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4-8「境目」

「……折れない意志。抗う意志。もがく意志。やはり、そなたたちの世界はこれほどまでに美しいのですね」


 斬っても斬っても超回復で少しも傷つかない。それどころか千方火は、パリィで打ちのめしてやるたびになにか生命力に満ちていくように見えた。

 ただし。彼女を構成する手たちは今にもほどけそうに乱れ、纏う鬼火も荒れ狂っていた。


「願わくば。絶望の中の希望を、我に視せてください」


 もう何度目の凌ぎ合いだろう。千方火が大きく1歩引き込むと得物を翻した。

 斬り込めるだけの余韻はあったが、双刃刀の角度からパリィ付きの溜めだと見抜けた。

 だからハナからは仕掛けられず、次の瞬間に放たれる技へ応えるしかなかった。


(踏み込みからの逆袈裟と袈裟斬り。大丈夫、覚えてる……視えてる。後の先なら取れる)


 刹那の思考の中で視えた刺線もまた、その読みで正しいのだと教えてくれた。


(だから。今こそ、“先の後”を取る)


 刺線から感じられるのは、相手からハナへの敵意のカタチだけではない。

 ただの鬼火より手が生えた時から、千方火はあまりにも美しい刀刃をハナへまっすぐ向けていたものだ。

 この地獄の連戦の中でもそれは変わっていなかった。

 ただし。龍人の形態に変わってから……やはりパリィを重ねるごとに、1つの変化があったのだ。

 今や、美しい刀刃は白い輝きのヒビに満ちていた。

 1度弾き殺すごとに大きくなっていき、肉体と同じく刀刃が今にも限界を迎えそうだった。

 しかしそれは。繭の中の何かが内から打ち破ろうとするかのごとく、破壊よりも再生の希望にこそ満ちていた。

 だから、今こそ。この死闘の……決闘の行方が決められるのだと、きっと千方火と同じようにハナも感じていたのだ。


「いきます」


 はたして、千方火は一気に踏み込んできた。

 刃で削った地面に火花を引きずり、そして爆ぜるは足下から頭蓋まで狩る逆袈裟斬り上げ。


「ッッッッ……!」


 ーー 武器変更 ーー

 ーー 『無銘刀』→無し ーー


 足捌きを交わしたハナの目前で、双刃刀に食らいつかれた打刀がパリィも為さず打ち上げられた。


「……ああ。なんということでしょうか」


 天高く投げ出された得物を見上げる間も無く、千方火は次撃の袈裟斬りへと双刃刀を翻していた。


(ホントにね)


 その時には、ハナは彼女の手元へ踏み込んでいた。

 振り下ろされた白刃を見上げ……、


(無刀取り……!!)

「ああ……ッ!?」


 ーー 『手刀』(素手) ーー


 刀に勢いが乗りきった刹那、ハナは千方火の手首や肘へ手刀を打ち込んだ。

 すると不思議、千方火の手は呆けたように双刃刀を手放してしまった。

 無刀取り。刃を持つ事だけが剣術に非ず、時には刃無くして機先を制する極意。

 ハナは、人体のどこを突けばどう無力化できるのか心得ていた。

 龍のカラダにあって姿勢も手足の構造も人体そのもの。それはきっと千方火の矜持であり、だからこそ弱点だった。

 ハナの横髪をかすめて双刃刀が地に突き刺さったが、千方火は即座に掴み直していた。

 しかしその時には、ハナの手にも武器が掴まれていた。

 千方火に打ち上げられた……いや打ち上げさせてやった、そして読み通りに降ってきた打刀が掴まれていたのだ。


「「はぁぁッッ!!」」


 千方火の横薙ぎ一閃と、ハナの斬り上げが十字に交差して。


 ーー 弾殺(Parry) ーー


「……流石です」


 パリィを成功させたのは千方火だった。


 ーー 弾殺(Parr弾殺(Par弾殺(Pa弾殺(P弾殺弾殺(Parry) ーー


「……あんたもね」


 が。

 そのパリィを、間隔0フレームの多段パリィ返しで破ったのはハナだった。

 『(一心)』の先に、いまだ先触れ程度の境地なれど『(無心)』を視た。


「『意志力』……0……」


 気勢も太刀筋も何もかも崩れてしまった双刃刀が、弾かれたままに千方火の首元にあった。

 カラダとともに崩れかけた彼女の首へ、最後の支えがごとく突き刺さってしまっていた。

 一文字に閉ざされた目に……刺線の大花が咲いた。


(ううん。あんたの意志は、ちゃんと視させてもらったわ)


