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6-4「一と月と雪」

 チャットアプリ『ディスケイプ』が起動されていた。

 通話相手を示すネームは秘匿されていたが、アイコンには『月』と『雪』が描かれていた。


『一緒の時間を過ごすツールとしてやっと実ぃ結びそうでしたのに、手ぇからすり抜けて遠くに行ってもた感じですわね』

「俺の気持ちを代弁しないでくれ」

『英子ちゃんは目立つの嫌いだもんね~。村鞘くんが責任感じる必要は無いけど~、まれおう? に招待した身としては責任感じちゃうよね~』

「だから、俺の気持ちを俺より詳しく代弁しないでくれ」


 『月』は関西弁と令嬢弁が混じった口調が、『雪』は声質こそ大人びているのに無邪気な口調が印象的だ。


『そんなにヤキモキするくらいなら~、「一緒にいたい」って思いきって言ってあげればよかったんじゃない~?』

「言ったさ。昨日、俺たちの同盟の城に招待して「一緒に来てくれないか」って」

『そやなくて。……はあ、そん時の様子が目に浮かびますわ』

『2人とも朴念仁だからね~』

「な、なんだよソレ」

『ほな訊きますけど、村鞘さんは英子さんの事をどう想ってますの?』

「ん? どう思ってるって……他の誰よりも一緒にいたい相手、かな」

『『おおお……!』』

「一番尊敬できるゲーマーだし、ゲーセンとかで一緒にいると新発見ばかりだからな」

『『おおう……』』

「喧嘩っ早くてソロ志向すぎるところはあるが……って、なんでウィスパーチャットに変えたんだ? 2人で何を話してるんだ、おーい?」


 『月』と『雪』のアイコンが発声を示す縁取りを明滅させていたがイチには聞こえなくて、2人のネームプレートのそばには『Whisper』の表示。そんなヒソヒソ話はずいぶん経ってから終わった。


『とにかく。英子さんがそないにドハマりするフルダイブゲームなら、ウチらもやぶさかやないとして……』

『とりあえず~、ボクから村鞘くんにアドバイス~! 英子ちゃんが『喧嘩っ早くてソロ志向すぎる』って分かってるなら~、怖がらないできみも英子ちゃんを助けてあげていいんだよ~』

『うん……? 俺はべつに、何も怖がってなんか……』

『ほんならウチからもいらんお世話を1つ……ぅー……ぅ……なんやエエこと言おうとしましたけど思いつきませんわ』

「台無しじゃないか」

『にょほほほほ、そんぐらい肩の力抜いたらええっちゅうことですわ。知らんけど。反面、英子さんのほうはゲームの世界でもガチで向き合ってるんやろなぁ。道場みたいに』

(道場……か……)


 まばたきを繰り返したイチは「ふむ」、考え込んで……。


「コポ、ッ……シャァァァァァァァァ!!」


 そんな時だった……大きな地鳴りに尻から突き上げられたのは。


「なんっっ、だ!?」

『なんや?』

『どったの~?』


 脳裏をよぎったのは。イチは当時ログアウトしていたのでネットで見聞きしただけだが、昨晩に扶桑国を襲った“鐘の音”の地震のこと。

 しかしその地鳴りは1度きりの突き上げでピタリと収まり、『地震』と呼べるものかは疑問だった。

 地の“底”の何かが揺さぶられた響きというよりは、そう、まるで地の“中”の何かが……、

 しかし思案は、けたたましいドアノックに阻まれた。

 イチが返事もしないうちから開け放たれ、数人の盟友たちが駆け込んできた。


「頭領!」「お頭ぁ!」「リーダー!」「ちょっと来てちょっと!」「大変大変!」「大きな異変なの!」「略して大変!」「百聞は一見に如かずなんだよ!」

「はい? いったい何が……ああ悪い2人とも、同盟のみんなに呼ばれてるから切らしてもらうぞ」

『よくってですわ』

『いってら~』


 イチは『ディスケイプ』を落として立ち上がり、盟友たちとともに廊下へ。


「うあっ?」


 そして天守閣へ上がらされると、そこに異変を見出だした。

 四鬼事変の名残である儀式的な法陣を敷いた座が、一段高く据えられているのだが……、 

 そこにずっと焼きついている人型の霊気の影が、平面体から立体へと変じていたのだ。


「お……隠鬼?」


 ソレは忍者風の幼女の影法師だった。

 帷子のフォルムぐらいは辛うじて分かるものの、青い霊気の輪郭でしかない。

 ましてや人相は無いに等しく、判然としているのはキュートなツインシニヨンヘアぐらいだ。


「あ、そっちじゃねっす」「ソレはソレで異変なんだけど」「あっちあっち!」「あっちじゃあ!」

「はい……?」


 天守閣周辺は、城を秘する桜樹の幹が開けている。よって春隠の地を展望できるようになっているのだが……、


「うあっ!?」


 今度こそイチは、盟友たちの慌てっぷりに合点があった。

 彼らは困惑していたと同時に、目の奥ではどこか興奮していた。

 さもありなん、

 樹海に、彼方の遠目からでも丸太ほど大きく見える生き物がいたのだから。


「ポコゴゴシャァァァァァァァァ!!」


 青い化け物が、蹂躙していく樹海の桜吹雪とともに這い回っていたのだから。


「龍…………い、いや、蛇?」


 大地に穿たれた大穴から這い出した、大蛇だった……。


  続く

 【ディスケイプ】

 チャットアプリケーション。ボイス形式やテキスト形式など幅広くカバーし、透明性やシェア率の高さからオンラインゲームの公認コミュニティツールとされることも多い。

 市郎曰く、英子にアカウントを作らせるのは骨が折れた。「ゲーム中にチャットなんて気が散る」と渋ったからだが、「究極の死闘感が味わえるチャット&協力プレイ必須の爆弾解除ゲームがある」と釣って成功させた。爆弾解除は1つも成功しなかった。

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