5-4「紫電超電」
ーー 鎧袖『奕莢』 ーー
ーー 蓬莱 莢心専用鎧袖。正室の札沼 久藻が手ずから組み上げた最初の鎧袖にして、四鬼事変後の仕様変更こそあったが莢心へ贈ると決めた機体 ーー
ーー 稀人たちへ贈ると決めていた正式鎧袖とは設計思想が分化しており、久藻が『桶』の符号で呼ぶとおり『着る』より『乗る』意匠に近い。あるいは莢心の未来を考えれば『入る』ものであろうか ーー
莢心の踏み込みに先んじて、彼の意識を表す刺線がハナの正中へ突き刺さった。
よく鍛えられ、よく古傷を刻んだ太刀に見える。……しかしその刃は所々で峰の側へ付いていて、逆刃刀ともいえない混沌の様相を呈していた。
「っっっっふ……!!」
そして、神速の居合い斬りが放たれた。
対してハナは……、
(さっきの一太刀で、見抜いちゃったんだけど)
「ぅ、ぬ……!?」
ーー 弾殺(Parry) ーー 風来姫は、特段の驚きも無く鎧袖太刀をパリィした。
鎧袖殿様は弾かれた刀身に引っ張られ、傍らを勝手に通過していった。
その背部装甲を斬りつけるとともにハナは踵を返す。
「ごめんね。最初の傷が背中だなんて、剣士にとっては恥じゃない?」
「舐めた真似を……! むぁ!?」
向き直った莢心の背で爆発が起こり、ハナが斬ったラジエーターらしき機関がパージされた。
ーー 霊却機関 損壊 ーー
ーー 強化推進(Boost Maneuver) 使用不能 ーー
「霊却機関がやられたか……くっ、これでは脚部の加速装置が使えぬ……。だが、偶然は2度続かんぞ!」
「偶然なんかじゃないってば。そんな事も分からないくらい老眼なの? 最速の居合剣士だかなんだか知らないけど」
対してハナの目は、自慢ではないが冴えている。
莢心の神速抜刀、並びに神速納刀の“からくり”もしかと見抜いていた。
タネは機械仕掛けの鞘にある。
鎧袖太刀が鯉口に触れた途端、鞘はジッパーを下げるがごとく開いて刀身を自動収納していたのだ。
「っっっっら!!」
そして居合い斬りが抜かれる瞬間、鞘の機構がまたも動いていた。
鞘の一部たる下緒に見せかけたトリガーが引かれると、刀身が神速で射出されていたのだ。
その鞘の形状は、2枚のカタパルトを挟み合わせたようなもの……つまり超電磁砲だった。
抜刀の際に見える紫電は、いわば砲口から撒き散らされたマズルフラッシュにすぎなかった。
(刀じゃなくて、ただのレールガンじゃん)
「ぅ、ぐぅ……!?」
ーー 弾殺(Parry) ーー だから。ハナには、なんということはなかった。
鎧袖太刀をいなし落とし、鎧袖胸部へ一閃。
さすがに分厚い装甲だったので貫通はできなかったが、丸ごと破壊してパージさせた。
「呆れた。その鞘でカタナ撃ち出して加速させてんのね。居合剣士が笑わせるっての、とどのつまり銃ブッ放してきてるのと変わらないんだけど」
「そう論破してあげないでください。彼も年を取りました、四鬼事変以前は鎧袖が無くとも同程度の居合を行使できていたのです」
「ああ千方っ……そうだとも! 俺は今でも最速無双の剣を背負っておる! 負けるわけにはいかんのだ!」
莢心は足元の胸部装甲クズを鎧袖太刀で斬り払った。
「それを貴様は、っ……。鎧袖も着ずに生身でいなしてみせるとは! なんたる化け物か!」
(いなした感じ、発生1フレームの居合剣かな)
右から左へ聞き流して、ハナは『莢心』というボスのコンセプトを分析していた。
(たしかにそれ以上の“最速”は無いもんね。……これ、硬直が重い鎧袖は当然としてスキルやアイテムに慣れてるプレイヤーほどキツくない?)
「どうした! かかってこぬならこちらから貫いてやるのみ!」
距離を取る足運びに終始したハナへ、莢心は軸合わせに走りながら鎧袖大弓を抜いた。
「っ! っっ! っっっっう!」
ーー 『逐電』(鎧袖副兵装(弓)) ーー
弓ではあるのだが、ソレは厳密には機械化されたコンパウンドボウと呼ばれるもの。
やはり2枚の電磁カタパルトを挟み合わせていて、紫電を伴う鎧袖矢が神速に放たれた。
リズミカルに、1本、2本、3本の連射。
(こっちもレールガンじゃん)
ーー 弾殺(Parry) ーーーー 弾殺(Parry) ーーーー 弾殺(Parry) ーー リズミカルに、1本、2本、3本のパリィ。
「ぬっ! ぐっっ! っっっっう!?」
鎧袖矢たちは余すことなく莢心へ返され、膝の装甲を割ってやった。
(居合剣と同じ発生1フレーム。こっちから挑みかかろうもんなら居合剣や弓で逆に先制取られる、ってところでしょうね。アクティブスキルには特有の予備動作があるし、アイテムだってどうしても『選択』の1手間がかかるし)
このゲームのセオリーらしく挑もうとする者ほど苦しめられるだろう。
(なるほど。そういう意味じゃ、セオリー通りのプレイヤーには最速最強のボスね)
「ッッゥ……その腕前をどうして正道のもと振るわない! 魔を追い、宝を求め、他の如何様にも旅路を示してやれたというのに……よりにもよって千方を暴くとは!!」
(つまり……あの発生1フレーム攻撃さえパリィできるプレイヤーには……つまりあたしには、むしろ最弱のボス)
ハナは、セオリーなんて知ったことではない。
己の刀のみでの真っ向勝負を望む死にゲー少女には、こんな“1フレームの死線”なんてもはや特段のものではなかったのだ。
「っっっっは! っっし! でぃぃやぁ!」
(居合横薙ぎ。からの袈裟斬り。そして下がり斬りっと)
ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー 三度踏み込んできた莢心が、今度は居合以外の剣技も連ねてきたが三連パリィ。
発生1フレームの居合はともかく。続く袈裟斬りには前後6フレーム程度の余白があったし、下がり斬りもハナから深追いしなければ超長リーチの牽制にすぎなかった。
「ねえ! バカみたいに反撃取らせてくれるのは嬉しいけど、そろそろあたしからも斬りかからせてよ! この猪武者!」
「おのれぇぇ! 貴様なぞ剣士の風上にも置けん!!」
莢心が達人であるのは確かにハナも認めるところだった……、
(ダメダメね。あたしが攻めるのを待ってたら少なくとも打ち合えるチャンスはあるのに、こんな挑発に乗っちゃうんだもん)
彼は城主にふさわしい“達人”ではあっても、戦場を駆ける“武人”ではきっとなかった。




