6-2「異聞化交流」
◯ ◯ ◯ ◯
そこは4つの次元の狭間、四途の川。
星の大河が縦横無尽に流れる霧の世界に、星霊殿なる平安様式の御殿が現れていた。
その奥の間は、方々へ伸びたいくつもの廊下が交わる中心点として据えられていた。
畳張りの四方へ敷かれた色違いの座布団に見守られつつ、一段上がった座に1対の白黒座布団が敷かれた。
「どうぞ、ハナ。ここは交龍の間と呼称しています、かつては我と四鬼が会議や団欒に使用していました」
「どうも。失礼しますっと」
黒い座布団に正座した籠被り女もとい千方に勧められ、ハナも白い座布団に正座した。
「ところであの無断広告蜘蛛狐……もとい久藻様は?」
「何やら準備があるとのことで中庭へ。じきに合流すると発言していました」
ハナが城主莢心をぶっ倒した後、彼の霊気を繭に包んでしまった正室……札沼 久藻。彼女がハナの行動を『英雄』だの何だのと城下へ演説してくれ(やがっ)たのもあって、この幽玄な隠れ家へ場所を移したのだった。
「待たせたのう」
そして千方の言うとおり、じきに襖が開けられた。
重厚感ある足音とともに。
「これ莢心、頭が高いぞよ。わらわが欄間にぶつかってしまうではないか」
「おう悪い! 愛してるから許せ、フハハハハ!」
ハナは「は?」、そちらを凝視せざるをえなかった。
聞き覚えのある男声が、久藻を肩に乗せながら入室してきたからだ。
「おうハナ! おまえにも悪かったな、フハハハハ!」
「ロ……ロボ、莢心様?」
そう。全長約2.5m、鎧袖風ロボットと化した蓬莱 莢心だった。
ただしハナが斬った老人の姿ではなく、ずいぶん若返った偉丈夫の姿である。
片肌はだけて着こなした綸子の着物や長手甲を装甲で再現し、はち切れんばかりの筋肉質もファイバー状の人工筋肉で編まれている。
そして、ロボであるというのに一目で分かる美青年だった。
昔懐かしスーパーロボット然とした“バリっている”面相が、茶髪の髷を揺らしながらバカ笑いしていた。
「じゃから頭が高いと言うておろう。もちっとちゃんと謝れい」
「ガガガガガガ!?」
下ろされた久藻が8本のからくり尻尾から霊気光線を莢心へ照射。彼女の倍近くの巨躯が膝を付き、そのままハナへ土下座した。
「しょ、正気を失いながらの数々の無礼非礼狼藉千万、誠に申し訳なかった……! 平に平に、どうか容赦してくれ……!」
「うむ、ひとまずは及第点じゃろう。わらわやチカにもこれから未来永劫謝ってもらうことじゃしの」
「正気を失ってた……? どういうことか分からないんだけど」
千方が理解を示す調子でハナを手で制すと、莢心へ顔無き顔を向けた。
「改めておはようございます、莢心。その肉体……訂正、機体がよく似合っていますね。少なくともあの耄碌した老人の器よりは」
「お、おう千方……おはよう。申し訳ねぇ。稀人に殺されたからにゃそのうち回生するはずだったんだが、久藻が言うにはそれじゃ元通りどころか元の木阿弥だったらしい。あと申し訳ねぇ」
「当たり前じゃ、この脳足りんめが。そちの脳はチカの眼を宿した時点で壊れてしもうた、回生しただけではまた狂信者になっておっただけじゃろう。そなたの霊力……御魂だけを『奕莢改』に移植し、はじめて正気に戻れたのじゃ」
「久藻。鎧袖の設計方針を決定した時、『ろぼとみにっく方式』は破棄したはずでしょう」
「べつに稀人どもを機械化したわけではあるまい。個人利用の範囲で旦那の阿呆を治しただけなのじゃから、えいえいコツコツ開発し続けた甲斐があったわ」
「ちょっとちょっと、お客の前で身内の話しないでほしいんだけど。だから正気とかあのタコ目玉とかいったいなんなのよ」
「うん? ハナよ、そち……聞いておらんのかえ」
久藻が不可解そうに狐耳をパタつかせた。
「もといチカよ、ハナに事の顛末を話しておらぬのかえ。にもかかわらずあれほど後腐れ無く莢心を斬ったと?」
「肯定、我には事前の情報開示の準備があったのですが。斬るべき相手への礼節として名前ぐらい知れればそれでいい、と回答されてしまいましたので」
この段になって、千方はハナへ顔の向きを戻すのである。
「ハナ。莢心が正気を失った真相について、我には記憶資料による情報開示の準備があります。再生しますか?」
「却下。3行でまとめて」
「……真体と化して魔を祓わんとした我を護り、
……不可抗力で我の神力に浴し続け、
……正気を失い我の眼を喰らいました」
「オッケイ」
語りたがりのヘソを曲げさせてしまったようだが、ムービーゲーは勘弁である。ハナは映画を観たいのではなくてゲームがしたいのだから。
「それだけでなんとなく分かるわ。莢心様が馬鹿だったからみんなが馬鹿をみたって話でしょ」
「100点満点です」
「おおうっ、そりゃねぇよおまえらぁ!」
冷却水の冷や汗をかいたロボ殿様莢心に、ハナは笑みを吹き出さずにはいられなかった。少なくともあの上辺だけ豪気な老害よりは人間味がある。
「くすっ、まだ老眼なのね莢心様。千方はべつに怒ってないと思うよ、ただ呆れてるだけ」
「んあ? お……あ……そ、そうなのかぁ? 千方ぁ?」
「……肯定。理由や経緯はともかく、そなたが死力を尽くしたことにより我も扶桑国もここまで生き長らえました。感謝に堪えません」
「お……おお……おおお! 千方ぁっ、やっぱイイ女だぜあんたはぁ!」
(それくらい見たら分かるんだけど。男子ってみんなこうなのかな……)
「えぇぇいっ、甘いぞよチカ!」
と。ハナもぱちくりと瞬くほど俊敏に、千方と莢心の間へ久藻が滑り込んだ。正座スライディングで。
「これなるは30年越しの恨み骨髄! わらわはいくら呪っても収まらぬっ。狂気に呑まれておったとはいえ、こやつの暴走を抑える為にどれほど惨めに這いずり回ったことか」
「だ、だぁらそれは一生掛けて償ってくって言ったじゃねぇかよぉ」
「“一生”なぞ甘々じゃ! その機体が幾度朽ちかけようとも修理し、永劫愛してもらおうぞ!!」
「……なぁんだ。久藻様も嬉しそうじゃん、めでたしめでたし」
「どこをどう見て斯様にのたまうのじゃ、そちは!」
(だって天守閣で会った時より明るいし、ノロうどころかノロけてるだけだし)
彼女からハナへ送られる刺線は蜘蛛糸に包まれた刀刃で、粘着質ではあるのだがスポンジ刀がごとく柔和なものに見えたのだった。
ーー 『ろぼとみにっく』方式 ーー
ーー 採用されなかった鎧袖方式。装着者の魂を肉体から剥離させて鎧袖へ封入することで、霊気伝達などの損失無く理論値の完全性能を発揮させる ーー
ーー いわば鎧袖を“着る”のではなく鎧袖に“着られる”方式。没となったのは、魂封入時の調整次第で『死』や『愛』といった感情を制御できると見出だされたゆえにだ ーー




