4-5「射目」
千方火へ斬りかかりに行くのではなく、カノジョを中心点としてひたすら走り回る。回る。
抜き身でダッシュし続けるにはちょいとかさばる打刀も、いったん鞘に入れて居合いに構えながら。
「ーーーー
ーーーー……ァ、ゥ、ッ!」
かくて千方火は思うさま攻めてきた。
遠距離からは、接地面の鬼火手をスライドさせて大蛇がごとく高速接近。手刀や尾より巨体そのものをノコギリとして一閃し、その反動で距離を取るヒット&アウェイを暴れさせた。
中距離からは、尾を主体とした幅広の猛攻。長リーチを活かして容易に近づけさせない狙いかと思いきや、射程距離さえ噛み合えば手刀のコンボで食らいついてきた。
近距離からは、手刀こそ取り回せども搦め手や小手先は無しの剣戟戦。腕をも振りづらい懐へ潜り込まれそうになった時にだけ、罰するかのごときテールスイングや掴み攻撃で突き放そうとしてきた。
(思ってるより、あの目を使ってこないのね……? クールダウンが必要なワザなのか、それとも……)
対して。反撃の思考を一切捨てたハナは、回避につぎ込んだ全神経を以て千方火に対処していったのだ。
(使うっていうよりはまるで……発作?)
カノジョの全てを、“見て”いた。
「ーーーー
ーーーーゥゥゥゥァゥゥ……!」
(ほら。ブレスと『開眼』だけはタイミングも距離感もバラバラなんだけど)
最も警戒していたブレスと『開眼』は、トリガーとなる条件も無く完全ランダムに繰り出されると見抜いたし……、
むしろソレ以上の頻度で、カノジョの頭上からレーザーを撃たれるのも発見したし。
(あっぶな、あぶな!?)
双刃刀の光輪が回転速度を増すと、スプリンクラーよろしくレーザーが乱れ撃ちされてきたのだ。
ブレスも届かない超遠距離を走っていたり、尾のほうへ回り込もうとすると発生頻度が上がるようだった。
(もちろん多段ヒット、よね!)
レーザーより先に刺線に貫かれるので、その本数と角度を知覚することで身かわしを刻んだ。
飛び道具もパリィできるのだと『礼参りの呪藁』戦で知っていたため、避けきれないモノへは居合いパリィをぶつけてみた。
はたしてレーザーの先端を刃で捕えてみせれば、ソレは反射されて千方火を貫いた。
「ーーーー
ーーーーゥ、ゥッ……!」
(よし! ひょっとしてあのブレスもパリィできたりして……!)
『礼参りの呪藁』の破壊光線を返した時もそうだったが、パリィさえ成功させれば反射角を調整するまでもなく相手へ飛んでいくらしい。
ちょうどブレスの“発作”が起こったので、ハナはその先触れを斬り上げた……、
ーー 弾殺(Parry) 不可 ーー
(できなかったけどッッ!)
掴み攻撃と同じく刃が絡め取られそうになったため、ローリング回避連打で『開眼』からも逃げるしかなかった。
(だけど、これで全部みたいね)
こんな無様な失敗すらも、ハナには糧だった。
ハナの狙いからしてみれば、どんな予想外や初見殺しも喜ばしかった。
(近距離、中距離、遠距離。近距離と中距離、中距離と遠距離、遠距離と近距離……)
やがて、ハナがまだ知らないモーションもコンボも現れなくなって……、
徹底して全距離を走り回り、
見られる限り全ての可能性を潰して。
「……うん。全部、覚えた」
そして、ついに足を止めたのだ。
居合いの構えを解き、白刃を曝した。
ーー 頭装備変更 ーー
ーー 『逃亡姫の市女笠』→無し ーー
面頬付き市女笠を脱ぎ去り、地獄の血風に素顔を曝したのだ。
「良い風」
「ーーーー
ーーーーァ……ァ……?」
中距離で対峙し直した千方火が、困惑していたように見えたのは気のせいだろうか。
「ほら。笠で視線切りなんてもうしないから」
面頬も失せ、死闘好き少女はもはや秘されない笑みをカノジョへ送るのだ。
「かかってきなさいよ」
目を、閉じた。
「あんたの悪あがきに、目、瞑ってあげる」
目を閉じたまま、刀を構えたのだ。
上段『霞』の型。眼差しの高さへ持ち上げた刃で相手を睨む、即応捨て身の構えだった。
「ーーーー
ーーーーァァァァ……!」
さて。風を起こした千方火は怒りに震え上がったのだろうか、それとも。
瞼の裏の闇へ己を律したハナには見えようはずもなかった。
しかし、視えていた。
風が、
音が、
時が、
そして闇の中でも消えやしない刺線が。
千方火の一挙一動から生じる全てを、覚えていた。
だから。全部、視えていた。
だから、千方火の初撃が斜方からのタックル一閃だったと視えていた。
ーー 弾殺(Parry) ーー パリィで受け流し、鼻先の業風へ一刀。千方火の呻きが中距離まで逃げていった。
直後、別種の風切り音。
ーー 弾殺(Parry) ーー 尾による掬い上げだと視てパリィ、そこで斬りかからずに次の打ち下ろしをもう一度パリィしてから刺突。
「ーーーー
ーーーーゥゥ、ッァァ……!」
嗚咽。これが一番分かりやすい予兆。
ブレスだ。黒炎が地面に広がっていく時間を数えながらバックステップで下がり、その歩数も数えてピッタリ射程範囲外へ。
瞼越しにも感じられた刺すような怖気は、『開眼』の啓蒙だろう。しかし目を閉じているので『発狂』とはならなかった。
一際大きな刺線が熱を蹴散らしながら連続してきた。
ーー 弾殺(Parry) ーー 近距離へ一気に詰めてくる手刀乱舞だった。その中でもいくつかのモーションパターンがあると分かっており、斜方よりの袈裟斬りで始まる5連撃だと刺線の特徴から視えていた。
当然、多段ヒットの分だけパリィ、パリィ、パリィ、パリィ、パリィ……。
ノックバックで押され続けて浮島の崖っぷち、と踵で計測していたのでハナも斜め前方へローリング飛び込み。
攻撃後の硬直が入った千方火がどう位置しているのかも覚えていたから、宙返りとともに刀を回せば尾を斬り刻みながら向こう側へ。
「ーーーー
ーーーーァ、ァ、ァアァ……!」
(ほら。覚えられる時点で、それがあんたの限界)
すかさず振り向いてテールスイングをいなし、再びのブレスと『開眼』が差し込まれた時にはハナのほうから肉薄していた。
尾の付け根へ突き込んだ刃をそのまま引きずり、脇を駆け抜け、どてっ腹まで斬り抜けると自らカノジョの真正面へ。
(プログラムを超えられない『ゲーム』と、プログラムを超える『ゲーマー』の違いよ)
カノジョを超えるため、ハナは息つく間もない剣戟戦へ自ら斬り結んでいったのだ。
もちろん、『開眼』対策に目は閉じたまま……。
【上段『霞』の型】
眼差しの高さへ持ち上げた刃で相手を睨む、即応捨て身の構え。見栄と伊達だけの非実戦的な型といわれがちだが、相手の動きに応えて驚くほど迅速な一の太刀を振るえる。
もう1つの強さは構えの形そのものにある。どてっ腹をがら空きに刃で睨み、こう嘯くのだ……「たとえ我が肉を斬らせても、貴様の素っ首を必ず断つ」と。




