4-9「籠女」
「ちょちょちょちょっとぉ!? 第4形態とかそれはさすがにキレるけど!?」
出血を示す赤いエフェクトとかではなく、あの白い霊気の輝きとともに産まれ出てくる様は神秘的。しかし今のハナにとっては邪神の誕生でも見るような狂気の沙汰だった。
せっかく納めかけた刃は、もう1度抜こうものならハナの怨讐にまみれるだろう。
ただ。結果的には、死にゲー少女の怒りの居合が抜かれることは無かった。
肩から胸、腹、腰、脚……と龍の首の中から産まれ落ちた“彼女”は、その場にペタンと座り込んだだけだったからだ。
陸に上がってしまった人魚かのごとき儚さで、纏った白黒の狩衣装束を謎の汁気に濡らし……、
「……………………」
首も無いのに、ハナを見上げた。
「ぴぃぃ!? 首無し女!!」
唐突なガチホラーに度肝を抜かれてしまい、ハナは居合を抜けなかったのだった。
「え、あっ、首……首無しの女の像……あっ、あっ、え、ええぇ!?」
「……………………」
そう。龍の首から産まれたその首無し女は、八尺堂で見た首無し像とまったく同じ姿だった。
「あのお寺の隠し像もそりゃ首無かったけどっ、アレって壊されてたとかじゃなくてデフォだったの……!?」
「……………………」
「ちょちょちょちょっとちょっと立ち上がんな断面見せんな! まだ殺り合うつもりなら往生際悪すぎなんだけど!?」
「……………………」
ユラリと立ち上がった首無し女の“頭部”に、ちょうど生首サイズに鬼火が灯った。……断面は隠された。
(……首無し蝋燭女)
「……………………」
首無し蝋燭女は、「敵意は無いです」と言わんばかりに手を重ねあったお辞儀をハナへ送った。
ーー 我です、ハナ。『千方火』です ーー
「ご丁寧にどうも。さんざっぱら襲ってきた相手にご挨拶されても安心できないけど」
『千方火』はウィンドウで語ったが、あのうら若き女声無き筆談である。口調を除けば鬼火から手が生える前の頃に回帰したかのようだ。
ーー 否定、闘う意志はもうありません。そなたの勝利です。騙すような形で我の殺害へ加担させてしまい、申し訳ありませんでした ーー
「……ま、楽しかったからいいけど」
ーー 肯定。我も楽しかったです ーー
「あんたさぁ!? 刀持った辺りからちょっと思ってたけど、ただの鬼火だった時よりイイ性格してるわね!?」
顔も無いのに、なんだか笑ったように鬼火を揺らめかせた彼女である。
背格好や褐色肌のハリなどからハナと同年代の女だと感じなくもないが、なにせ首が無いので確証が持てなかった。
ーー アレはいわば『千方火』としての仕事の流儀です。そなたとて赤の他人の案内役を務めるのなら無難な物言いに努めるでしょう ーー
「なにあんた……なにこいつ……」
ーー 何と問われれば、『千方火』だった者です。どうぞよろしくお願いします ーー
”『千方火』だった者”は、差し伸べる手を向けてきた。
仕方ないのでハナは握手に応じてやろうとした……が、彼女の手は『上へ』を表す指使いを行っただけだった。
ズボゴッ、と重いのに軽々とした牽引音。
ハナの背後で双刃刀が浮遊し、幾何学的に変形分離しはじめたのだ。
「なにこれ!?」
ーー そしてこれからは、そなたの友としてお供させていただく女です ーー
やがて双刃刀だったモノは、無数に分離した。
生身の人間が扱えるサイズの双刃刀へ細分化され、レーザーがごとく魔物の海へ投擲されていったのだ。
ソレらは双なる刃の色に応じて白と黒の輝きを纏っていた。
そして、とめどなく廻り続ける刃が魔物を屠りはじめる。
小さき有象無象どもなら一撃で。
