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6-A「人から柱へ」

 【Need to Knowの原則】

 必要とする者にのみ必要な情報を、の原則。情報はその情報を必要とする者へのみ与えること。物事を遂行するうえで、必要最低限という名の過不足無き情報のみ与えること。

 今はまだ、知ってもいいし知らなくてもいい。彼女も、そしてあなたも。


  ◯ ◯ ◯ ◯


「おい千方よぅ……本当にこれしか方法は無いのか?」

「今さら言ってやるでない。女の度胸に泥を塗るつもりかえ」


 千方火を傍らに添え、1人の男女が地獄に立っていた。

 一対の葛籠が端に置かれた浮島に。

 男のほうは、黒の綸子の着物を片肌はだけて着こなした若き偉丈夫だ。長手甲がはち切れんばかりに筋肉質で、佩いた太刀が埋もれてすら見える。

 女のほうは、霊媒師めいた雅な白装束姿の狐狗狸族だ。蜘蛛脚めいた2本のからくりサイドアームに自前の尻尾を合わせ、三尾の白金狐となっている。

 ガキ大将じみた笑みが妙に似合う若き偉丈夫は、名を蓬莱 莢心という。

 絶世の美女狐でありながら莢心の正室である三尾の女は、名を札沼 久藻という。


「否定……なにも度胸からこの身を捧げるわけではないのですが。堕浮冥人として当然の手順であり責務です」


 2人に見守られて。一見するとがらんどうな浮島の中心で、双刃刀を持った千方が舞っていた。

 彼女が手を舞い踊らせば、虚空に呪文めいた表意文字たちが現れて法陣を編み出した。

 そう、まるでプログラミングコードのような呪文を唄っていたのだ。


「何をのたまっておる。手順じゃの責務じゃの口酸っぱくしておきながら、そちはあの手この手で天獄とやらの知恵を横流ししておるではないか。これを女の度胸と言わずなんと言うのじゃ」

「フハハハハ! まったくそのとおりだぜ! あんたは生き人形なんかじゃねぇ、地獄に咲いた華みてえに肝っ玉の据わった女だよ。……ああ……だからそうだな……悪い、“たられば”なんて語っちゃぁ俺たちの縁も汚すってもんだよな」

「……否定。我が再誕してからも、この縁が続くことを切望します」


 そうして舞いを終えた千方に、呪文の1文字1文字が付与された。

 目に見える褐色肌へ、そしてたぶん狩衣に秘された箇所へも。黒い刺青がごとくびっしりと書き込まれた。


「任せろ。あんたに託されたからにゃ、稀人への援助も俺が絶やさねぇよ」

「わらわは天獄の技術を基に、より強力なからくりを拵えようぞ。“袖”振り合うも多生の縁というやつじゃ」


 籠被りの“天使”は、双刃刀持ちの手を重ね合わせて深々と辞儀を送った。


「では、行って参ります。こうしている間にも扶桑国の魔は溢れ続けていますから」


 夫婦に背を向けた彼女は地獄の様を見上げた。

 糸柱が肥大化して見えるほどに魔物の軍団が昇り続け、天の鏡へ秒単位で終末が注ぎ込まれ続ける様を。

 そして再び前を向いた千方の行く手には、蓋をされた御椀型の舟があった。

 ソレは注連縄を巻かれた巨大な要石のようで、あるいは『岩戸』と呼ばれる岩窟の祠のようで。

 近未来的にシャープな造りは、黒い輝きとともに真新しく鎮座していた。

 開け放たれたハッチの向こうにも、闇をも呑み込む深淵の黒さだけが口を開けていた。

 千方がその虚ろ舟へ歩きだしていくとともに、久藻が葛籠のほうへ踵を返した。


「ゆこうぞ。寝かしつけてやらねばならぬ“おぼこ”でもあるまい」

「……おうよ」


 莢心は、腕組みなんかした仁王立ちで千方の背中を見送り続けていた。

 ……久藻は無視しようとしていた様子だったが、ふと足を止めると振り向いた。


「そちの本妻はわらわぞ。ゆめゆめ忘れるでないわ」

「ああ? こんな時に何言ってやがる」


 久藻は大きな葛籠の中へ飛び込んでいき、莢心もやや遅れて続いた。

 彼が葛籠の蓋を閉めるべく握れば、ソレはどんな魔をも寄せ付けないかのような霊気に包まれた。

 と、タラップを上がりかけていた千方が今度は振り向くのだ。

 他でもない、葛籠の蓋を閉めようとした莢心がまだ千方を見つめていたからだ。


「……大丈夫です。我1人でなんとかできますから、そなたたちはこんな所に留まってはいけません」

「……おうよ……」


 そうして千方が虚ろ舟の中へ一歩踏み込めば、扉が自動的に閉まっていった。


「おやすみなさい」


 もはや彼女が振り向くことはなく。

 虚ろ舟の扉が閉まっていき……ついに隔たれたともに、葛籠の蓋もようやく閉じられた。

 次の瞬間、揺り篭は……神気の黒い輝きに満ちた。


「ふぅ、っ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そして、絶叫。


「ぁぁぁぁァぁぁぁァァぁぁァァァぁァァァァッッ」


 それは徐々に変貌していき、肉声の域を出ない音量のはずなのに亡者の海をもざわつかせた。


「ァァァァァァァァァァァァ……ーー

 ーーァァァァーーァァーーァーー」


 名状し難き鐘の音へ変わり、地獄の果ての果てまで届いていったのだ。


「ーーーー

 ーーーー」


 すると、虚ろ舟を包む神気が表意文字の術式へと変換されはじめた。

 1文字ごとにごく微細。舟の全体を覆おうとしているのだろうか、幾何学的な法陣を組んでいくのだが膨大すぎてなかなか進まない。

 そんな浮島の様に反応したのは、魔物たちを現世へ渡らせようとしていた妖気の糸柱たちだった。

 天の鏡へ刺していた先端を外し、浮島めがけて鎌首をもたげたのだ。

 脱出を急いでいた魔物たちはたまったものではなかったが、恐慌状態のままに浮島へ降り注いだ。


「ーーーーーー

 ーーーーーー」


 対して、浮島の周囲に神気の結界が展開された。

 ハニカムドットが組み合わさった形状のソレに触れただけで、魔物たちは妖気から霊気へと輪廻させられた。

 どんなに大量の魔物たちが激突してこようとも、揺らぐ様子すらない。十分すぎる防壁だった。

 天の鏡を割り、紅い凶星が堕ちてくるまでは。


「……………………」

「ーーーーーーーー

 ーーーーーーーー!?」


 抱くように構えた長柄の何かを結界へ突き下ろし、一瞬にして貫通せしめた。

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