6-C「その時」
「ははぁ! どうだっ、俺様のとっておきだぜぃ……ぬぉぉ!?」
ダメージエフェクトの血飛沫が溢れ続けていたが、紅い影は妖気を第4の武器へ変えてまた投げる。
忍刀の生えた短機関銃だ。
ブーメラン……いや風魔手裏剣よろしく柔軟な軌道で進む短機関銃忍刀に対抗し、莢心が召喚したおみ足たちが激突していった。
対消滅してはまた喚ばれる、奇妙な剛力同士のラッシュファイトだった。
神気触手、投擲銃武器、笑蜘蛛ドローン、召喚おみ足。……極まっていく混沌。
その中で一定の調和を刻んでいたのは、虚ろ舟だけだった。
「ーーーーーーーー
ーーーーーーーー」
船体を覆う表意文字の法陣が、莢心と久藻の時間稼ぎの甲斐あって完成したのだ。
その術式が走査されるとともに、虚ろ舟の神気が加速度的に強まりだした。
「莢心、退けい!! ものの弾みも潮時じゃ!」
「そう、だな……ッッ!」
流れ弾の短機関銃忍刀を居合で払い続けていた莢心は、召喚おみ足に対空を任せて葛籠へダッシュ。
「……………………」
だが。紅い影もまた動きを変え、葛籠と虚ろ舟との間へ降り立った。
手元に発した妖気を第5の武器へ。
大鎚が生えた無反動砲だ。
1丁だけのソレを……彼あるいは彼女は投擲せず、火器として莢心へ向けた。
本来なら肩に担いで然るべきものなのに、ともすれば不器用に片手持ちで向けた。
そしてトリガーが引かれれば、砲口だった大鎚が発射された。
「こなくそっ!」
莢心は走り込みながらの居合構えで相対した、が、
紅い影の手から砲身を伝い、莫大な量の妖気が宙の大鎚へ注ぎ込まれていて……、
莢心が抜刀する直前、彼の背丈の倍ほどにも巨大化したのだ。
「ぬぉぉぉぉッッッッ……!?」
「莢心……!!」
払い除けるどころか、莢心は抜いた太刀を盾代わりに受け止めるこてあしかできなかった。
ほとんど打ち飛ばされる勢いで押し戻され、虚ろ舟の扉へ激突した。
「がは、ッ!」
血反吐を吐きながらも、莢心はくず折れはしなかった。
しかし彼の背中で、虚ろ舟の扉はいよいよ全壊してしまったのだ。
まさにその時、船体の神気が限界を超えるように極まった。
「ーーーーーーーーー
初 期 化 開 始
ーーーーーーーーー」
鐘の音の囁きに、声ならざる“意味”が確かに発せられた。
浮島を包む結界が消失した。
神気触手が一瞬にして蓋へ戻っていけば、
そこには、一粒の涙がごとき神気が縮退された。
全ての術式法陣が結集した、暗黒の物質が。
そして虚ろ舟から……椀型の爆弾から、全てを塗り潰す神気が解き放たれた。
「ッッッッ……千方ぁッ、わりい!!」
全方位へ広がる暗黒に呑まれる直前、莢心は壊れた扉の向こうの船内へ飛び込んだ。
そこもまた、いくら覗き込めど無明なる深淵だったのに。
しかし、他にどうすることができただろう。
「……………………」
あの紅い影とて、他の何をも置いた様子で天へと飛び去ったのだから。
もしくは。何をも省みようとしないその飛行は、“成功”の確信に満ちたものだっただろうか。
「こんのっっ……大うつけめぇぇぇぇ!」
やむを得ずの離脱という意味では、そう、葛籠の蓋を閉めた久藻のほうがよほど感情を渦巻かせていたのだ。
そして浮島全域を呑み込んだ暗黒は、地獄の天地へなおも広がっていった。
日芙と繋がる糸柱へ、魔物の大海へ。
触れた先から、全ての糸柱も魔物も輪廻へ。
例外は一切無い。
無間の赤黒き海が、ただただ“天使”の見る夢に包まれていく。
それに東西南北の遥か彼方では、『火色』・『水色』・『風色』・『土色』の4色が広がっていた。
天の鏡から霊気の光柱が照射され、虚ろ舟の暗黒と同様に地獄を押し流していたのだ。
やがて5つの力は中央にて合流を果たし、辛うじて逃げ惑っていた魔物たちをも完全に圧し潰した。
扶桑地獄は、ここに全ての澱みを清算したのだった。
「ぁ、がっ……」
……ただ……、
力の奔流の最中、虚ろ舟の深淵にはもう1つの地獄があった。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
もう1つの地獄変が、刃の軋むような絶叫とともにあった……。
…………。
……………………。
…………。
魔物の海も糸柱も無くなった、空虚な世界があった。
地形には何一つの変化も無かったのに、ただただ死せる生者たちが消え失せていた。
虚ろ舟の浮島もまた健在だったが、激闘の爪痕が遺恨じみて残っていた。
「莢心……?」
恐る恐る押し開けられた葛籠の蓋。……眼鏡の奥の目元をくしゃくしゃに腫らせながら、久藻が浮島へ立った。
そんな彼女の目は、最奥にいた者をすぐに捉えた。
巻き戻るように扉を修復しつつある虚ろ舟の前で、膝を付いた偉丈夫の後ろ姿を。
「ああ……! 無事であったか!」
久藻はすぐさま駆け寄った。
……しかし、
「……おお……おおお……」
近寄ってからこそ、彼の丸まった背中越しの囁きに気づいた。
「千方……御前はなんと……美しいのだ……」
吐き出す心酔の声と入れ替わりに、湿った咀嚼音を嚥下していく若殿の様子に。
「これ……莢、心……っ? 」
「なんと……美味だろうなあ……」
「莢心!!」
背へ触れようとしても触れられず。あらん限りの大声が発せられて、男はようやくハッと顔を上げた。
「おう、久藻か。大事無くて良かった、彼女を見てくれ」
振り向いた彼の手中には、
喰いかけの巨大な眼球があった。
「千方だ」
大脳ほどの大きさの中でモノクロームに際立つは、白目と黒い瞳。
白い視神経と黒い視神経が絡んでいるように見えて……、深海生物を思わせる白い触手と黒い触手が生えている。
「美しいだろう。これが彼女の真の姿なのだ」
白黒の血に口元を染めながら、彼は恍惚の笑みを浮かべた。
【見るな】
見るな。覗くな。振り返るな。これらを禁忌とする昔話は数多い。隔たれた“向こう側”にあるモノは人の領分を超えた『神秘』であると戒めるのだ。
“見る”という行為は、多くの生物において『敵意』とみなされる。それを忘れてしまった人間を、獣も神も同じように戒めるのだ。




