0-2「笛塚の逢魔付」
ふと、小島まであともう少しのところで気づく。
(あれ? ……さっきのからくり師みたいな強化外骨格、みんな持ってるんだけど?)
湖外周の見守りプレイヤーたちは、職業問わず全員が強化外骨格をお供にしていたのである。
ハナと同じく打刀装備の侍に、踊り子や陰陽師だって装着している。
傍らに降りてよく見えるように自慢している巫覡や薬師もいたし。
生身だった歌舞伎者や戦場漁りも、ハナと目が合ったのを見計らって……虚空から召喚。無駄にカッコよく装着した。
(ここまでやってこれたからべつにもういいけど。終わったら村鞘に訊いてみよ)
誰かに声をかけたり検索するのも今さら面倒だったので、ハナはここまでの勢いのままに小島へ上陸した。
ーー 初心者指南 呼び水の笛塚で旅立ちを決意する ーー
ナビ鬼火が笛塚の根元に漂い、あのメッセージウィンドウを再び表した。
(チュートリアルの締めとして、ここからのゲームにかける思いをプレイヤー自身にお祈りさせるってわけね。わかるわかる)
ハナは城下町に入ってすらいないわけだが、笛塚の音色に耳を傾けながら初詣のお参りよろしく二拍手。
「えー、っと……。死にゲーっぽくてちょっと面白いかなとは思ったし、フルダイブも悪くないかなとは思ったけど。招待キャンペーン押しつけられただけなんで、旅立ちとかそういうのはまだ決めてないです。敬具」
渋々だったプレイ前に比べれば、刀でいなしまくった余韻くらいにはゲーマー魂に響いている。
(強いて言うなら……もっと……)
己の願いをもっと覗き込むように瞼を下ろし……かけた時、笛塚が不協和音をかき鳴らした。
ハッと目を見開いた時には、ハナは大きく跳びのいていた。
直後。笛塚の中から溢れた妖気が、巨影と成って頂に降り立った。
「……剣を。稀人、貴様の力は神器の剣と成りうるか否か」
陰陽師風の軽鎧を身につけた、中性的な武将だった。
腕は関節が1つ多いため異様に長く、脚は逆関節の構造で力強い。生気の無い肌にはそこかしこに牛の角が捻れていた。
「ほーーらボスきたんだけど! チュートリアルの本当の締めってわけね!」
ーー 【逢魔付】 呼び刀 ウシャナ ーー
「見定めさせてもらおうか……出でよ、キドー」
ウシャナなる武将が両腕を広げれば、大きな袖口から粗製の武器クズが無数に吐き出された。
フィールドに積もったそれらは意思を持って形を作っていき、やがて大柄な巨人となった。
「ベッケケケケケ!」
あの僧兵風の大男、初陣狩りのキドーだった。
「またあ? 1回やってるんだけど……って、あれ」
ハナが抜刀しかけたその時、装飾品帯に発光するものがあった。
岩山の頂で手に入れた『武具狩りの膝甲片』の根付だ。
その光はハナの前に集束し、根付ではなく本来の形を投影した。
「ベャ……!? ンケ、ケ……」
するとキドーは狼狽えた。あの鎖鉄球を作り出してイキイキとぶん回していたのに、後退りとともに気勢が萎む。
ざわついたのは湖外周のプレイヤーたちである。
「おいおい」「『武具狩りの膝甲片』をもう持ってるってことは……」「1回目のキドーを倒してる」「なんだ初心者じゃなくてやりこみ勢のサブキャラか~」「いや待て、IDにサブキャラの連番が無い。複数アカウントじゃないんならガチで初心者だ」「マジかっ、ひっさびさに見たぜそんなヤツ!」
(なによ、みんなしてザワザワしちゃって。山の上でアイツを倒したから? ゲーム開始直後に場違いな強敵ぶつけられるなんて、死にゲーじゃ握手みたいなものなんだけど)
ハナは思い出していた。今まで踏み越えてきた死にゲーたちの洗礼を。
『ブラッドドーン』では武器を手に入れる前の拳1つで人狼と戦わされた。
『ダークソイル』では折れた直剣しか持っていないタイミングで巨大デビルが道を塞いでいた。
『コンゴウ』では最序盤の分かれ道の先に中盤の大ボスがこれ見よがしに配置されていた。