強大な魔にはなかなか歯が立たない様子だったが、他の者を攻めるついでに絶え間無く削いでいく。
糸の柱に群がる脱走者たちも、現世を映す鏡の天に近い順から可能な限り払い落としていく。
するとどうだろう。倒された者たちから舞い上がった紫色の妖気は、瞬く間に白い霊気へ変換されていった。
天へと昇り、鏡の向こうの現世へ。
魔物と妖気が苦悶のうちに地獄を脱しようとする様に比べたら、その輝きは安息に満ちたものだった。
大海を手杓で掬い続けるような行為にすぎないが、双刃刀は……彼女の意志はこの無間地獄を救い続けていたのだ。
ーー 我は千方。地獄の管理者が1柱、天獄より遣わされし堕浮冥人です ーー
一方、ハナたちがいる浮島上には9振の双刃刀が残っていた。
ソレらは1つに変形合体していきながら、主の頭部へ収まった。
鉢に似たサイバーな“籠”となり、首も無いのに鬼火アタマへ被ったのだ。
「我を下した稀人、ハナ」
(喋った)
喋った。
笠ならば視界を通す箇所であるメッシュ状の切れ込みより、言葉に合わせて明滅する鬼火の輝きを透かしながら。
「最大の感謝を。そなたが回生させてくれたこの命は、世界を救うのと同じだけそなたへ捧げましょう」
千方火……改め千方は、手刀に白黒の輝きを発すると目前の虚空へ擦り合わせた。
輝きは練り上げられ、延ばされ、不可視の力で鍛えられると形を成した。
そうして彼女の手に握られると、ハナへ差し伸べられたのだ。
「この1振は我々の縁の証。名付けて『臨華』」
ーー 『千方の証 臨華』(打刀) ーー
ソレは打刀。龍体あるいは深海のうねりを思わせる流線形の鞘が、漆黒の中に白い彼岸花の彫り細工を咲かせている。
様々に開かれた『手』が花びらとして寄り添い合い、開花と落花を繰り返す輪廻転生の彼岸花だった。
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「……意味分かって言ってんの? それ」
握手の代わりに、ハナはその打刀を掴むことで応えたのだ。
鯉口を切り、刃を少しさらけ出してみれば……、
「あたしに付いてくるからには、あたしを殺せる相手にこれからも案内してよね」
真白の輝きを常に湛えた刀身には、美しくも凶悪なノコギリ状(鋸目)の刃紋が眇められていた。
「いいわ。貰ってあげるけど」
ーー 武器変更 ーー
ーー 『無銘刀』→『千方の証 臨華』 ーー
新たな得物を佩いたシセン少女は、秘めた刃と瓜二つの澄んだ眼差しで笑った。
「肯定。それではさっそく、そなたに闘ってほしい大うつけがいるのですが」
「だからあんたさ……。いやそりゃ、あたしが言ったんだけど息つく間も無しね」
ーー 新規紀行 発生 ーー
ーー ??? 『異聞四鬼伝 ーー簒奪の狂信者ーー』 ーー
現れたウィンドウの『受諾』ボタンを、もはや見もせずに裏拳でタップ。
「息つく間、ならありますよ。そなたの疑問に道すがら答えましょう」
変わったようで変わっていないような、やはり変わった案内役が出口の葛籠を指差すのだった。
「我が“友”よ」
ーー 『戦いの追憶・千方火』(残魂) ーー
ーー 千方 が仲間になった ーー
続く
【かごめかごめ】
遊びの1つ、ひいてはその際に唄われる歌のこと。独特の風景を持つ歌詞は地方によって微妙に表音が異なり、単語レベルで様々な解釈が存在する。
解釈の俗説としては『突き落とされた妊婦』・『出るに出られない囚人や遊女』・『特定の神社や霊殿を指している』など。変わったところでは『“降霊術”や“呪術”の歌』なのだとされたり、『いずれ出やる“神”が為の“祝詞”』なのだという。




