5-3「ジジイと何かと騒々幽霊」
「どちらが大うつけですか。そなたが穏便にアレを返却してくれるのなら謗りも詰りもしません、我からも久藻へ口添えしますのでよろしくお願いします」
「千方よ……おお千方よ、なんと見るに堪えない姿だ。さてはそこな稀人に拐かされたか、おまえの眠りは俺が守ってやるからどうか元に戻っておくれ」
赤鬼じみた憤怒の形相から、千方と視線を交わしあった莢心は見る間に青鬼じみた悲哀の形相へ。
ただし太刀の柄を握り込んだまま、広間から御白洲へ下りてきた……。
「……やはり、通じているようで通じていませんね。承諾しないのなら実力行使に移行させてもらいます。こちらのハナが」
「ちょっと。闘ってほしい相手ってあの殿様? 身内のケンカっぽい感じならあんたがやりなさいよ」
「そうしたいのは山々ですが、今の我に直接の戦闘能力は皆無です」
「はあ? あんな双刃刀でパリィ返しまでしておいて?」
「これですか?」
千方の手元にあの白黒刃の双刃刀が現れた。
ーー 『涅生』(双刃刀) ーー
「部分的肯定、我は護身術程度には剣の覚えがありますが。旧受肉体とは異なり、今や振るったところで実質的意味は存在しません」
「どゆこと?」
「つまり……」
「鎧袖装着……『奕莢』」
と、虚空から召喚した鎧袖の重低音で遮ったのはまたも莢心である。
歩き続けながら彼が瞬時に纏ったのは、古鉄の重機を思わせる鎧袖だった。
稀人たちが装着するスタイリッシュなモノとは世代というか年号が違う無骨なデザインながら、フルカスタムフルチューンな物々しさがある。
片肌脱ぎ風のアシンメトリーな武装は、からくり仕掛けの鞘に納まった鎧袖太刀と背中の鎧袖弓だけだった。
「抜け。稀人」
そして鎧袖太刀のリーチ数歩前へ差し掛かった瞬間、彼は居合の構えを見せて。
瞬時に呼応し、ハナも腰の打刀へ両の手を滑らせて……、
「2人ともっ、あぶなぁい!!」
「けおっ」
想定外だったのは、そういえばここにいたからくり師少年が急に割り込んできたことである。
コロポックルじみた小さなカラダ全体でハナと千方を突き飛ばし、前へ躍り出た。
「っっっっら!!」
瞬間。大きく踏み込んだ莢心の手元に紫電が煌めいた。
瞬間、からくり師少年は真っ二つになっていた。
「ぅぁ……ぁ………………?」
上半身と下半身が散りゆく霊気となっていき、デスしていった。
「診断:上半身の欠損あるいは下半身の欠損」
「千方ぁぁ!?」
千方も真っ二つになっていた。
なんということだろう。せっかく仲間になったのにもう死んでしまった。
「なんでしょうか」
「ちょっと!?」
いや。なんということだろう、断面から鬼火を迸らせながら千方は元通りに再生した。
「失礼」
その流れのままに彼女は、莢心へ双刃刀を一閃させた、
が、彼の頭蓋へ刃が当たった途端……それは鬼火へと崩れながらすり抜けてしまった。
「千方! かような姿でも俺はおまえまで斬りたくない、退け!!」
「そもそも今の我を斬るのは不可能ですが。莢心」
脚部に付いたローラーでバックダッシュし、莢心は居合の構えのまま仕切り直した。
ーー 『白切』(鎧袖主兵装(太刀)) ーー
そう、居合である。
抜いた瞬間の刃しか見えない神速の居合抜きで以て、老練なるお館様はアレと千方を一刀両断したのだ。
そして納刀もまた瞬時であり、傍目には手元の紫電しか見えない神業と相成っていたのだった。
「というわけで理解できたでしょうか、ハナ。現行の我は斬られるのも斬るのも不可能な受肉体なのです。正確に記述するのなら『彼我への“害意”が無効化』されます。あの旧き受肉体から転生する為に様々な術式を回避する必要に迫られたので、このような設定にせざるをえませんでした」
「……ポルターガイストってとこ?」
「その認識で問題ありません。以て戦闘面において我が可能なのは、そなたに情報を付与する事。情報生命体らしく、情報で相手を殺すぐらいですね」
「オッケイオッケイ。戦えないならしょうがないわ、あたしが闘ってあげるけど」
「本当は自分こそが闘いたかったのでしょう?」
「ま、あんたにあっさり倒されてたらつまらなかったのは確かね」
ハナは刀の鯉口を切ったが、莢心を見据えながらも刃はまだ抜ききらなかった。
「扶桑城主、蓬莱 莢心様! ……あなたがこの世界にとってどれだけユニークNPCでも、抜いたからには斬るよ。一応言っとくけど」
「痴れ言を。八尺堂の封印を解いただけならまだ無視できたが、『じあくほうと』を地獄に繋げ千方の眠りを破るとは……万死を以ても許せん。貴様を斬り、彼女を虚ろ舟へ戻させてもらう」
「そ、シャクシャクが言ってた『お館様』ってやっぱりあなたのことなんだ。ずいぶん恋しそうに呼んでたわよ、あたしが臓物ぶちまけてやった最後の最後まで」
「ああ……初堂か……」
あのママ尼僧を引き合いにとりあえず挑発してみたが、そう一言だけ頷いてみせた莢心の眼差しは千方へ向いていた。ハナは肩をすくめるしかない。
「者共、手出しは無用ぞ! こやつは俺が異界へ還してやる!」
「よかった。それくらいの意地はあるみたいなんだけど」
そうしてハナも、ついに刃を抜き払ったのだ。
ーー 『千方の証 臨華』(打刀) ーー
ソレは千方からハナへ捧げられし打刀。龍体あるいは深海のうねりを思わせる漆黒の鞘に、開花と落花を繰り返す彼岸花の彫り細工が白く咲いている。
真白の輝きを常に湛えた刀身には、美しくも凶悪なノコギリ状(鋸目)の刃紋が眇められていた。
ハナの抜刀を見て取ると、千方はお白洲の端までテクテクと下がっていった。
「莢心は扶桑国最速と謳われた居合剣術『不比刀』の使い手です。とはいえ、我を乗り越えたそなたなら勝てない道理は存在しないでしょう」
「ふん。あんたにも一応言っておくけど、城の警備隊みたいに不殺で済ます義理は無いからね」
「肯定。彼は私怨で行動しているにすぎませんが、抜刀したからには生殺与奪全て怨みっこなしです」
「気が合うわね!」
そうとも。あちらも抜いたしこちらも抜いたからには、もはや待ったも無し。
よほどの事が無い限り、どちらかが死ぬまでは刀を納める道理も義理も無いのだ。
「ゆくぞ! 異界の悪鬼め!!」
「はーい!!」
ーー 【ムシ】 一意の狂信者 蓬莱 莢心 ーー
ローラーダッシュしてきた莢心に対し、ハナは刃先を地面スレスレまで垂らした下段構えで応えた。
ーー 千方火 ーー
ーー 稀人1人1人に供する、汎用情報処理鬼火。彼女たちが開く“窓”を介することで、己の内なる能力と向き合えたり、日芙人との取引において詳らかな品書きを提示できたり、個々人に割り当てられた次元の狭間の座標へ接続できる ーー
ーー 全ての堕浮冥人に標準権能として備わっている無限の“目”であり“先触れ”。これを他者の供として配したのは扶桑地獄の千方がはじめてであり、他国の同一存在も『千方火』と呼ばれる。敬意を、あるいは嘆きを込めて ーー