 ハナはハイジャンプとともに斬り上げ、かの目に十字の傷を完成させた。

 白髪で編まれた頭部を足掛かりにもう一度跳べば、見下ろす巨体に刺線の大花がもう1輪咲いていた。

 すなわち双刃刀が突き刺さった首の傷口から、大輪が咲き誇っていた。


「これがッッ……欲しかったんでしょ!!」


 落下とともに。傷口へ刀を突き込んだハナは、その反動で双刃刀へ乗ると全身で押し下げた。

 はたして、介錯の刃は落とされた。


 ーー 致命(Fatal Hit) ーー


「……ありがとう……ございます……」


 龍の首は、落とされた。

 くずおれた肉体は無数の手たちへ解かれ、骸の醜態を晒すまでもなく白と黒の輝きへ燃え尽きていった。


 ーー ??? 『千方火の目覚め ーー解放ーー』 達成 ーー


 ここに……龍狩りが成されたのだ……。


(……「命運へ至る一撃を」。つまり、致命撃(フェイタルヒット)


 消えずに突き立った双刃刀はまるで墓標のよう。その目前に着地したハナは、宙に投げ出されていた己の打刀をキャッチした。

(あの超回復を打ち破るには、全ての効果を無視して即死させるフェイタルヒットを。それができるプレイヤーだったから、千方火はあたしを導いてきたのね)


 ーー ??? 『千方火の目覚め ーー封印解除ーー』

 ーー 発生条件 逢魔付以上の魔物を致命撃で倒す


(……っていっても、最後までワケを話してくれなかったから考察にすぎないけど)


 ただ自殺したかっただけにしては謎だらけだ。

 自分自身では死ねなかったのか?

 あの狂える龍の姿はそもそもなんだったのか?

 というか、双刃刀の龍人に立ち上がってからこそイキイキとハナを倒そうとしていなかったか?


(とにかく、『ありがとう』なんて言ってたぐらいだからきっと満足でしょ。傍迷惑な話)


 ともあれ、彼女はもういないのだ。

 既に起こってしまった何かの“名残”から世界を考察するしかないのが、良くも悪くも死にゲーの風雅といえよう。

 鞘の鯉口へ滑らせた刀の峰が余韻を鳴らす。それを双刃刀へ聴かせながら、ハナは刃を納めていった。


「ん?」


 ……が。鍔元のはばきまで全て納刀しきる前に、

 あの美しい刺線刀刃に背中から貫かれたのに気づいた。


「んん!?」


 振り返れば、

 ズボッと、地面に落ちていたモノの中から女の手があった。


「って!? 手!」


 消えなかったのは双刃刀だけではなかったのだ、

 断たれて転がった龍の首が落ちていたのだ。

 その中から……十字傷に潰れた目の中から、1本の手が生えたのである。

 日焼けではないだろう濃い褐色肌。手折るのも容易そうな細腕だが幼子のものではなく、年若い女性のそれに見える。

 肩の先らしき湾曲までは露わなものの、そこから先は肉に呑まれてまったく見えない……、


「……………………」


 と思いきや、肉を押し退けてズゥボッッと這い出されてきた……。

 【先の後】

 相手の意識が攻撃へと向き、構えから攻めへと体捌きが移る瞬間の隙の事。いかに気骨張っていても、動きだそうとする人体には体組織の流動性ゆえの“弛み”が生じる。

 相手の攻撃を殺すという意味で『先の後』は『殺人剣』と呼ばれ、相手の攻撃を活かすという意味で『後の先』は『活人剣』と呼ばれる。ただし迷うなかれ、使い手の意志次第で“活かすも殺すも”裏返るのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 千方火さん?あのまま気づいてなかったらそのまま後ろからハナの体を突き破って仕留めようとしたでしょ? .................あぶねぇッ油断も隙もねぇ! もしかしてハナじゃなかったら…
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