『オルトアンドサンクチュアリ』では負けイベントのボスが超反応&超火力の露骨な補正で勝たせる気が無かった。
それが開発者からの挨拶であれ挑発であれ。初見から避けて通ったことなんか、ハナは1度も無い。
なぜならそれが、プレイヤーとしてハナの意志であり……望みだから。
「ほう。キドーは下していたか」
笛塚の頂から飛び降りたウシャナがキドーを踏み潰し、僧兵は断末魔らしい断末魔も上げられずに散った。
ただし妖気にはならず、武器クズに分解されて主君の手元へ集まった。
「ならば。私と死合ってみようか」
大男だったモノは、長柄長刃の薙刀へと再構成されたのだ。
ざわめいていた外野のプレイヤーたちがシンと静まり返り、誰かが固唾を飲んでこう言った。
「始まるぞ。最強の一角とされる逢魔ライグウの影……ウシャナ先生との隠しバトルだ」
逆関節の脚がバッタじみて跳ねたかとおもうと、薙刀を下段に構えたウシャナは優雅に跳び上がっていた。
直後。足裏に発した妖気を蹴り、空中から一気に突き込んできた。
「っ……!?」
疾かった。キドーとは比べ物にならない。
ーー 弾殺(Parry) ーー それでもハナは、正中を狙ったその突きを抜刀とともにいなしていた。
牛角風に捻れた刺線が一瞬前に刺さっていたからだったが、逆にいえば一瞬の猶予しかないギリギリの反射だった。
脇をすり抜けていった薙刀の柄を返す刀で叩き落とし、刃が地にめり込むほどに踏みつけた。
「……!」
「しっっ!」
なぜか刺線の花は現れなかった。柄を遡って打刀を振り上げ、ウシャナの頬を斬る。
薙刀が土煙とともに跳ね上がり、そのまま地面スレスレを薙いでハナのくるぶしを狙ってきた。さすがにパリィできる位置ではなかったためジャンプで避ける。
着地の勢いとともに烏帽子めがけて唐竹割り……しかけたが、左半身にだけ刺線たちを感じてそちらへ刀を捻る。
ーー 弾殺(Parry) ーー 下段薙ぎよりよほど疾い回転斬りが刀と弾き合った。
ーー 弾殺(Parry) ーー 次の瞬間にはウシャナはまた回り、多関節の腕を活かして太刀筋をズラしこんできた。
ーー 弾殺(Parry) ーー 弾いても滑らかに押し通り、剣の舞を何度も何度もハナの左半身へ差し込んできた。
そして最後には、刃に勝るとも劣らない回し蹴りを添えて一際強い一閃。
さしものハナも数歩分ノックバックしたが。直後には地を蹴って詰め直し、順逆の袈裟斬りをウシャナの胸へ見舞った。
(大技凌いだ後こそ息を入れるな……! 残った息を反撃で吐き出せ……!)
ハナは、剣の舞いを終えたウシャナが一呼吸整えた隙を見逃さなかったのだ。
これもまた死にゲーの経験則から、動作後に隙が生じうる大技であるとモーションから読んでいた。
開発者のアンフェア調整によって隙潰しを入れてくるような『クソボス』だったら終わりだったが、ウシャナはその類いではなさそうだった。
「スゥ……ふッ!」
「っと……!」
むしろ、ハナが感じた印象は『良ボス』だった。あと一撃入れられるかもしれない……という欲が今にも刀を振らせそうだった絶妙のタイミングで、隙の無い弱斬り上げから連撃を再開してきたのだから。
反撃対反撃。
駆けては引き、寄せては返す。
その狭間でこそ息と間合いを入れ、次にどう殺し合うかを瞬時に弾き出す。
回避は、パリィができない時だけ。ハナは刺線読みを駆使し、ウシャナの美しく惨たらしい薙刀を全ていなしていった。
……だから。ハナはとっくに眼中に入れていなかったのだが、もしも見えていたなら……、
「「「「「「「鎧袖は!?」」」」」」」
野次馬プレイヤーたちが目を点にしていたのと、彼らが一様に叫んだ言葉がわかっただろう……。
ーー 笛塚の湖 ーー
ーー かき捨ての森、最奥の湖。中央の小島には旅立ち前の稀人を加護しているという笛塚がある ーー
ーー 笛塚に祈りを捧げなければ、稀人は扶桑平原から出られない。それを加護と呼ぶべきか誘い(いざない)と呼ぶべきかは、笛塚の下に眠る意志だけが知っている ーー