0-1「鎧袖」
ーー かき捨ての竹林 ーー
扶桑城から東の竹林は、ナビ鬼火が表したウィンドウによるとそういう名らしかった。
「ガキャキャキャァァッ!」
ーー 【妖】 餓鬼 ーー
腹だけが異様に膨らんだ小鬼……餓鬼がわんさかうろついていたので、本当は『餓鬼捨ての竹林』なのではとハナは思った。
「見切った!」
ーー 弾殺(Parry) ーー ヨダレを垂らしながら飛びかかってきたので、刺線を読んで鉤爪をパリィ。
「ギャキャァァ!?」
ーー 致命(Fatal Hit) ーー 餓鬼の素っ首に咲いた刺線の花を貫けば、一撃で消滅していった。
しかし、先を急ごうとするハナの行く手には少なくとも数十体からの餓鬼たちがまだ徘徊していた。
感知された先からわらわらと走ってきて、走るタイプのゾンビよろしく噛みつきやボディプレスを放ってくるのだ。
(序盤のゴブリンとかゾンビのポジションなんだろうけど、バカにできない瞬発力ね)
短足で基本的にノロマなのだが、いざ射程圏内に踏み込んでくると全身のバネを使って急襲してくるから油断できない。
(あたしはいなせるからいいけど、ザコって感じのザコでもないような……。初心者指南ってのスキップしてなかったら、もうちょいヌルいモブ狩りから始まってたのかもね)
ハナは『侍』職の武器である打刀1本をお供に、いなしては致命撃を閃かせていった。
餓鬼どもが分厚い層となって挑みかかってこようとも、『後の先』に立つ意識を徹底すれば1体斬るごとに1歩進めた。
それは死にゲーの呼吸。欲と迷いが破滅を呼び込む、死線の境の殺し合いかただった。
「わああ! あああ! 釣りすぎたまとめすぎたあ!」
と、そんな無様な声はハナのものではなく。笹の葉の向こうに垣間見える別の踏破ルートからのものだった。
強化外骨格を纏ったからくり師の蕗下族少年が、機関銃を連射するのに任せて餓鬼の群れを相手取っていた。
(……はあ? 何アレ? 強化外骨格?)
強化外骨格である。エグゾスケルトン。パワードスーツ。そうとしかいいようがない。
四肢を填め込むことにより歯車仕掛けの機関を背負い込むからくり。
両手両足には兵装を積めるようになっていて、ミサイルポッドやアイアンクローなど自由度が高い。
特に象徴的な鋼鉄の大袖は、外骨格兵器に比べればささやかに見えるが生身用の武器等のウェポンラックだった。
(『アーマード・ギア』みたいなんだけど。世界観どうなってんのよ。いや、たしか城下町もからくりまみれだったっけ。からくり師みたいだしアレが固有スキルなのかな)
一見すると猛者というか別ゲーの威容だが、一方、生身の装備は見るからに序盤っぽい。だいたい動きがまったく洗練されておらず、偶然任せで滅茶苦茶にコマンド入力していくいわゆるガチャプレイを思わせる。
ハナも脳筋プレイだとは村鞘によく言われるが、それとは似て非なるものである。
風来姫は竹の合間をすり抜け、向こう側の道へ躍り出た。
手近な餓鬼の背中へ一刀浴びせる。
ーー 奇襲(Stab) ーー ーー 会心(Critical Hit) ーー 仰天した餓鬼から大きなダメージエフェクトが飛び出したが「ガャッ」、あまり怯みもしなくて倒せなかった。刺線の花も現れない。
(げ、普通に攻撃しただけじゃそんなに効いてない? スタブ判定はあったみたいだけど……ていうかクリティカルもあるんじゃん。ってことはフェイタルヒットの条件は……)
ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 致命(Fatal Hit) ーー 反撃を改めてパリィしたところ刺線の花が現れたので、今度は一撃で屠れた。
餓鬼たちの半数ほどの狙いがハナへ逸れたため、驚いたのはからくり師だ。
「はっ……!? き、きみは!?」
「ただの通りすがりなんだけど。ねえ、このゲームってデスペナルティある?」
「え? え、あ、うん、振り分けてない技能魂が少しロストするって……!」
「へえ、スキルポイントが減るんだ。けっこうシビアなんだけど。わかった、少し釣ってくから後は自分で決めて」
ハナは少年からくり師の脇を通ってさらにいくつか敵視を拾いながら、いなして屠る快進撃を再開した。
結果、彼が扶桑城方面へ逃げられるだけの活路は開かれた。
「それじゃね。グッドラック」
「ちょっ……待って!? きみ鎧袖は!? ううんそれよりっ助け合おうよっ、僕とパーティ組んで! お願……」
希望の表情が差していたが、彼が飛ばした『同行申請』のウィンドウは即座に消滅した。
ハナが『拒否』のアイコンもろともグーで殴り壊したからだ。
少年の鼻先スレスレで握り拳は止まった。
「悪いけど、あたしソロ専なの」
直後、刺線を横っ面に感じて餓鬼のヘッドダイブをパリィ。
脳天の刺線の花を一閃し、ハナは竹林の深部方面へ滑り込んだ。
チラと見えた後方で、少年からくり師があっという間に餓鬼たちに再包囲されていた。
「うわ、あ、ああっ、ああああぎゃああああ……!?」
(あーあ、せっかく拾った命だったのに。さっさと逃げればよかったんだけど)
まとまったザコは時としてボスより脅威だ。ハナはそれを痛感しながら、また1歩ずつ1体ずつ屠っていくのだった。
◯ ◯ ◯ ◯
竹林の最深部には大きな湖があった。『笛塚の湖』というらしい。
舟を思わせる岩が水上へ点々と突き出ていて、湖面中央の小島へと通じる足掛かりとなっている。
拓けた小島には巨木と融合した巨岩が立っていて、小さな穴を連ねたソレはなるほど笛型の塚だった。
宵の風が吹くたびに、笛塚は余韻ある音色を奏でるのだ。
(どーー見てもボスフィールドなんだけど。やたら拓けた場所で、なんか印象的な背景があって、ザコがいなくて)
スクリーンショットが映えそうなスポットだったが、ハナはただただ死にゲー脳で警戒していた。
それに、身構える根拠は湖の外周にもあった。
熟練っぽいプレイヤーたちがフレンドリーに見学していたのである。
「お、来た来た」「よくがんばったなールーキー!」「チュートリアルもこれで最後!」「終わったら同盟に入れるぞん!」「みんな応援してるわ!」「初心者歓迎!」「うちは無言オッケー」「社会人マル」「共に四鬼城主を目指そうぞ!」
彼らは歓迎の意を記した上り旗を持っていたり、様々な紋を描いた外套をこれ見よがしにはためかせていた。
(クランの勧誘か。うっとうしいなあ、気が散るんだけど)
あの城下町の大橋よりは人が少ないのに。全員の興味がこちらへ向いていたものだから、尋常ではない数の刺線がハナを刀刃まみれにした。不可視化のオンオフは実践しているが、数が多すぎたりすると遮断しきれず不安定に見えてしまうのだ。
再制御には苦労したがなんとか振り払いつつ、ハナは舟の岩たちを跳んで小島へと渡っていった。
ーー 【妖】 餓鬼 ーー
ーー どれだけ食しても決して満ち足りる事の無い、飢餓の小鬼 ーー
ーー 地獄の釜ですら溢れている今、現世に上がって来ずとも食い扶持には困らない。それでも生者を襲うからこそ彼らは餓鬼なのだ ーー