4-7「八目」
「くんんぬっ!」
「反撃失敗。分析開始」
刀ごとのけぞってしまった身を全力で焚き付け、身かわし。硬直狩りを狙ってきた千方火の連続突きをギリギリ回避できたが、あと2、3フレームでも遅かったらあえなく蜂の巣だっただろう。
(あたしの動きに合わせた!?)
ーー 弾殺(Parry) ーー すかさず今度は、ハナが刺突の1つを弾き上げてみせた……が、
「遅いです」
「けおおッッ!?」
ーー 弾殺(Parry) ーー 身かわしからの無茶めなパリィが祟り、踏み込みが甘くなったカウンターを逆にパリィされた。
(パリィ返し!?)
たまらずローリング回避。地に叩きつけられた兜割りの切っ先が前髪をかすめ、あと1フレームでも遅かったらあえなく断罪されていただろう。
(AIの『判断力』が爆上がりしてるんだけど!)
判断力。プレイヤーの戦術に応じて敵NPCが行動を取捨選択できる『賢さ』を示す、隠しパラメータの俗称だ。
(肉入りのプレイヤーぐらいちゃんと動けてるんだけど!)
肉入り。つまりNPCではなく人間が操作するプレイヤーキャラ並みに、一瞬ごとの有利不利をよく認識している。
(刺線で視えるけど、視えた0フレーム目にはパリィされてる……! 視てから殺すだけじゃダメ!)
パリィ予兆として双刃刀を独特の角度へ傾ける動作があった。絶え間無い応酬の中で“後の先”を見抜けなければ狩られる。
(あたしがこいつを視てる時、こいつもあたしを視てる……! 覚えて殺すだけじゃダメ!)
相手の全てを覚えているのはもはや大前提。その上で欲も迷いも捨て、即座に最適解を選択できなければ狩られる。
「「……はッッ!」」
強大な龍、対、足掻く稀人。
……いや、事ここに至っては何もかも対等でお互い様だった。
技と技の美しき重なり合い。
……いや、それもまた見た目だけの美麗さだ。
刃の根元も根元まで突き詰めれば、どちらも脳筋の限りにぶつかり合っているのだ。
火花散らす技の数々は、その先で相手をぶちのめす為がこそなのだ。
(あたしなら……こいつならどうするか! それを読めば、こいつは必ず応えてくれる!)
殺し合っていくほどに、生かし合っていく。
そんな倒錯的な信頼を感じるほどに、彼女は強かった。
(ああ……一瞬一瞬、死にそうで死にそうでおかしくなりそう)
一瞬一瞬に死の恐怖を感じ、
ゆえにこそ生の実感があったのだ。
(あたし、生きてるわ)
なんと倒錯的で、狂おしいほどにフェアな死闘だろう。
だから。もう1つあった千方火の“最大の変化”を、ハナはまるで問題視していなかった。
というのも、ハナがパリィ&スラッシュで彼女へダメージを与えると……、
「我が命運へ至る一撃を……」
傷口からあの黒い輝きが燃え、ダメージエフェクトを呑み込んで修復してしまうのだ。
もう随分と斬りまくっていたが、HPを削っている手応えがまったく無かった。
(あの目が無くなったと思ったら、今度は斬っても斬っても超回復するし)
ともすればあの『開眼』以上のトンデモスキル。
しかしてハナの心中には、怒りもまったく無かった。
「我が命運へ至る一撃を……」
(こいつもまたこんなことしか言わないし)
会話が通じているのだかいないのだか。喋り方というか口調まで流暢になったのに、また融通の効かない導きめいたことを繰り返している。
(もう怒る気も無いっての。あんたの不器用なお導きには)
そう。実際、ハナはここにきてまた導かれていた。
その実感があったからこそ、フェアプレイもへったくれもない超回復すら腑に落ちていた。
(……バックストーリーは知らないけど。千方火があたしをここまで導いてきた目的が、自分を倒させる為だったとしたら……)
ーー「……狂える我の……命へ至る一撃を……どうか……」
その仮定に基づけば、1つ思い起こされる事があった。
ーー ??? 『千方火の目覚め ーー封印解除ーー』
ーー 発生条件 逢魔付以上の魔物を致命撃で倒す
あの樹海でクエストを受注した際の文言を、ゲーマーとしてちゃんと覚えていた。
(なるほどなんだけど)
ゲーム脳を廻せ。
何故、千方火はハナを見込んだのか。
メタ的にいえば、彼女の願いを果たせる見込みがあるプレイヤーだからクエストが発生したのではないのか。
(そういうこと)
ならば。この超回復は、けっして理不尽ではない。
超えられない無理ゲーではない。
そもそもあの『開眼』と同じように、プレイヤー側の努力で対策しようというのが間違っているのだ。
(それなら。永遠に殺せなくても、あたしの剣は無駄じゃない)
ハナはパリィ&スラッシュをやめなかった。
(あたしは、こいつを超えてみせる)
殺す為に倒すのではない。
いわば千方火を負かす為に闘うのではない。
勝つ為に。
超える為に。
千方火を……ロクでもないあの黒い輝きに蝕まれた彼女を、超える為にこそ闘うのだ。
「しっっ……!」
「っ……電脳算術限界突破……整合性再検証」
ーー 弾殺(Parry) ーー 風来姫……いや笠を取り払いし姫剣士は、一心のもとに千方火をいなし続けた。
「ふぅっっ!」
「『意志力』減少……感情閾値低下。擬似シン格機構『愛寵』、主格移行推奨……」
『己も刀も何も考えていない』慢心ではなく、『己と刀以外には何も無い』一心。
「否定……自律シン格『千方』により拒否。管理者権限発令、受肉体壱ノ乙における生存論理解除を要求……成功。受肉体壱ノ甲領域に新規受肉体弐ノ甲を再構築……構成概念『和魂』および『荒魂』の複製を実行……」
「なんて!?」
自分と彼女以外には何も無い、一心。
しかし。他の全てを削ぎ落としてなお、まだまだ甘い。
ある剣豪によると、刀を振る『一心』だけが残っている時点で極意とは程遠いのだという。
『一』の先にこそ、全てが有るのだと……。
だから。一心の先へ手を届かせる為に、ハナは刀を振り続けるのだ。
【ゲーム脳】
ある事柄に対して、『ゲームだったらこうなる』と連想できるゲーマー思考の愛称、あるいは皮肉。『現実とゲームの区別がつかない』と恣意的に解釈されることもある。
言わばそれは“生きることを楽しむ”力。リアルの中にゲームを視れば人生はきっと楽しく、ゲームの中に視るリアルは人生と何一つ変わらず楽しい。




