると、その者の残魂を追憶として宿す。鎧袖は追憶をもとにその存在を再解釈し、稀人が尻に敷く乗り物として輪回を組み上げる ーー




