6-3「成した者こそ為すべき者たれ」
「久藻、我やそなたにとって30年は微々たる刻でしょう」
「“天狐”としてはそうでも女の30年は長いのじゃっ! ふん、そちには100億万年経っても分からぬやもしれんがの」
「久藻、『億万』なる単位は存在しません。訂正を推奨します」
「そういうところも相変わらずじゃのうッ!」
久藻は千方へ腰を浮かせたが、からくり尻尾に霊気光線を溜めようとしてやめた。
「……まあチカを秘匿せんというふしだらな動機の下にとはいえ、莢心は扶桑国をよく護った。それはわらわが他の誰よりも認めるところじゃ、他の誰よりもの」
千方をあざとくチラ見したものの、無反応だったからか舌打ち。
「卵が先か鶏が先かの話にはなるが。眼を失いて生存本能だけのバケモノと化したチカを、外に出さぬよう封じられたのは莢心の陰陽術あってのものじゃしのう」
「陰陽術? この莢心様が? そういうのは久藻様の方が得意そうに見えるけど」
「たわけ、わらわはからくり師で霊媒師じゃ。扱う分野がまるで異なる。この恰好を見れば分かるじゃろうて」
「分かるけど分かんないんだけど」
「俺はお家の方針で居合剣こそ極めたがよ、本当は陰陽師の素質が高いんだわ。久藻ともその縁で出逢ったんだぜ!」
莢心の懐がカードホルダーよろしく開くと、そこには色とりどりの御札が格納されていた。
「ハナよぉ、機会があったら今度は本気で正気な俺と戦おうぜぃ。久藻の他にも四鬼境の“瑞獣”と……おう久藻構えんな尻尾を、話の腰折って悪かったから続けてくれや」
(陰陽術が追加されたロボ莢心様との再戦かあ。……うん、覚えとこ)
ハナと莢心は握り拳を示し合わせたが、久藻は「度しがたい」と言わんばかりの渋面だった。
「とにかくもハナよ、そちという英雄の出現に改めて賛辞を贈らせてもらうぞよ。そしてすまなんだの、そちが八尺堂の封印を解いた者じゃとは分かっておったが……天守閣では何も話さず地獄へ送り出してしもうた。そちがチカの強さに心折れ、全てを捨てて逃げ出すなんて目もあの時点ではあったゆえな」
「ううん、べつに。『龍を倒してお姫様を救って!』なんてあそこで語られても重いだけだったし」
頭の中まで極力身軽で闘いたいハナとしては……そして千方火戦で繰り広げた“対話”を振り返れば、むしろそれでよかったのだ。
「でも“英雄”だなんてやめてよね。千方火に導かれて、目の前の死闘を1コずつ超えていっただけなんだけど」
「後の世に語られる英雄とは、まさにそのような者のことですよ。ハナ」
千方まで顔を向けてきた。
「ではお待たせしました、そんなハナには“これから”の戦いの導を供与しましょう。……もちろん、そなたが受諾してくれるのなら」
「待ってました!」
ーー ??? 『異聞四鬼伝 ーー簒奪の狂信者ーー』 達成 ーー
ーー 新規紀行 発生 ーー
ーー ??? 『異聞四鬼伝 ーー四鬼復活ーー』 ーー
千方が新たに示してみせたウィンドウの『受諾』バナーを、ハナはかるた取りよろしく瞬で叩いた。
「って、四鬼……復活?」
「肯定。……本来は副次的かつ任意の紀行として想定していましたが、そなたなら四大逢魔や“それ以外”のことも話す必要すら無いのかもしれません」
「おっ、おいおい千方ぁっ? それでいいのかおい、逢魔のこたぁともかく“アイツ”のことは……」
しかし莢心が詰めよってくる前に、千方が頼み込む調子で籠被り頭を下げた。
「その為にも、まずは四鬼復活が先決だと我は演算……いいえ思考します。彼女を目移りさせるのは悪手となりうるでしょう、どうかご理解ご容赦のほどを」
「ぉん……容赦も何もねぇよ、俺が救われたみてぇに四鬼たちだって助けてやるべきだけどよ。なぁ久藻?」
「ふん、30年も待ったのじゃから多少の回り道なぞ今さら焦るまいて。損得勘定で差し引いても、四鬼に注力したほうがものの弾みで近道かもしれぬの」
(……四大逢魔に“それ以外”、か。いいねそういうの、隠しボスとか裏ボスとかどんどん匂わせちゃって)
どうやら千方たちはゲームの看板でもある大ボス『逢魔』以外の何か強大なモノを知っているようだが、ハナは食い下がりそうになるのをグッと堪えた。
いかにも。『四鬼復活』なんて妄想捗るワードを提示された矢先、他の隠しボスだの裏ボスの話をされてもハナは目移りしてしまうだろうから。
「我は学習しました、ハナ。そなたには我々の大願を説いて英雄の使命感を抱いてもらうより、刃の届く範囲の戦いを1つずつチラつかせた方が導きやすいでしょう」
「ニンジンぶら下げた馬みたいに言わないでほしいんだけど」
「違うのですか?」
まったく良くできたハイエンドAI、良き友である。
「四鬼の復活は我の休眠前から計画していたことなのです。今や四鬼境そのものと化してしまっている彼らを、元の姿へと降ろしていきましょう」
「……そんなことできるの? あたし、難しいことはよく分かんないけど」
人柱となって土地の『神』と化した者たちを、どうこうできるものなのだろうか。
「難しく考える必要はありません。そなたは既に1度実践しているのですから、同じように為せば良いのです」
「それって?」
ちょっとピンときたので、ハナは腰に佩いた打刀『臨華』の柄頭を弄んで。
「すなわち……」
対して千方は、己の胸へ手を当てながら続けるのだった……。
◯ ◯ ◯ ◯
ーー 扶桑城 ーー
扶桑国東部、春隠の地。
桜の大樹に隠れた威容を有する古城、隠鬼城にて。
天守閣のすぐ真下には2つの城主の間があった。
1つは、童の秘密基地がごとく無節操な趣味の品々が詰まった部屋である。
布団ですら絵物語やぬいぐるみが散らかった万年床の有り様で、遊び道具の隙間に忍具や盾の類いが混じっているのがシュールだった。
この城を預かる同盟『いちもんめ』の盟友たちがふざけて入室しようとするも、敷居を跨ごうとした途端に青い霊気が張られるものだからぶっ飛ばされていた。
一方、対になるもう1つの城主の間は実直な部屋だった。
というのもこちらは家具や調度品がハウジング可能であり、隅の仮眠用具を除けば執務室然と設えられていたからだ。
様々なゲーム内イベントの記念品や勲章がコレクションされ、気取らない程度に思い出を誇っているのは『体育会系の男子の部屋』っぽさがあるといえなくもない。
「………………看谷ぃ」
そんな部屋の主にして扶桑城主、同盟『いちもんめ』頭領の村鞘 市郎もといイチは、ハナをついリアルネームで呼んでしまった。
執務机の前に胡座を掻き、卓上に表示したウィンドウをも突き抜けるほどに頭を抱えていた。
『この稀人ハナに祝福を! 扶桑国の稀人どもよ、これからも己が道に励むがよい!』
『やめてぇぇぇぇ! べつにあたし目立ちたくて闘ってきたわけじゃないんだけどぉぉぉぉ!』
ウィンドウには、数十分前に全プレイヤーへ告知されたワールドアナウンスのクリップがリピート再生されていた。
「……プレイ開始してからまだ2日目だろ。何がどうしてそんなことになったんだ」
誕生日プレゼントとして『稀人逢魔伝』のパッケージを贈った張本人ゆえに、複雑極まりなかった。
『にょほほほほほ』
『うひひひひひ~』
と。そんな呑気な笑い声2つが、卓上ではなくイチの左右に展開されたウィンドウから発せられた……。
ーー 鎧袖『奕莢改』 ーー
ーー 狂信者と化した莢心へ鎧袖『奕莢』が当て付けられた後、開発された後継機。久藻が愛した元の莢心の姿を、からくり的かつ愛妻的に拡大解釈した意匠を有する ーー
ーー 着るのではなく魂を封入する『ろぼとみにっく』方式を用いており、その気になれば久藻以外の女狐には鼻も引っかけないよう莢心の感情を調整可能だった。然れど恐妻はそれをしなかった ーー




